第03話  ─     商会     ─






 村の家々で良い匂いが漂う頃、一匹の獣が目を覚ます。

 知識に並々ならない欲を持った小さな獣。


 その獣──ルイは寝惚け目を指で擦りながら二階にある自室から階段を下っていく。


「おはよぉ……」


 ぐっすり眠りすぎたのか、未だに夕飯の置かれた大机の前でカクンカクンと船を漕ぐルイ。

 そんな彼をみて仕方がないなぁといった表情を見せる母へレス。


「ルイ~? これから予定があるんでしょう?」


「んぁ……ある、けど……たくさん寝ちゃったから、まだねむい…」


 ああだこうだ言いながらもルイは母特性のクリームシチューを匙で掬う手は止まらない。


「うんまぁ……」


 口元を揺るめ、へにゃっとした笑み浮かべながら美味しそうに汁をズル~っと啜る彼を見て、ゼノンとへレスも同じように笑みを浮かべた。


「相変わらず美味そうに食べんなぁ、ルイは」


「ふふ、作った甲斐がありますね」


 もきゅもきゅ、一生懸命に頬張りながら村で取れた野菜と猟でとった鹿肉たっぷりのシチューを飲み終えた彼は「ごちそうさまでしたっ! お母さん、おいしかった!!」なんて矢継ぎ早に告げて家を走って出ていった。


「ははっ──食後くらい少し休憩しろよなぁ、どんだけ気になってんのやら」


 そう告げたゼノンの言葉がルイへと届くことは無かった。


 というよりも、彼の耳に興味を満たす言葉以外の内容が入らなくなっていた。




 ◇ ◇ ◇




 ガルドフが引き連れてきた馬車が二つ並んだ付近の建物。

 この村唯一の宿屋である。


 顔見知りの店主のお爺ちゃんに「ガルドフさんとやくそくしたの!」と伝えれば事前に彼から伝えられていたのか部屋まで案内されるまま、目の前の扉をコンコン、とノックした。


「ルイか、入っていいぞ」


「はーい、おじゃまします!」


 名も無い村の宿屋だけあり、質素という言葉以外で表せない様な部屋。


 家具も備え付けの寝台と机、クローゼットや魔道具であるポット。

 費用がかさむため、本当に必要あるものだけが置いてある。


 机の置かれた木目の床に腰を下ろした二人はお互いに向き合う。

 ルイは興味津々、ガルドフはルイに感じた何かを探るため、今宵は言葉を交わすのだ。


「んじゃ、まずは商人の話から聞かせてやる」


 商人とは職人や農家といった生産者から商品を買い取り、それを売ることで利益を得る職業の事。

 言うだけなら簡単だが、お客さんの欲しいものを聞いて的確なものを出しつつ、その簡単な説明と、合わせて他の商品も共に売る。


 無論、全く関係のないものではない。


 例えば、剣を求めている人が居た。

 彼はまだ初心者で初めて買った剣らしい。


 その情報を先ず欲しいものを聞いた時点で引き出す事が大事である。

 そして、得た情報を元に砥石や剣を簡単に砥げる魔道具なども紹介する。


 最初は砥石を使って初心者ながらに丁寧に砥ぐがやはり剣を使う職業は高頻度で砥ぐ必要がある。人によっては直ぐに買い替える者もいるだろうが、愛用する人とは良くて半々だろう。


 必ずしも愛用するとは限らないが、可能性があるなら紹介しておいて損はない。

 損をするのは砥石の情報などを紹介せずいることであり、他商会にお客さんを取られる事が最も損する。


「お客さんが欲しいものをなんで欲しいのか、何をしてるひとなのかを知るのも商人のしごとなんだね」


「ま、そういう事だな」


「じゃあ、ガルドフおじさんの商会はどんなのを売ってるの?」


【セインテスタ王国】の王都【アバンテイル】の裏路地に本拠地を置く中商会ギルド【ガルドフ商会】。


 彼らは主に、初心者や子供用の武器や防具を軽めに売りながらアイテムを重視して売っている。


 振りかけた量に応じて傷を塞ぐ«回復ポーション»や、一時的に切れ味を上げる«砥ぎポーション»、毒を中和する«解毒ポーション»に、熱帯地や寒冷地で体温を調整する«変温ポーション»。


