第06話  ─    【儀式】    ─






【天職の儀式】。


 その名前の通り、人が一番最初に神々から与えられる【天職】を得るための儀式である。


 誰にどの【天職】を与えるのか、それは神々が決める。

 だが、その結果を自分の意志で導くことは可能だ。


 世界の外側には数多くの神が存在していて、様々な人間を見ているのだ。

 剣の神、槍の神、火の神、雷の神、鍛冶の神、裁縫の神、商売の神といった具合だ。


 神らは、天職を得ていない者を見る側と、天職を得た後の実績や力の使い方を見る側に分かれる。


 前者は子供たちが何をしているかを見る。


 名のある剣士に弟子入りし、剣技などを学習していた。

 商人へと弟子入りをして一生懸命働いていた。

 弓矢で遠くのものを撃ち抜く技術を磨いていた。

 魔物と仲良くなるために沢山森に出かけては手名付けた。


 また、その後、どうしたかも選定内容に含まれる。


 例えば剣技を練習していたが、辞めてしまい、槍へと変えた。

 商人は向いていないと感じて鍛冶師へと弟子入りした。

 弓じゃ楽しくないと思って剣に移行するもの。

 魔物と仲良くなったが欲に目がくらみ魔物の売買をしたもの。


 その子供の生まれてから15歳までの僅かな人生を見て神々が決めるのだ。



 後者である実績や力の使い方を見る神々も前者と同じく何をしたか見る。


【騎士】となった者が森で卵を見付けた。慎重に世話をしていると卵の中から竜が生まれ、その竜の成長と共に一緒に戦うようになった。

【剣士】になった者はあるとき、人を斬る感触を覚えた。そうして、快楽を感じてしまった彼は次々に人を殺していった。

 また別の【剣士】になった者はその剣の腕を鍛え上げるため、更なる鍛錬に励んだ。様々な場所で様々な剣士と戦い、その力を吸収して回った。


 これら全てが実績である。


 剣士としての道を絶えず進んだ者は一般的に【剣豪】。

 他にもその人の才覚によって【聖剣士】【魔剣士】といったものに昇華する。


 世間的に悪いことをしても神々が口を挟む事はない。

 だが、場合によっては儀式で得た【天職】より劣化したものになった者も過去にはいたらしい。


 また使い方で得る場合もあるらしく、【魔法使い】が自身の手に魔力を流しそれを媒介に魔法を行使して近距離で戦うことを始めて間もなく【魔導士】という後天性天職になったとされる。


 前者は先天性天職。後者は後天性天職を見定める神であると言えるだろう。


 そして、それとは別の特別な条件を満たした者に【Ex天職】が与えられる。


 先天性天職にも後天性天職にも【Ex天職】は存在していて、先天性なもので最も有名なのが【勇者】や【魔王】、【剣聖】【剣帝】である。後天性では【ノワールティア魔皇国】に居るとされる【竜騎士】や【一角騎士】といったものがそうである。


