第42話 本当の実力
前話の最後を少し変えました。
そちらを見てない方は一度そちらをご覧いただくと幸いです。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「はぁ……」
体育祭のあったその日の夜、凛は二葉の言われた通り指定された有賀川へと行くべく家を出た。有賀川は彼の住んでいる住宅街から少し距離の離れた場所にある。徒歩で行くにはかなり面倒だが、公共交通機関を使うには近い。
それのどちらかを選ぶのならば歩くことを優先せざるを得ない。
「めんどくせぇ………」
などと口ずさみながら凛は有賀川へと尚も歩いて向かった。
雲一つもないその暗闇の中でぽつりと光る満月と規則的に並べられた街灯に照らされながら車どおりの少ない道路の傍を歩き、そして有賀川へと彼はたどり着いた。
「さて……」
川の河川敷を歩いていく。
時刻は丁度九時を回った頃、夜も更けてきたこの頃にもなれば車どおりも人通りももはや全くない。
だからこそ、その人物を探すの手間は全くなかった。
全く人通りの少ないその道の真ん中に彼は待ちわびたかのように立っていた。
「よく来たな」
「そりゃ拒否権はないわけだしな」
などと言いつつも彼が家の中で行くことに面倒さを覚え行くか迷ってしまったのはまた別の話。
「下に降りるぞ」
それに応じて凛は二葉と共に河川敷の下へと降りていき、石の敷き詰められた河原へと降り立った。
「それで、ここに呼んだ理由は?」
「体育祭のバトルの続きに決まっているだろう」
そう言うと、彼の目の色が自然と変わった。
完全にその目は、先ほどまでの色とは別の闘志の溢れるそれだった。
「場外とはいえ負けたという事実ができてしまった以上俺はそれが許せない。俺の中ではどんな形であろうと負けは許されない」
すると、二葉の背中の皮を破り黒い鎖が出現しその数は十本。今までは見せることもなかった数だ。
「ここでお前を倒すことができれば俺はそれでいい。俺の方が強いという事を証明させてもらおう」
そう言うと彼はその鎖の先端の矢を凛の方へと向け、それと同時に彼は構えを取った。凛は突っ立ったままでほんの少しだけ黙っていた。だが、そのご彼は一つ溜息を吐くと共に口を開いた。
「……しょうがない、付き合ってやるよ」
そう言うと彼は拳を握って構えを取った。
誰もいないその河原で対峙する二人、ピリピリとした張り詰めた空気が漂い始める中で二葉は足を踏み込ませ、
「お前を、見せてみろ」
二葉がそう言うと同時に、彼の身体から溢れんばかりの殺気が発せられる。その殺気はまさに彼がアルヴァンと共に敵と戦ってきたその経験の証拠の様なモノだった。
「っ」
突然の殺気に思わず凛も息を飲む。
二葉はそんな彼の方へと踏み込んだ足で力強く走り出し間合いを詰めた。
すると体を横に回転させ、同時に背中から生やしていた10本もの黒い鎖を束ねる様に重ねまるで鞭を扱うように彼の身体にその重なった鎖で打撃を与えた。
「ふんっ!」
力を込めて与えられたその攻撃により川の方へと身を飛ばされた凛はそのまま反対側の河原へ、そして凛の後を追うように鎖を使って川を越えた二葉は飛んでいった彼を蹴りで地面にたたきつけた。
そして空中で腕を上へ、そこに腕から出現した鎖がグルグルと巻かれていく。
そして腕全体が鎖で覆われるとそれが紫色の火花を散らし形を変え、拳の装甲―――俗にいうガントレットへと姿を変貌させた。
そしてそれを凜へと繰り出した。
「はっ!!」
川の水や河原の石を吹き飛ばす風圧のその拳が繰り出され、二人の周りが土煙で覆われ視界が隠される。
