第07話 ─ ルイ ─
僕は天職を授かれなかった。
それだけの努力をしていなかったのだろうか。
どの神も僕を認めてはくれなかったのだろうか。
ふと、そう思うと人間ってなんて矮小な生き物なのだろうと考えてしまう。
現実逃避、だろうか。
「はは……さすがに逃避しちゃうよ」
人は神々に天職を授けて貰えなければ他の人より何かしらの分野で劣る。
勿論、剣士に対して無職が必死に努力した料理で勝負するなら勝てるだろう。
だがそれで食っていく事を考えたら余りに現実的ではない。
当たり前だ、【料理人】の天職を持っている者がその世界へ行くのだから。
どの道を選んでも決まっている。
【剣士】でも【騎士】でも必ず【
そんな感じで仕事も手につかず、ガルドフに「今は休んでろ」と言われて、それから数日たっても自室で同じ考えに
そんな時、トントンと扉をノックする音が鳴る。
「オレだ、居るか?」
商会長ガルドフの声がする。
「はい、いますよ」
そう返事をするも惨めになるから入って来ないで欲しいと願った。
その願いも呆気なく弾かれ、彼は入ってくる。
そうして地べたへと座り込んではルイを、じいっと見つめる。
「オマエ、辞める気か?」
そんな事を考えていたわけでは無いが、それも一つの選択肢だと思う。
いや、むしろやめるべきだろう。
折角、勢い付いてきた大商会ギルドの評判を落とすわけにはいかない。
もう既に【天職の儀式】の様々な噂が広まっている。
我が国のアストレア伯爵家長女が【勇者】の天職を授かった。
隣国であるノワールティア魔皇国にて【魔王】の天職を公爵家の次女が授かった。
また、ローゼリア帝国では【剣聖】を授かった者と【剣帝】を授かった者が出たらしい。
そして極めつけがこれだ。
商会の麒麟児の天職は【無職】だった。
大商会ギルド【幻狼の瞳】、恵まれず。
直ぐに前線から離脱か?
明らかに意図的なものも含まれているだろうが、この商会の評判を落としているのはルイで間違いない。
だからこそ、せっかくここまでガルドフと改善を重ねて育ててきた商会を潰すわけにはいかない。
この先の計画も、進めて貰わなくては困る。
先ずはこの大陸に名前が轟く様に、そして果てには他の大陸まで轟かせられるように。
その為の作戦も協力者も仲間も探して、かき集めた。
幸い、僕の運は悪かったが仲間の運は非常に恵まれた。
彼らが居れば響くだろう。僕がどこに居ようと【幻狼】という名前が聞ける筈。
だから、方法は変わっちゃうけどどうにか目標は一つ達成できるかな。
とここまで思考したルイがガルドフの問いに対する答えはもちろん──
「うん」
であった。
「ま、聞いても辞めさせてやんねぇけどな」
「何言ってるのかなぁ? この筋肉は」
「筋肉はロマンなんだよ。──つか、オメェ何でも一人で考える癖にオレ等に必要な存在を理解してねぇよ、阿保」
「必要な存在? 【商人】でしょ」
自身の悪い噂が広まり、商会の迷惑になるのは嫌だ。
という理由もあるが、【商人】じゃない、というのも彼が辞める理由の一つだった。
「ば~か、んなのあったら良いってだけでそこまで必要じゃねぇよ。他はともかくウチにはな」
「じゃあ、何さ」
「オメェだよ、ルイ。あと、やる気ある奴だな。そこに【商人】は関係ねぇよ。それはオメェも理解してんだろ? だからウチの商人に区別をつけた」
彼はこの5年で中商会ギルド【ガルドフ商会】を大商会ギルド【幻狼の瞳】へと発展させた。
その中に商人の区別がある。
販売する武器の扱いをある程度の域までこなせる【武商人】。
薬草やその調合、医療技術や知識に優れた【薬商人】。
布製品の加工やそのセンスに優れた【衣商人】。
幅広く初歩的な薬品や武器、衣類を取り扱うまだ新米の【普商人】。
そして、ルイを含めたギルド内ランクの頂点、黒とその一つしたの白金しかなることの許されない【縁商人】である。
これらの商人区別は【商人】じゃなくとも商人として職を持つことができる様にしている。
例えば、商人を志すも【剣士】になってしまった者。
【薬師】や【調合師】になった者や、【裁縫士】になった者でも商人という職業につける様にしたのだ。
これにより、このギルドに入りたいと志願する者が多くなっており、様々な点で利益を得ることが出来ている。
また、行商する場合は必ず【武商人】か【縁商人】といった防衛能力を持つ者を最低一人いれる事がルールとなっており、護衛もそれほど大所帯で無ければ無駄に依頼する必要もなくなった。
ほとんど新しいものへと変わったギルド。
それは既にルイの居場所であり、彼を必要とする場所である。
まだ、この程度では飽き足らず、自身らのギルドのみで作った連盟の話も現在水面下で話が進んでいる。
「そんなオメェが生まれ変わらせたオメェ一人居れねぇ様じゃ、解体も視野に入れるが?」
「解体って、それはさすがにないでしょ……」
「本気だ。オレは本気だぞ、ルイ」
