第02話  ─     商人     ─






「──お? 居るじゃねぇか、ゼノン! おい、なんでそんなとこに居やがんだオメェ!」


 赤髪の商人が大声で父ゼノンを呼ぶ。

 10メートル、離れているのに全く聞くのに苦労しないほどの声に彼の周りの村人はびっくりして、他の商人は始まった瞬間に耳を掌で塞いでいた。


「商会長、うるさいですよ~」

「みなさんの鼓膜が破れちゃうじゃないっすか」

「もっと周りに注意して行動してください!」


各々の意見を吐き捨てる商人たちの言葉は日常茶飯事なのか特に堪えた様子も無く、商会長と呼ばれた赤髪の商人はルイ達の方へと近づいていく。


「おォ、ゼノン! 本当久しぶりだなァ、オイ!」


バシンッ!感動を分かち合うように一方的に強い力でゼノンの背を叩く赤髪の商人。

言葉の節々が力強く、兄貴肌の人間なのか、商人たちは特に気にした様子無く商人としての仕事を続けていく。


注文品を馬車奥から引っ張り出したり、会計をしたり、お客様の要望を聞いたりと大忙しである。だが、誰一人、赤髪の商人に文句を言う人はいなかった。


彼はゼノンと共にいるが時折、共に来た商人たちに向けて指示を出していく。


「おい、そろそろ中級ポーション切れるぞ、在庫持ってこい!」


「そのお客さんの言う値段で売ってやれ、それでも何とか赤字じゃねぇからよ」


「その武器、売る前に研いでやれよ?」


ゼノンとの会話に片手間に「ちょい待ってくれな」と声をかけてはそうして的確な指示をしていくのだ。


「……これが商人」


僕はその光景を眺めて微かながらにでも、目を輝かせていたのだろう。


その言葉に赤髪の商人は誇らしげな笑みを浮かべてはルイの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でる。


「坊主、俺らの商会はすっげぇだろ?」


笑みだけじゃない。

言葉から気持ちから、彼の発するもの全てから商会に対する誇りが感じ取れた。


「……な、わわっ、ん──うん、すごい」


「そーだろそーだろ? ──つーか、この坊主。誰かに似てんなァ」


ハハハ、なんて笑いながら頭を撫でているルイへと視線を初めて向けた商人はどこか、じぃっと見詰めてからそんな事を呟いた。


そうしてその疑問を解消するべく目を向けた先は旧友であるゼノンだ。

向けられた本人はどこかにやにやとしており、それは少し子供っぽいものの旧友をからかっているようにも見えた。


「ッ……もしかしてェ」


「そのもしかしてだよ、阿保。俺の息子のルイだ、よろしくしてやってくれ」


流石にゼノンの表情を見て気付かない程、頭が悪いわけでは無い商人はおそるおそる正解を聞くべく様子を伺う。


そんな商人の姿と言葉に、すかさず答えながら罵倒しつつルイを紹介するゼノン。


「そーかそーかァ、オメェに嫁さんか~羨ましいな、チクショウ」


悔しそうにする彼も、先程から旧友の傍にいるルイに挨拶していない事を思い出し彼の頭から手を離しては目線を合わせる様に屈んだ。


「よォ坊主、オレの名前はガルドフって言うんだ。よろしくなァ~!」


「う、うん。僕はルイ、えと、ガルドフおじさん……よろしくおねがいします」


そうして自己紹介したルイの目は、初対面のガルドフから見てもギラついているのが分かった。


「ッ……お、おう、これからなげぇ付き合いになりそうだ。よろしくな」


王都の裏路地から少し出た通りに居を構える中商会ギルド【ガルドフ商会】。

そこに時折現れるチンピラよりも余程飢えている様に見えるそれに思わず息を呑む。


それに何らかを感じ取ったガルドフは商人としての嗅覚なのかまだ5歳になったばかりの子供であるルイに創設した商会の武勇伝を伝えてやろうと決め「どうだァ、良かったら今夜とかウチの商会の話とか聞かねぇか?」と問いかけた。


そんな言葉普通の子供なら好奇心からわくわくした顔で飛びつくだろう。


だがルイはわくわく顔なんて晒さなかった。


知識を貪欲に喰らう獣。


そんな言葉が似合う5歳児がこの世にいるだろうか。

そう思ってしまう程に獲物を見つけた獣の顔をしていた。


(ははっ……こいつァ、やべぇな。なんだこの知識欲の塊)


だが、彼はただの獣じゃない。


すぐに喰らい付こうとせず、まずは親であるゼノンの顔色を窺ったのだった。


「ほう、興味が沸いたか? ルイ。構わん、沢山聞いてこい。あれだったら泊まりも構わんぞ。──まぁ、何かあればガルドフの首はないけどな」


最後に添えられたのは、ぞっ、とする声音での脅迫。


子を持った親は全盛期よりも強い殺気を出す生き物なのかと言わんばかりにガルドフは、微かな恐怖と共にゴクリと喉を鳴らした。


「は、ははッ……冗談キツいぜ? ゼノンさんよォ」


「──冗談じゃないが?」


「……そうかよ」


そうして取り決められたお泊りしてのお話会。

ルイはその知識を詰め込むため、夜遅くまで起きるために今のうちに寝る事を考えて自室へ戻る。


例え、幼馴染みの少女ルビィが家に来ようと大声で呼ぼうと、彼の知識欲の前に切って捨てられる。


「また、今度。遊ぶから今日はだめ……ん~…すぅ……すぅ、」


すやすや、規則正しい寝息を室内に響かながら知らない知識の為に、ルイは英気を養うのだった。


その表情はどこか穏やかで昨日までの焦る様な感情は気付いた時には無くなっていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る