第9話 二度目の正直

 中部地区大会当日の朝、僕は予定より1時間早く目覚めてしまった。東雲を睨みながら僕は背伸びをし気合いを入れ直した。絶対に1位通過してみせると。



 去年と同様に最寄り駅に一足早く到着した僕は拓真と英ちゃんの到着を待ち望んでいた。少ししてから拓真が、5分後位に英ちゃんが到着した。そして、さらに5分後に後輩のチームが仲良く3人でやってきた。


「よし、皆んな揃ったな。今日は悔いの残らないように、自分の持てる力全てを出しきるんだ!それぞれの目標に向けて頑張ろう。」


 皆んなを犒いながら拓真と英ちゃんと頷き合った。そして、会場にへと足を運び去年と同様に受付時間よりも早く着いた僕達はチームに分かれてウォーミングアップをしていた。問読みと回答者をローテーションしていると、明優高校チームが受付会場に到着した。その瞬間3人の表情が少し固くなった気がした。僕達は彼等の事は気にせず、問題を出し合っていた。



「只今より高校生クイズ選手権中部地区大会の受付を開始致します。参加をご希望のチームはこちらより受付の手続きをお済ませ下さい。」


 大会スタッフの拡声器を用いた案内が鳴り響いた。3人でお互いの顔を見合わせ頷き合った。今年は大丈夫だ。もう昨年みたく弱音を吐いたり、消極的な感情になることはない。この一年間でお互いに弱点を補足すことを覚えたのだから。皆んなで少し笑いながら、僕達は受付の手続きを済ませた。



 今年の中部地区大会は総勢36チームが参加しているらしい。その内全国大会に駒を進めるのは上位4チームらしい。昨年よりも1チーム多いのは単純に参加チームが増加したためだ。

 今年は9チームずつ4ブロックに振り分け、各ブロック上位2チームが地区大会決勝に進むことができるそうだ。籤引きを行い、僕達はCブロックに振り分けられた。因みに明優高校はAブロックに振り分けられた。予選を勝ち上がる事は問題なくできるであろう。問題は決勝で戦う明優に勝てるかどうかだ。そして、後輩達のチームはDブロックに振り分けられ、決勝で合うことを約束した。




ブロック毎の会場に移動すると、山之内先生と今回は出場を果たせなかった後輩達が応援に掛け付けていた。手作りの横断幕を皆で持って声援を送ってくれたのだ。少し感極まってしまった僕に新と英ちゃんが両肩に手を置いて「やるぞ」と声を掛けてくれた。胸の奥が熱くなるのを感じながら僕は大きく頷き、後輩達に「ありがとう!やってやるよ。」そう言い返して自分達の回答者席にへと移動した。



 今年度も、昨年と同様に○✖️クイズや、三択クイズ、書きクイズなどの形式のクイズが全部で20問出題され、正解数が多い上位2チームが勝ち抜けるというものだった。


「問題! 板垣退助は長州藩出身である○か✖️か」


「正解 ✖️(土佐藩出身)」


「問題! チンパンジーとオランウータン漢字で正しく表記せよ」


「正解 黒猩猩 、猩猩」


「問題! ハーバーボッシュ法により生成される化合物は次のうちどれ A.硝酸 B.硫酸 C.アンモニア」


「正解 C.アンモニア」


「問題!…………」



 昨年と同様に淡々とクイズが出題されては制限時間内に回答を記入していった。昨年と違うのは、誰がどのジャンルに強いのかということをお互いに完璧に把握しているので、回答者と次の問題に集中する2人といった役割分担をしていたことで心の余裕があったことだ。時には相談しながら、回答を捻り出し着実に正解数を積み重ねていった。誤答をしても気を囚われず、気落ちする事なく、チーム全体で支え合うということができていた。



 そして、予選最後の問題が出題され、回答が出揃った後、集計され決勝進出チームが発表された。僕達のチームは正解数15個でCブロックで1位通過した。他のブロックの決勝進出チームを確認しに行くと明優高校もAブロックで予選1位通過、後輩達はDブロックで2位通過していた。



 各ブロックの予選が終了すると1時間のお昼休憩が始まった。僕達は部の皆んなと集まって予選の所感を話し合いながら和気藹々としたお昼休憩を過ごしていた。昨年は3人しか居なかったのだが、今年は20人も仲間がいて、皆んなから応援してくれている。皆んなの期待に応える為にも、僕達の目標を達成するためにも、午後からの決勝戦なんとしてでも、1位通過を果たしたい。そう強く願っていた。




 お昼休憩が終わり、決勝進出した上位8チームがそれぞれ回答者席に移動した。後輩チームともお互いの健闘を祈りながら、後輩達に応援されながら、心の準備を整えていく。決勝戦開始1分前程に拓真が話し掛けて来た。


「行くぞ、このままの勢いで。絶対に明優高校に下克上を果たすんだ!」


 そういって僕の手を強く握ってきた。拓真の言葉をきっかけに英ちゃんとも手を握った。


「泣いても笑っても、これが最後の地区大会だ。全力を出し切ろう!そして、全力大会優勝するんだ。こんな所では負けてられないもんな!」


 部長らしく、チームメイトらしく、力強く、2人を鼓舞できたと思う。


「新も拓真も力み過ぎよ。もう少し肩の力を抜いて、心を落ち着かせないと勝てる試合も勝てなくなるわよ、今日で終わりなんて絶対にしないよ、全国大会まで私たちチームの挑戦は続くのだから。」


