第04話  ─     父親     ─






 ガルドフとルイの夜会(?)の後日、ガルドフが話を付けに行って直ぐにルイはゼノンに呼び出された。


「ルイ、お前の目標が決まった事嬉しく思う。おめでとう」


 そういって彼は手に持っていた片手直剣を一振りルイの足元へと投げた。


「だが、直ぐに活かせてやるわけにもいかない」


「どうして……」


 ルイは今すぐにでもガルドフについていって知識を深めたがっている。

 ゼノンもそれは理解しているが許すことは出来なかった。


「おい、ガルドフ! 居るんだろ、教えてやれ。商会が旅路で賊に襲われるのはどんくらいの頻度だ!」


「まァ、絶対はねぇから良くて半々だな」


 家の裏手に隠れていたガルドフが陰から出てきては気まずそうに告げた。


「何も、行かせたくないわけじゃない。だがお前が、自分を守る力が無い状況で賊に襲われてみろ、知識を得るどころか直ぐに人生が終わっちまうだろ。それは許せないんだ、わかってくれ」


「……でも、」


 子供だからか目先の事しか考えられない猪突猛進ぶりを体現するルイはその言葉を聞いてもなお行きたがる。が、理解はしているようで、じっとゼノンを見詰めていた。


「だから、5年は我慢しろ。その間に一流の剣士に無理やり育ててやる。その間も商人としての知識を勉強する事だ、わかったな?」


「……うん、わかった」


「あいつにも言ってある。そのための教材とやらも受け取った。だから、心配するなルイ。お前を立派な商人にするのは間違いなくガルドフだ」


 そうして彼らの訓練は始まった。

 お互いが持つのは刃が潰れ、剣型の鈍器と化した片手直剣。


 それを最初はルイから一方的に振るう。


「やぁぁぁっ!」


 大人と子供なので力の差は歴然。だが、小さいなら小さいなりの大きいなら大きいなりの戦い方がある。


「力任せじゃ、勝てないぞ、ルイ!」


 その言葉で一度撃ち合ったあと離れ、今度は小刻みな動きでギザギザと進む。

 剣と剣を撃ち合う。それは正攻法だろう、だが、力じゃ勝てない。


 それが理解できているルイは逆に剣を合わせずに打ち据える事に決めた。


 が、


「がぁ……ッ」


 剣を合わせないとは相手の剣も自由という事。

 故に彼に腹部へと最低限まで手加減した剣が容赦なく当たり軽く吹き飛ぶ。


「……っあ、はァ……はぁ、もう一回ッ」




 ◇ ◇ ◇




 一年が経った。

 まだ、ルイは一度もゼノンへ剣を当てていない。


「もう一回ッ……行きますっ」


 稽古を始めてからルイは筋トレを始めた。

 稽古後の筋トレは困難を極めたが続けていくうちに苦は無くなっていた。


 その成果か多少なりとも撃ち合えるようになる。

 間違いなく最低限まで落とした力だが、一年前よりは良い。


「らぁぁッ!!」


「ふ、」


 大きな声と共に襲い掛かるルイとは反対に小さな息遣いで剣を振るうゼノン。

 ルイが勝てないのは仕方なく跳ね返されるもすぐさま軌道修正し、足元を狙って剣を振るった。


「……お、やるじゃないか」


 なんていうものの当たる事もなく、ひょい、っと軽くジャンプしただけで避けられてしまう。


「あぁぁッ、もう! まだまだァ゛」




 ◇ ◇ ◇




 稽古が始まってから三年。

 その頃には筋トレも身を結び、力のみならず脚力といったものも上昇し機動力を上げていた。

 そしてもう一つ違う点は手に持った凶器──真剣である。


 彼らは本格的に真剣で撃ち合うようになった。


 それはもちろん当たったら終わるという現実を身に沁みさせるためで、その為に【ガルドフ商会】から独占販売されているセルテラ印の«回復ポーション»である。


 この訓練からルイが血を流すのは当たり前になっていた。

 これもルイが商人として生きていくため、守るために死なない為に必要なことだ。




 やがて四年目に突入するころには背も目に見えて大きくなり、ゼノンの剣の動きに最低限ついてこれるようになった。


 最近ではゼノンとの稽古が終わったあとも幼馴染みのルビィと稽古しているのに加えて、中型の魔物をときおり狩って持ち帰ってくるようになった。


 それも彼なりの訓練らしく、他国には獣を操る天職もあるという知識を得てから対処法を探っていた。


 四年目は特に変わったこと無く、稽古が続く。


 だが、徐々にゼノンの力が強くなっているのにルイは気付いた様子など見せず、問題なく受け止めていく。


 これもゼノンなりの稽古法なのか差を感じさせない程度で力を上げていく寸法らしい。成長に応じてそのふり幅も変えつつ、考えながらルイとの稽古に臨んでいたのだった。