普段のノリの良いおじさんはどこへやら、燃え盛る炎のような赤い髪をオールバックにしたガルドフは同じ色の真剣な瞳を向けて有無を言わさないようにそう告げる。
「なァ、さすがに過小評価が過ぎるんじゃねぇか」
はぁ、一向に答えを出さないルイに対して溜息を零したガルドフはそう告げる。
「オメェは不可欠な存在だ。いずれこのギルド連盟の盟主になる男だ。オメェについてきた奴らはどうなる? 最後まで面倒見やがれ。それが惚れさせた償いってやつだ」
「別に惚れさせてるわけじゃ……」
「惚れてんだよ、男女問わずオマエの性格や行動、やること成すことにな」
水面下で話の進む大ギルド連合【幻狼】。
大商会ギルド。冒険者ギルド。傭兵ギルド。諜報ギルド。からなるギルド連盟である。
その全てはルイが居たからこそ集まったメンバーを初期メンとして始まるギルドたちである。
現在、大商会ギルド【幻狼の瞳】以外はこれから起こすのだ。そして、その手続きもあと少しで終了する。
「僕についてきた人たち……」
「ああ、そうだ。オメェだから集まった奴らだ。オメェが居ないと全員またどっかいくだろうな」
「……ん」
「テメェが【商人】だろうとなかろうと良いんだよ。テメェはテメェだ。ゼノンとへレスの息子で、ガルドフ商会期待の縁商人ルイだ。わかったなッ!」
そういってわしゃわしゃと強引にルイを撫でるガルドフ。
「──ま、その何だ。オメェはとっくに商人だよ。オレらの中じゃあな」
彼なりの気遣いなのだろう。部屋を出る瞬間ちらりとルイの表情を確認し、張り詰めた息を吐くように息をすれば大丈夫だろうと、自分のやるべきことへと動き出す。
(……僕、ここに居ても良いんだなぁ)
「へへ、」
その表情はどこか晴れやかで憑き物が落ちた時の様だった。
◇ ◇ ◇
後日、ガルドフに呼ばれたルイは【幻狼の瞳】の本店最上階にある商会長室へと赴いていた。
コンコン、気の知れた仲であったとしても礼儀はわきまえる。
それがルイであり、彼のギルドや仲間の掟。
「入っていいぞ~」
廊下にまで聞こえてくるガルドフの大きな声を聞けば「失礼します」と入るルイ。
その部屋にはガルドフとルイの他にもう一人、女性が来客用のソファに座っていた。
「ふ~ん、彼が?」
「ああ、そうだ」
「確かに、イイ身体はしてるわね」
ルイの知らないところで話を進める二人に首を傾げながらその声の人物へと視線を向けた。
自身とほとんど同じ色合いの銀色の髪と金色の瞳。
ただ、違う点といえばその健康的に焼けた褐色の肌だろうか。
彼女はルイの肉体を眺めながら、楽しそうにその瞳の鋭さを強め同時に殺気を飛ばす。
「……ッ!?」
「ふふ、冗談よ──それにしても良い反射神経ね。誰かに稽古つけて貰ったのかしら?」
ルイはスッと左腰に差していた片手直剣の柄に手を添えた。
その行動に対して特に咎めることなく、うんうんと何かを把握するように頷いてから彼の動きの元を探る為にそう問いかけた。
「ッふぅ、すぅ……え、えっと、父から稽古を受けました」
歴戦の猛者とはこういう人の事をいうのだろうか、余りの強すぎる殺気に息をする事すら忘れてしまっていたルイは問いかけられることでそれを思い出して、勢いよく肺の空気を吐き出した後で吸った。
「ふぅん、ガルドフ?」
「ああ、コイツの親父、ゼノンなんだわ」
その女性の一言で直ぐに察せる様な関係なのだろうか、意思疎通をしてその問いに答えるガルドフ。
「なるほどね……うん、まぁ今のところ良いわよ。引き受けても。ただし、条件として口外しない事。私が教えたくないと感じたら帰らせるわよ」
「ああ、それで良い。オメェもきっと気にいるからよ」
「そ、じゃあ、いくわよルイくん。私は【十二幻将】フィーリアよ」
「は? ──え? どういう事ですか」
そう言ってルイの手を取るフィーリア。
その言葉にどこに行くのかもわからないルイは動揺の声を上げる。
「ルイくんを、今日から私が鍛えてあげるのよ。そして後天性天職を貰いましょう」
そう告げたフィーリアはルイを連れて開いていた窓から飛び出る。
その最中、ルイの視界に映ったガルドフは「少しの間まかせろ」と言っていた。
最上階から自由落下するルイの手を掴んだままのフィーリアは全身から魔力を迸らせ、言葉を紡ぐ。
「[竜よ、吠えよ。天空へと其の雄叫びと其の歌を、轟かせよ] 来なさい、【
(これ、父さんのと同じ……幻装ッ)
幻装を展開した彼女はルイを掴む手とは反対に身の丈ほどある大剣を握っていた。そして、背中には大きな二枚の翼。
爬虫類を思わせる鱗を持ち、風を受け止め押しのける事で全身を浮かせる竜翼で落下を避けた彼女はそのまま目的地へと移動していく。
「──ちょ、ま。え……ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
こうして現世界最強である十二幻将と呼ばれるフィーリアとの稽古は始まる。
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