護衛騎士への道

第12話 女神との邂逅

 落ちる、、、何処まで落ちるんだろうか。それは今までに体感した事のない浮遊感。安全バーのないジェットコースターに乗ったらこんな感じなのだろうか、、、自由落下していく身体に途轍もない重力加速度Gの付加がのし掛かっていく。その途端、全身強打と身体にかかる負荷で僕の意識は途切れた。


 激しい痛み、恐怖、絶望感。それらが僕の最後の感情だった…。




 気が付いたら僕は暗闇の中にポツリと1人で横たわっていた。何処だろうか、、、もしかして病院?それとも海の底まで飛行機と共に落ちてしまったのだろうか?いや、違うと思う。灯りが何一つもない。ベットで寝ている訳でもない。海底に沈んだのならば水圧でぺちゃんこだ。 

 つい先程までの痛みや恐怖、絶望感など感じさせない程、不思議な空間にいた僕は驚く程心が穏やかで落ち着いていた。


「取り敢えずここから脱出しなくっちゃ。」


 そう意気込んだ僕は、立ち上がり何処に向おうかと考え周りを見渡してた時、僕は周りに誰も居ない事にやっと気が付いた。


「あれ、他の人は?拓真〜!英ちゃん〜!先生〜!誰か居ませんか〜?ここは何処ですか〜?居たら返事して下さい!お願いします。」


 何度呼びかけてもこの真っ暗な空間には僕しかいないようだった…。拓真も英ちゃんも先生もいないこの状況に僕はとても不安になった。僕は無我夢中で空間の中を駆けていた。


「早く3人と合流しないと、無事を確認しないと、僕は部長なんだから…。」


 とにかく無事でいて欲しい。「神様どうか、どうか皆んなが無事でありますように…。僕のことはどうでもいいので3人の事は助けて上げて下さい。お願い致します!」そう呟きながら、僕は必死いつまでも続く暗闇を走っていった。




 どれ位走ったのだろうか、1時間位。いや、もう少し走ったのだろか。少なくとも10kmは走った筈、それなのに、それなのに…何処まで走っても一向に灯りは見えないし、空間の切れ目、出口も見当たらない、、、。


 目を瞑って自分の家の廊下や部屋を全速力で走ることでさえ怖いのに、僕は真っ暗な道をひたすら走ってきた。にも関わらず希望を抱くこと自体が間違っているかの様な、此処から脱出することは諦めろと言うかの様に暗闇がいつまで続いていた。



「もしかして、走る方向を間違えた?もう皆んなに会うことは出来ないのかな…。拓真…英ちゃん…」


 僕達はあの飛行機事故で死んでしまったのだろう。そう悟った瞬間に、僕はその場に泣き崩れてしまった。2人と一緒に駆け抜けてきた日々が走馬灯のように脳裏に流れていく。2人と問題を出し合った日々、大会に出場する度にチームとして強くなっていく日々、後輩たちが入部して来て画期溢れる部室でクイズを楽しむ日々、それら全てが僕にとってのかけがえのない青春だった。決してお金では買えない、大切な思い出だ。


 これからだって、イギリスで全国大会決勝の舞台でクイズを最高に楽しみそんな思い出を作っていく予定だったのだ。そんな予定も今迄の努力も、あの飛行機事故によってめちゃくちゃにされてしまったのである。



「悔しいよ、悔しくて堪らない、、、もう少しだったのに、あと少しで決勝の舞台だったのに…2人で一緒にもう一度クイズができたのに…。こんなのあんまりだ…」


 絶望に打ちひしがれていた僕は泣き崩れていたその場から一歩も動けずにいた。一頻り号泣し、泣き疲れた僕はそのまま瞼を閉じ眠りについてしまった。




 あれからどれ位経過したのだろうか、腫れぼったくなってしまった瞼をかきながら僕は目を開けた。


「しまった。眠ってしまったのか…。 ここは何処だっけ?」


 寝起きのぼんやりとした頭で眠りにつくまでの自分の行動を思い出していた。


「そっか、拓真と英ちゃんと先生と合流しようとして走っていたのだった。皆んなの無事を確かめることは出来なさそうだし…。もう戻り方も分からないし、出口も見当たらないし、これからどうしよう。」


 この空間には食物も水分も見当たらない。寝起きで少し空腹感を感じながら僕は考え込んでいた。暫く考えてもこの空間で出来ることは無さそうだし、死を待つしかないのだろう。そう思った僕は全てを諦め、もう一度寝転がり、自然と時が過ぎるのを待った。