 そうだ、ここで負けたら今日でこのチームは終わってしまう。そんな大切なことなんで思い付かなかったんだろうか、いや考える暇も無いほど練習に時間を費やしていたのだ。それにこんなところで負けるチームじゃない。そう確信がある。簡単なことだ。拓真と英ちゃん、2人を信じて、信頼して、僕も信じて、信頼してもらうだけだ。

 そう気持ちを強く持った僕は3人で円陣を組み気合いを入れた。



 決勝戦も昨年と同じく出題されるのは早押し形式と早書き形式のクイズで先に7ポイント先取したチームの勝ち抜けとなる。大会委員の方の説明が終わると、問読みが開始された。



「問題! 『木曽路は全てや』…」


「明優高校 夜明け前」


「正解! まず最初にポイントを書く時したのは明優高校だ。しかし勝負はまだ始まったばかり、次の問題に参りましょう。」



 一問目は明優高校の流石の強さを見せつけられ先取された。しかし、そんなことでもう落ち込んでいる我々ではない。


「問題! ノーベル化学賞を受賞した日本人3人フルネームで書け。」


「開聖高校 白川英樹 田中耕一 下村脩」


「正解! 続いてポイントを獲得したのは開聖高校だ。今年もこの2チームによる熱いバトルが繰り広げられるのか、それとも他のチームが台頭してくるのか、次の問題に参りましょう!」


 問題が読み上げられている途中から、拓真による記入が始まり、そのままポイントを獲得したのである。すかざす僕達はハイタッチをして喜びあった。


「問題! 生体内でセリンプロテアーゼとして多くの臓器の消化系で働く、ペプチド結合の加水分解を促進する酵素は?」


「開聖高校 キモトリプシン」


「正解! ここで開聖高校が明優高校を追い抜かし一歩リードした。まだまだ勝負は分かりませんよ。」


 生物分野の酵素の問題だったので、僕は答えることができた。正解するとまたもやすかさず2人がハイタッチをしてくれた。そして、すぐに気持ちを切り替えて次の問題に備えた。


「問題!……」




 こうして、一問一問、一喜一憂しながら、8チームがポイントを競いあっていった。そして、明優高校と僕達のチームが5ポイントで並んだ後の次の問題


「問題! ドイツ、フランス、スウェーデンとの間で、ドイツのカルヴァン派の承認、スイス、オランダの独立などが承認などが定められた、1648年に締結された30年戦争の…」


「開聖高校 ウエストファリア条約!」


「正解! ここで開聖高校がマッチポイントだ!明優高校は追いつく事ができるのか。」


 英ちゃんの得意な世界史の問題が出題され、先にマッチポイントを獲得した。


「問題! ノルウェー、スウェーデン、デン…」


「明優高校 スカンジナビア半島」


「正解! ここで明優高校もマッチポイントだ、先に決勝へと駒を進めるのはどちらのチームなのか。面白い展開になってきましたね。続いての問題に参りましょう。」

 

 マッチポイントに並ばれた瞬間ただならぬ緊張感と不安と焦りが押し寄せてきた。脂汗が滲み出ていることを感じながら、3人で目線を合わせ、それから前を見つめた。応援している後輩達にも緊張感が漂っているのがこちらにも伝わってきていた。そう思いながら、僕は集中力を極限まで高めていた。



「問題! 1858年 江戸幕府が尊王攘夷派に対して行った厳しいだん…」


 その瞬間、僕は迷わず自分のボタンを押した。その僅かコンマ数秒前に明優高校がボタンを押している事を知らずに、僕は自分が回答権を得られたはずと思い込んでいた。


「明優高校 」


 その瞬間頭が真っ白になってしまった。自分が押し負けたという現実が飲み込めないまま自分の周りの時間が遅くなっている気がした。


「安政の大獄」


「正解! 中部地区大会優勝は明優高校に決定だあ!」



 それから、最後の1ポイントを拓真が勝ち取り、僕らは2位で中部地区大会を終え、後輩チームも4位とギリギリで全国大会の出場権を獲得した。




「終わったな、お疲れ様、新、英ちゃん。」


 帰り道で拓真が口を開いた。


「新、いつまで落ち込んでいるのよ、私達はまだチームとしてクイズができるじゃない、今日負けたのは残念だったけれど、去年と違ってほんのあと一歩の差じゃない、全国大会で勝てばいいのよ、不可能じゃないわ!最後までクイズを楽しむんでしょ?」


「ありがとう、2人とも。そうだね。全国大会で見返してやればいいだけだし、何よりこのチームの挑戦はまだ終わっていないしな!ありがとう本当に2人に助けられてばかりだよ。」


 少し泪ぐみながらチームメイトの有り難さを噛み締めていた。2人が居なければ此処まで続けていられなかったと思う。


「そんなにありがとう、ありがとう言うなよ。チームメイトして当然の事をしているだけだ。決勝目指して頑張ろうぜ。新、英ちゃん!」


「おう」

「うん」



 2人の声が重なった時、自然と笑みが溢れてきて、これからの未来が明るくなった気がした。

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