第05話  ─    幻狼の瞳    ─






「荷物を詰め込め、チンタラやってっと寝る時間ねぇぞ」


「うい~」


 ガルドフの馬車で村近くの町まで向かう道中の村々で商売の様子を見学しつつ半月かけて最寄りの町【ドレア】で先に待機していたもう一つの馬車と合流しつつ、商品を積んで今度は1ヶ月の道のりを同様に経由しながら移動する。


 町には軽い店舗ではあるものの【ガルドフ商会】も存在しており、そこに配達を専門にしているギルドに依頼して届けてもらい、荷物補充をする。


「おぉ~! すっげぇ!」


 それを繰り返してやっとのことで【セインテスタ王国】の王都【アバンテイル】へと着いたルイは無意識に感嘆の声を上げていた。


 一月半ですっかりとガルドフの口調が混じってしまったが、無意識に出てしまう癖になっていた。


「ははッ、ど~した坊主。王都はすげぇだろ?」


「うんっ!」


 ここ一月半、村や町を転々としていたからこそ、他の町との圧倒的な差に思わず声が漏れてしまったルイはガルドフの言葉に笑顔で答えた。


 王族の住まう白亜の城とそれを中心に栄える城下町。


 学生なのか同い年くらいの少年少女が同じ服装をして何処かへ向かっているのも見える。

 王都【アバンテイル】には【ガルドフ商会】だけがあるわけではない。


 冒険者を志して学校に通う子供もいれば、鍛冶職人を目指して鍛冶師の弟子になる子供もいる。他の商会の支店や本店だって存在する。


 この世には様々な未来があり、それを手にするのは子供の時の努力。


 それが全世界で謳われているのである。


 また、職人や冒険者になったもの達が交流や縁を深めるために18歳から通う学園も他国には存在する。


 有名な鍛冶職人や薬師の弟子、剣や槍の達人、魔法の申し子、商会の次期当主などがこぞって集まるのがその学園だ。


 18歳、ある程度の実力を持った子供たちが一人前と認められる歳である。


 認められた彼らはこれからの未来の為に、成功していくために、様々な人との縁を掴むため入学する場所。


 ルイもそこを目指すことを目標のとしている。


「うしっ……んじゃ、本店に着いた事だし、ルイはこれから俺と本店で働いてもらう」


 ガルドフは普段から商会を率いて村々や町を闊歩してきたが、それも今日で終わりだという。


 彼が商会を率いていたのは、まだ練度が心もとなかったから。

 本当ならば、ルイとであった年に腰を本店に据えるつもりだったが、如何せんルイという有望株が顔を出してしまった。


 彼としても、知識欲の塊であるルイを手放したくはないし、他の商会に奪われるわけにもいかない。


 だからこそ、自身も共に赴き動いていた。


 その為の5年間だった。


 彼の動かす馬車と別動隊も既に存在しているらしく、そっちが主に隣国の【ノワールティア魔皇国】に行商しに行っているそうだ。


「オメェらは既にオレが居なくてもやっていける技量を持ってんだ。だから、オレは5年前から店頭を離れてたろ……いい加減巣立て。オレはオメェらが出張ってる間にこの商会を大商会にしてやっからよッ」


 王都の本店は余り良いとは言えない立地に加え、客の入りが悪い。

 だからこそ、自ら赴いて売る行商で稼いできたが、それで上がれるのは中商会までだという認識が彼にはあった。


 配達ギルドに依頼し、商品を運んでもらい補充し、また行商。

 それも悪くは無いが、大商会は決まってどこも本店や支店の客の入りが凄いのだ。


 配達依頼でも金はとられる。そのもとでをどこで稼ぐか、でいくとやはり本店といった店舗で稼がなくてはいけない。


 今まで通ってきた町には必ず大商会ギルドの支店が存在するし、客が居ない状況なんて滅多にない。


 そこを始めに目指さなければ、大商会なんて夢のまた夢である。


「イイかぁ! テメェら、売り上げを落としやがったら全員の給料を減らすからな。無論、オレもだ。わかるか? 嫌だろ? ならその力を全力で発揮しやがれッ!」


「はいッ!」

「うっす!」

「了解っす!」

「ラジャ~!」


「よし、それでこそ、オレの商会所属の商人だ。頑張れよ」


 バシンッ、商人たちを鼓舞するために背中を強く叩くガルドフ。


 此処の商人は皆がガルドフという人格者に憧れて所属を決めた人たちである。


 そんな彼らが憧れから期待され、力を認められているという状況に奮起しないわけも無く、ウォォォォォォ!!!という声と共に次の行商の準備をしに出掛けた。


「──さて、ルイ。オマエにはこれから此処の改善等を手伝ってもらう」


「──え?」


 そうして始まるルイの商人活動。

 最初は当たり前の様に研修……などではない様で、ルイはぽかんとした顔をして気の抜けた声を漏らした。


「おう、だから、この商会。一緒に大商会にすんぞッ」


「・・・──は?」


「だから、オレとオマエで大商会にするぞ?」


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 どうやらガルドフはルイの知識欲やそれ故に増えた知識をかなり認めているらしく、疑いをもっていない。