 ◇ ◇ ◇




 そして五年目突入。

 ルイは10歳になった。

 体格も五年前と比べておおきくなったが、何より筋トレや森のなかで培ったスタミナや筋肉が最も成長を感じさせる部分だろう。


 目標の無かった彼は特に何をしようともしなかった。ただ、知らないことがあれば聞いて蓄える。そんな人生を送っていた。


 だが、商人という目標。そのために強くならなくてはならないという目的が出来た彼はひたむきに、それに向けて頑張ったのだ。


 そして、それに応える形でゼノンはある力を行使した。


「[獰猛な蒼き虎の御霊よ、我が刀剣と化し、その姿を見せよ]」


 ゼノンの掌が真正面で合わさり、左右に開いていく。

 その掌を繋ぐように水の本流が溢れ、やがて一振りの刀を形創る。


「蒼虎、いくぞ」


 これが最後の一年。しにもの狂いで攻撃を受け、時折飛ばしてくる水の刃を避ける。

 手に持つ剣で水を受けようものなら途端に真っ二つ、これまで切断された剣の本数は二桁はくだらない。


 今までの力なんて比にならない様な強さで剣を打ち込むゼノン。

 その力や膂力は手に持った【蒼虎】の力である。


 それは顕現すると主に力をもたらす。


 人は彼らを【幻装遣い】と呼び、一般的な人とは違う存在として認識する。


「はは……なんだよ、それ。かっこいいなぁ、クソ」


 ルイは初めて見るそれに恐怖した。だが、それとは別で喜んでいた。


「それが本当の相棒って事だよね、父さんッ」


 口元を楽し気に歪めながら突進するルイ。


「力任せではダメだと昔言っただろうッ」


「わかってるよッ」


 ゼノンと撃ち合うつもりで振るった剣から手を離して投げ飛ばす、と同時に足に魔力を流し脚力の強化。


「ら゛ぁッ!!」


 一気に懐へと潜り込んだルイは握り拳にも同様の魔力を乗せて、引き絞り打ち出す。


「……なっ」


 確実に決まる、そう思ったルイは動揺を漏らす。


「残念だったな、ルイ。この刀【蒼虎】は幻装といってな、魔力を介したものに耐性をもってるんだよ。だから、操った水で受け止めれば何とかなるもんだぞ? ほら、お返し、た゛ァッ!」


 無防備を晒したルイの前には幻装をルイと同じように手放したゼノン。

 その手には荒れ狂う嵐の海の様な水。


 それを引き絞り最大限の力でルイの腹部へと撃ち付ける。


「あ゛ぁあぁぁ゛ぁぁぁぁあッ!!!」


「ふ~、ふーッ、あいつ……吹き飛ばされる寸前に」


 殴った本人も腹部には大きな蹴り痕。

 獰猛な戦闘狂が少しだけ顔を見せたものの背後から寄ってきたへレスに頭をぶち抜かれた。


「この馬鹿ゼノン! 稽古でルイがしんじゃったらアンタの事ぶちのめすからねッ!」


 その手には白銀に煌めく細剣が存在していた。

 何か間違いがあった時に力尽くで止めるつもりだったのだろう。

 すぐさまルイの元へと駆け寄ったへレスは目いっぱいもった«回復ポーション»を振りかけ、治療をしていく。


「いや、マジで。あいつ、やべぇ──ッぁ、痛ッてぇなぁ……」


 そうして五年目も何とか終わりが来た。

 結局、【蒼虎】を持ったゼノンに勝ち星は上げられずに悔しいおもいをしつつもこの五年でメキメキと力を付けたのは変わりない。


 これで商人としてガルドフおじさんについていける。


 そう思ったタイミングでガルドフが馬車を率いてやってきた。


 この五年の間も定期的に毎月一週間は来て商売をしている為、懐かしさは無いが、今日は商売では無くルイを迎えに来ただけなので少し感慨深いものがあるのだろう。


「ルイ、ちゃんとご飯食べるのよ?」

 ──と母へレス


「一人前になるまで帰ってこなくてよいからな~」

 ──と父ゼノン


「あんた、次あった時はぼこぼこにしてやるんだからッ!」

 ──と幼馴染みのルビィ


「元気でなぁ、ルイ坊」

 ──と宿屋のお爺さん


「ふふ、さみしくなるわねぇ」

 ──と宿屋のお婆さん


「うん、みんなも元気で! また、絶対くるから」


「おい、ガルドフ。ルイに何かあったら商会潰すからな? 俺とへレスで」


「冗談になってねぇんだよな、それ」


「わかってるじゃない、本気よ?」


 そんな会話が聞こえてくるが僕は無視した。

 関わらない方がいいに決まってる。


 今日でこの村ともお別れだと思うものの、特に寂しいといった感情は無かった。

 だって、一生のお別れじゃないから。


 また、すぐ会える。


 そんな気持ちと共に僕は商会の一員として村を出た。





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