 必ずしもEx天職が普通の天職より強い、その逆として普通の天職の方が弱い。という力関係はない。


 だが、それらを得るものは何かしらの条件をクリアして存在しているし、その力を自由自在に扱えるようにならなければ逆に一般的な天職では起こらない大事故にも発展する。


 過去にはそれで世界の形を変える大爆発が起きたという逸話も存在している。


 そんな一人一人の人生を左右するような行事が【天職の儀式】である。




 ◇ ◇ ◇




「やる事はやってきた。結局は運なんだけど、その確率を高めるためにひたむきにやった……と思う。──けど、やっぱり緊張するなぁ」


 商人の仕事は休みである。

 なぜなら今日が一大行事である【天職の儀式】だからだ。


 天職を受け取る儀式といっても、周囲の人間に自身の天職が知られる事は滅多にない。


 会場は【セインテスタ王国】王都【アバンテイル】にある大聖堂と呼ばれる場所である。


 そこには何百といった数の15歳の子供が集まっている。


 そう、毎回告げられる天職。

 有名な貴族などならともかく、村人なども混じるこの会場で覚えられる人物なんて一握りだ。


 そもそも貴族ですらそこまで知られないのが現状である。

 敵対する貴族の情報を得るならばわかるが、この大聖堂は儀式中の大人の出入りは禁止している為、それも子供間のライバル関係などくらいだろう。


 普通ならば。


 だが──


「おぉッ!! この眩い輝き……神々が示し天職は【勇者】です!!」


 こうやって広まるのだ。

 Ex天職は国民の憧れ。

 それが貴族じゃなくとも、貴族だろうと、強力な力を持った個にはあやかろうと近寄る者が多いのが事実。


 例え制御するまでに時間がかかり、手に余るような能力だとしても誰もが夢に見る理想の形。


 そして同じように誰もがその天職を授かった者の名前を知りたがる。


「ってか、女の子じゃね?」

「え、やば……くそ可愛い」

「あれ、アストレア伯爵家の長女らしいぜ?」

「剣を扱わせたら隣に並ぶものはいないって噂の剣姫か。──あ、今は勇者だった」


 当の本人である彼女──カレン・アストレアは腰に差した片手剣の柄を撫でつけ、どこか嬉しそうに口元を緩めていた。


「………よかった」


「カレン様、どうか……私と来ていただけませぬか」


「はい、わかりました」


 やはりEx天職が出現したとなれば何かしらの説明などもあるらしく、場所を移そうと声をかける初老の男性にカレンは頷きこの会場を後にする。


(すごいな……自分が求める以上のものをもらえた顔をしている。嬉しそうだったな)


 そうして後は余り代わり映えのしない者たちが受けていく。


【剣士】【槍士】【剣士】【魔法使い】【弓士】【商人】・・・etc


 ようやく僕の番が来た。


「おや、君はガルドフ君のところの」


 と、大聖堂の司祭様に声を掛けられるルイ。


「はい、ルイと申します」


「おぉ、そうかそうか……とても知恵の回る少年だと噂になっておるよ。──じゃあ、この水晶に掌をかざしてくれるかの?」


 そうして背後が歪みながらも見えてしまう水晶が柔く光り出す。

 そこに右掌を翳して光が収束するのを待つ。


「──え、こいつの番、長くね?」

「ね、なんだろ。気になる」


 他の人と違い、すぐに光が収まることは無く、数分が経過したところで収まった。

 だからこそ、ルイの天職は注目を浴びていた。──いや、浴びてしまった。


「む? これは……一体どうなっとるんじゃ」


 どこか嫌な予感がルイの脳裏を与過った。

 余りにもカレン・アストレアとの差があったからだ。

 そして、それは周囲にも伝染していく。


「何々、どうしたの?」

「なんか、わからないけど光が長かったんだよな」

「へぇ~なんだろう、【Ex天職】かな」

「さすがにないだろ~」


 周囲のざわめきがうるさい、話が入ってこない。

 いや、違う。


 聞こうとしてないだけだ。


 だって、


「これは……非常に言い辛いのじゃが、無職じゃったよ」


 そうして提示されたのは水晶に浮かぶ【   くうはく】。


 周囲の声が僕の耳に届くことは無くなった。

 一瞬にして世界の色が褪せて、次第に無くなる。


 どこか彼らの顔が同情するようなものに変わる。

 人によっては口元に笑みを浮かべている。


「………ありがとう、ございました」


 そうして僕の夢への一歩は潰えた。


【商人】になるために、身を守る力を手に入れた。

 その間、商人として必要な知識を頭に詰め込んだ。


 そして、お世話になっているギルドの強化、改変なども必死になってやった。


 彼らに対する感謝の気持ちで行った面も間違いなくある。

 が、【商人】になる為に必要だとも思っていた。


 ──でも、ダメだった。


「おォ! ルイじゃねぇか。なんだ随分早えなオイ──」


「──ッ!!!」


「……なんだァ、行っちまった」


 僕は慣れ親しんだギルドに戻り、声を掛けられながらも誰とも口をきかないまま、枕を目から出る汗で汚した。





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