 むしろ、信頼しすぎなのである。


 わずか10歳の少年に商会の改善点を一緒に考えさせるなんて他の商会だときっとあり得ないだろう。


 だからこそ、ルイは驚きながらもこの商会に出会えて良かったと思った。


 だって、自分の知識。

 得たものを使わないと無駄である。

 宝の持ち腐れってやつだ。


 お金が使わないと価値が無いのと同じように、情報や知識も使わなければそれに価値はない。


 彼の知識欲には、知らない知識を得る事への欲求と共に、その知識を使いたいという欲求も存在していた。


 だから、この商会で──ガルドフで良かったと心から思うのだ。


 全力で知識を使って上を目指すのなんて、とても気持ち良いものに違い無いのだから。




 ◇ ◇ ◇




「ルイ様ッ! もう、こんなところでなにしてるんですか!」


 そして商人として、本店の移転の為の交渉や立地の良い場所の確保。内装の位置取りや雇う商人のテストの項目。それらを行商を率いて行いながら、発展を遂げていった商会はその名を変えた。


 大商会ギルド【幻狼の瞳】。

 命名はルイである。


 10年前、ガルドフとの夜会で聞いた知恵のある魔物。


 その一匹である【月を喰らう幻狼マーナガルム】。


 死者の魂が抜けた肉体を死霊系等の魔物が憑りつく前に喰らう善性も持ちながらも、夜空に漂う月を喰らい、光を一時的に失った世界の人々に試練をもたらす狼。


 それは瞳に知性を宿し、牙にはあらゆるものを穿つ力を宿し、爪はあらゆるものを切り裂く鋭さを宿す。影は独りでに動いて主の行動をサポートする。


 それゆえにこの魔物は別名【幻影の狼マーナガルム】とも呼ばれる。


 そしてルイはその知性を宿すという瞳の名を借りることにした。


【ガルドフ商会】。


 中商会まではギルド名を付けることは出来ず、商会長の名前を先頭に〇〇商会といった形でのみ名乗りを許されるが、大商会はその功績を認められ名付けを許される。


 ○○商会ではないだけで大商会ギルドなのだと誰もが理解できるのだ。


「えぇ……カズハ、今日は休みでしょ。疲れたからもっかい寝る」


「今日はアストレア様とローゼス様が来ております。ご予定、ありますよね? それもルイ様の今後にとても重要なものです」


 護衛ギルドから彼女を雇ったのは商会の名前が変わった頃だろうか。

 ガルドフ商会が大きくなった理由の一つにルイの名前がわずかでも上がってきたらしく、命を狙われる事があるかもしれないとの事でガルドフが雇ったのだ。


 それから3年。彼女は同い年ながらも常に傍らにおり、ルイの従者の様な事までこなすようになっている。


 その実力も申し分なく、ルイとやりあえば十中八九、カズハが勝つだろう。


 家の仕来しきたりでかなり高度な武術を学んでいるらしく、天職を得てなくとも天職持ちに引けをとらない動きをする。


 彼女はフリフリとしたものが苦手なのか従者として動くもののメイド服では無く執事服を愛用している。


 珍しい黒髪をポニーテールに束ね、凛々しさの宿る鋭い紅瞳が見る者を男女問わず虜にする。


 ──本当、最初は文句なんて言わなかったのにここ最近はこの調子だ。


「わかったから……少し外に出ててくれるかな?」


「いいえ、後ろを向いておくので着替えて下さい、早く」


 ──本当、可愛げが無い。


 ──まあ、それでも僕の護衛といて継続して働いてくれてるのだから文句はないんだけどね。


 彼は渋々といった様子で正装に身を包む。

 慣れた手つきでズボンをはき、服を羽織る。


 黒を基調とした正装で、彼の銀色の髪と金色の瞳はさぞ映えるだろう。


「はい、それじゃあ行くよ。カズハ」


「ええ、どこまでも」


 あと数ヶ月で天職を得るための【天職の儀式】が行われる。

 僕はそんな遠くない未来に期待を寄せて今日も必要な用事をこなしていく。


 その身長は商人という目標を得た5歳当時から伸びて大きくなり、顔つきも可愛らしさが抜けて落ち着いていた。


 ただ、楽しみで歪んでしまう口元と、更なる知識を得る時の笑みは変わらないのがルイである。





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