«回復ポーション»以外は他の商会には無いらしく、直接伝手のある薬師に調合して売ってもらっているらしい。


 その薬師も自分では売買しない人間で所謂独占的に販売できている。


«回復ポーション»も他と加えて効果が高いらしいが、それは使った人の価値観なのであまり知られていない情報らしい。


「他の商会に負けないところがいるんだね」


「お、頭回るなァ、その歳で。坊主の言う通り、他に無いものを売るっていうのはそれだけで商会の名を売る看板になるんだ。──ほかに知りてぇ事あるか?」


「ほぇ~。あ、じゃあ! その商人っていろいろなところいくの?」


「そうだなァ……今んとこ、王国周辺だが最近は別の国にも行く準備してるぜ?」


「別の国? 他にもあるんだ!?」


【セインテスタ王国】【ローゼリア帝国】【ノワールティア魔皇国】【ガゼル連合】【氷星国ヒューゼル】といった名の通る国がこの大陸には存在している。


【セインテスタ王国】。主に温暖な気候が特徴的な国。他国に誇れるのは王都【アバンテイル】を守護するために存在するギルド【王宮騎士団】と、その実力者TOP10の【十天剣】だろう。


【ローゼリア帝国】。一年中涼しいのが特徴的な国。この国には神様から最初に貰う天職──先天性天職とは別の、実績や継承によって神々に貰う天職──後天性Ex天職【薔薇姫】が代々【薔薇騎士団】の団長に受け継がれている。


「こうてんせい? せんてんせい? んん……」


「ま、簡単に言うと。15歳になった時に神様から【天職の儀式】で貰うのが先天性天職。その後にも何かして神様に認められて貰うのが後天性天職ってことだ。要は先に貰うか後に貰うかだな」


「ほえ~、あ、Ex天職は【勇者】と【魔王】!!」


「お、それは知ってるんだな。そう、特別な天職がExってやつだ。けど、その二つは先天性Ex天職だな」


「最初に神様からもらうから?」


「そういうことだな」


 そして次の国【ノワールティア魔皇国】。この国は魔物と人の共存を目指す国である。そこには数多くの後天性天職【竜騎士】【一角騎士】【操獣騎士】などが存在しており、竜に騎乗したりユニコーンに騎乗したり狼や獅子に騎乗したりして戦うらしい。


【ガゼル連合国】。様々な中小国家の集合した国。王の様な最高意思決定者はおらず、国々を代表した者たちの多数決で可決される。多数の国家が存在しているため、食料や建築、その作業を国ごとに分けることで適材適所を行っている国。


【氷星国ヒューゼル】。寒冷地にある国。一年中雪がふる国。気候上、寒さに強くならないといけないため、皆の変温性が高まった国。故に暑さにも寒さにも簡単に適応する。星王をトップに様々なギルドが存在している。最近では氷雪の魔狼フェンリルが星王についているという噂が存在している。


「ふぇんりる?」


「魔物の中でもすげぇ強い知性のある魔物だな。他にも月を喰らう幻狼マーナガルムとか、不死の鳥フェニクスとかもいる」


 ルイは話を聞いて質問をする度に目をきらきらと光らせる。

 知識が増える、知らない知識を知らないと認識できる。

 それが閉鎖的な村ではなかなかできないのだ。


 ゼノンから聞く武勇伝も何かしら簡易的に説明されてしまうので、この機会はとても嬉しいものだった。


「へへ……たくさんの知識、うぇへへ」


 少し頬が緩んでしまうルイもこればかりは仕方ないだろう。


「そんなに色々しりてぇんなら、商人は最高だぜ? いろんな国にいけるし、客からも得られるからな」


 ただのガルドフ流の勧誘なのだが、その言葉がどれだけ彼の欲をくすぐったかは定かではない。

 だが、間違いなく、その瞳は決意し目標を決めた色を宿していた。


 世界を見てまわる為に冒険者になる。

 それも一つの正解だった。

 その為に【剣士】といった天職のために努力するのも間違いない。


 けれど、商人ならもっと知識を得られて世界を見ていける。

 知らない人とも関われる。


「僕、商人になるよ、ガルドフおじさん」


「ははッ、即断即決ときたか。わかった。なら、オレん所に来い。話もゼノンの旦那につけておいてやるから」


「うん!!」





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