 その場に留まり、衰弱死を待つようになってから二日後、僕は空腹感と喉の渇きを抑えることが辛くなって来ていた。もう喋ることでさえままならい状態だった。


 きっと、災害や事故で遭難したり生き埋めになった人はこんなことを思いながら亡くなっていくのだろうな、、、そう思った時、視界の隅で微かな光が見えた気がした。


 見間違いかな、そうか衰弱して幻覚が見えているのか、そう思った僕は瞼を閉じて幻覚なんてものを見えないようにした。



 瞼を閉じてじっとしていようと思っていたら、身体に温もりを感じるようになって来た。それに暗闇だった空間に光が差し込んで来た気がした。


 思わず目を開けて見ると、真っ白な光が僕を照しだすかのように天から僕の全身に降り注いでいた。


「え、もしかしてこれ天国へ向かう道なのかな?天使達がお迎えに来てくれたのか。やっとあの世に行けるんだな。」


 やっと絶望から解放される。そう悟った僕はこの光が神様からの祝福で天国への道を開いてくれているのだと喜んだ。


「有難う御座います。神様。」


 心からの感謝を述べるとさらに光が強くなり上を見上げていた僕は思わず手をかざし目を瞑ってしまった。


 それから光が強くなっていくのに、僕の身体、魂はいっこうに昇華される気配がない、どうしてだろう?早く天国に行きたいのに…。早くお迎えして欲しい。



 そう思っていると、光が降り注ぐ中心から、白の衣装に金のネックス、両腕首、両足首に金のブレスレットとアンクレットを身につけた、金髪の美麗な女性が降臨して来た。


 見上げながら思わず自分の目を疑ってしまった僕は、降臨する存在が神様である事を悟った。


「汝、豊穣なる知恵をその身に宿す者よ。新なる世界に生きることを望むか?」


 その存在は静かに、淡々と僕に尋ねてきた。


「新たる世界…。つまり生まれ変わるということでしょうか?このまま天国へと旅立つのではないのですか?貴方は…」


 僕がその不思議な存在の正体を尋ねようとしたとき、僕の質問を遮るようにしてその女性が口を開いた。


「我はフィルフィラー。異なる世界と世界に交わる運命の糸を紡ぐ者なり。汝の途切れた糸を異なる世界に結び付けるべく我は汝もとに降臨した。汝新なる生命として生まれ変わることを望むか?」


 どうしよう。このまま天国に行けると思っていたのに、天国で拓真と英ちゃんと先生に会えると思っていたのに、、、新たなる世界に行ってしまったら会えなくなるのではないか。もしそうなってしまったらもう2度と会えないんじゃない?やっぱりやめておこうかな。いや、待てよ天国に行っても会えるかどうか何て分からないじゃん。新な世界でまたクイズを楽しんだらいいんだよ。もう一度クイズ研究部を作ってやる!

 

 そう決心し僕は頭上に浮かぶ神様に返事をした。


「フィルフィラー様。どうか私を新なる世界で人間として転生させて下さい。どうか私の途切れた糸をもう一度紡いで下さりますよう…」


 そう跪き頭を垂れてお願いすると


「確かに承りました。では汝の願いを聞き届け汝の糸を新なる世界に紡ぎましょう。汝の糸紡がれる先は混沌の闇に堕ちいりし世界です。汝の知識もってしてその闇を晴らし給え。」


 そう言うとフィルフィラー様は僕の心臓の辺りからいつの間にか伸びていた青い糸を手にし、自分の元へと手繰り寄せた。そして、懐から豪華な色取り取りの糸で織られた絨毯のような布を取り出して僕の青い糸を布の1番端の縫かけの部分へ紡ぎ直してくれた。

 

 フィルフィラーが手にしている布よく見て見ると何処どころ薄汚れている箇所があった。もしかしたらあの汚れている部分が闇に染まってしまった部分なのだろうか。そう思った僕は新なる世界の闇についてフィルフィラー様に尋ねてみることにした。



「フィルフィラー様。つかぬ事をお伺いしますが闇とは一体どのようなものなのですか?お手にしている布の薄汚れた部分が闇に堕ちた部分だと思われますが…闇とは何のことでしょうか?」


 僕がそう尋ねると、糸紡ぎに集中していたフィルフィラー様は自分の仕事はやりきったと言わんばかりに頬笑み、顔をあげ僕見つめ口を開いた。


「それは新たなる世界で自分の目で確かめるのです。我ができるのは糸紡ぎのみ、これより先は汝が己の知恵と力で道を切り拓くのです。さぁ、お行きなさい。」


 フィルフィラー様がそう言った途端に僕に更なる御光が降り注いだ。うわっと思わず口にした瞬間、光に包まれた体が消えかかっていくのがわかった。そして、段々と意識が無くなる間際フィルフィラー様が忘れていた様に呟いた。



「そうそう、汝の糸に少し細工を施しました。新なる世界できっと役立つ筈ですよ。」



 ふふふっと微笑む女神を視界に捉えながら僕の身体は完全に光の中に消えていった。

 


 

 

 

 

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