だが、それもすぐに霧散していき二葉は凛の頬の寸前にある自身の拳を目に入れた
「うまく避けたか…」
一度飛び退いて凛との距離を取る二葉。一方の彼も飛び跳ね起きで身体を地面に立たせパッパと服についた砂や土をはらう。
「おいおい、流石に殺しにかかってくるのはなしだろ」
「別に本当に殺そうとしているわけでじゃない。殺すつもりでかかっていったんだ」
「それほぼ意味変わらないだろ」
そんなツッコミを流した二葉は彼に一つ言った。
「一つ言っておくと、お前を今日呼んだ理由の中にはお前の力に興味を持ったということもある」
「興味?」
「お前があの試合の最後に俺に放ってきたあの一撃、あれを喰らいお前がまだ力を隠していることに気づいた。そしてそれと同時にお前の力という物に興味が沸いたんだ。俺は興味のあるものには追及する性格でな。お前の隠しているその努力だけで手に入れた力を見てみたいとも思いこうしてお前を呼んだわけだ」
「それで、本気を出させるために殺すつもりでかかってきたと?」
「そうだ」
――――何考えてんだよこの人……
なんとも考え方が安直と言うか、馬鹿と言うか。凛の中で二葉は頭が良かったり大人なイメージが少し強かったが、どうにもそう言うわけではないことに凛は少しだけ気づきつつあった。
「今度ははっきりと言わせてもらおう、本気を出してこい。その上でお前を俺の力でねじ伏せて俺の方が強いという事を教えてやる」
「………そもそも本気を隠してることは確定なんだな」
「お前も否定していないだろう」
「まあ、本当のことだからな」
そこで一つ大きなため息を吐いて心の中で一人考える。
――――まあ、一番バレちゃいけないのはオレが親父の息子だってことだし、それにアイツもオレが本気を出さない限り永遠に付きまとってきそうだしな……
そこでまた一つ溜息をつくと彼は顔を上げて二葉と目を合わせそして口を開いた。
「わかった。そこまで言うなら本気を見せてやるよ。ただし、一つ条件付きだ」
「条件?」
「この試合はオレ達二人だけの秘密裏にすること。だから勝敗も誰にも言わない、そしてオレの実力のことも言うことはだめだ」
「そんなことなら構わないぞ。俺は俺が勝てたというその事実さえ手に入れられればいいからな」
「よし、じゃあそういうわけで」
凛は腕をぽきぽきと鳴らし首を曲げ軽くストレッチをすると身体を低くして、そして纏う雰囲気を変える。
「始めようか」
凛の変わったそれに対し二葉はもう片方の腕も鎖で覆い形を変えてガントレットを武装する。
――――俺も本気を出し、そして圧倒的俺の実力で死なない程度に殺す。それがねじ伏せるという言葉に相応しい。
「行くぞ」
次の瞬間、力で凛をねじ伏せるべく彼は飛び出していく。最初に放ったのは武装した拳による腹部への一撃、完全な手を一切抜くことのない本気の一撃。それを放つと共に即座に体を横に回転させて回し蹴りを彼の横腹に炸裂させる。
「はぁっ!!」
そのまま回転を維持し彼を後ろへと蹴り飛ばす。勢いよく飛んでいく彼を目にしっかりと留めつつ鎖で飛び上がり飛んでいる凛の向かい側へと移動、そしてそこから十本の鎖を全て上へと上げそしてそれを凛を叩き落とすように下へと振り下ろす。
と、そこでだった。
「よっ――と」
振り下ろされる鎖が当たる寸前、凛は二葉の眼前で空中で動きを見せる。
彼は足を二葉の方へと鋭く突き出した。
「!?」
空中で動きを見せるとは予想だにしていなかったがその驚きからすぐ何とか避けようとした二葉。だが、その蹴りの鋭さと速さ故にかそれは彼の頬を掠っていった。
――――なんだこの蹴りは……!
僅かに掠っただけ、それだけであるにも関わらず掠った頬はまるで砥がれた剣で斬られたかのような切り傷が残っておりそこから赤黒い血が微かに頬を浸っている。
――――もし今の蹴りが直撃していたら……
そう考えるだけで体が恐怖で震えてしまう。この恐怖はアルヴァンと共に敵と対峙した時に味わったものとはまた違う別の、言葉に表すことの出来ないそれ。
と、そこでふと地面に着地した凛と目が合う。
「っ!!」
そのごく普通であるにもかかわらずどこか恐怖心を感じられる赤い双眸を前に、
一度凛と距離を置くと背中から生やしている鎖を全て一つに収束させるように纏め、上げそしてそれをもう一つの異能で形を変化させていく。
その末に完成したモノは巨大な槍だった。
「避けるなよ!」
彼はそれを凛に発射する。回転しながら勢いよく飛んでくるそれに身構えることもなくただ立ちつくしている凛は、槍が迫ってくる中でゆっくりと右腕を上げて手を広げる。
そして飛んできた巨大な槍を掴んだ。
キュルキュルと擦れる音が甲高く響き、それが徐々に消え去っていくと共に槍の勢いも回転も静かに失った。
「ばっ……かな……」
二葉はただあんぐりと口を開け、今起きた出来事が嘘なのではと唖然とする。一方槍を手から離した凛は瞬きの暇すら与えず高速移動で二葉の目の前へ。
そして握ったその拳を彼の顔に放った。
※ ※ ※
「………嘘だろう……」
地面に大の字に倒れた二葉はなんの感情を持つこともなく、静寂の空間でそんなことを呟く。
「まだやるか?」
上から見下ろしてきた凛、決勝戦で敗れたことによる悔しさや憎しみ、それ以外に本気を出していないと気づいた時から沸いた興味心など彼に対しては色々と感情を持って戦っていた。
だが、今の彼の脳はどこかスッキリしている様でただ一言を目を閉じて告げる。
「いやもういい、満足だ。俺の負けだ」
自分にしては随分と潔いと思った。
勝ち負けの関わることになるとめんどくさくなる性格である上に、そこに才能どうこうが関わると尚更そうであった自分がここまできっぱりとそう言えるのは一体なぜか。
簡単だ。
凛が力を発揮し始めてからすぐに、自分が彼に敵わないとわかってしまったからだ。
誤魔化すように虚勢を張って大技まで出したが、それも止められたとなるといよいよできることもない。
三つ目の異能を使って反撃するのもありだが、きっと無理だ。
あの男には勝てない。
今までの自信のあった自分が嘘であるかのように二葉は思えた。だが、今はそれでいい。それよりも彼の実力を僅かだけだが見ることができた、それだけで満足していた。
素直に負けを認めた二葉に対して
「え………」
凛はむしろ不審そうな顔をしていた。
「……なんだ?」
「いや、なんかあまりにも潔いなと思って。なんかこうもっと、もう一度勝負しろ!俺はまだ本気を出してなどいない!!とか言ってくるかと思ってたから」
「お前は俺をどんな人物だと思っているんだ……」
「めんどくさい奴」
「おまっ!………まあいい」
不服そうにしつつも自分もそれは自覚しているため何も言い返せない二葉は地面から起き上がりついた埃やら砂やらをはたいて落とすと、凛に一言。
「これから努力というものをあまり侮らない様にするとしよう」
そう言って彼は背を向けそのまま河原を上がり河川敷の方へと向かって言った。そんな彼に念には念を、凛は呼びかける。
「おい二葉!さっきも言ったけど……」
「このことは秘密裏にしろ、だろ?安心しろ、約束は守る」
凛の言葉の最中に二葉はそう言って顔を後ろに向けることもなく手を振った。そして最後に彼は言ったのだった。
「またな、司波」
それからすぐに二葉の姿はその場から消えていった。
「………またなって……まあ何かと突っかかってきそうだな……」
凛はその場でまた一つ、溜息をつくのだった。
と、いう事で第三章はこれにて閉幕となります。まずはここまで読んでいただき本当にありがとうございます。
長かったですが、これでようやく本格的にストーリーを進められます。
えーつまりですね、ぶっちゃけここまではまだ序章なわけでこれから始まる第四章が本章ということです。
読者の方も思っていた方がいらっしゃるんじゃないでしょうか。
「アルヴァンでねぇ!」
「エセルスは!?」
とか、
すいません、色々と土台を組む必要があり時間がかかってしまいました。ひとまず、ここまで読んでいただきこありがとうございました。これからも、この作品にお付き合いいただけたらと思います。
PS.名前を極宮氏道から好きな抹茶からとって宇治宮抹茶にしようと思ってます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます