第38話 怒りが示すもの

桜京体育祭は午後の部へと入り、行われるのは闘技台で一対一のタイマンでのバトルを行うトーナメント戦。選ばれた選手が二つのトーナメントでそれぞれ六人づつトーナメントを行う。


そんなトーナメント戦のトーナメントAが今幕を開け、そして行われようとしているのは第一試合。


ドームの上の晴天は高みの見物をしながらその試合の始まりを待ち、それを焦らすかのように日の光は闘技台に立つユウキと二葉の二人をその日差しで焦がす。


しかしそれを気にすることもなく、手をかざして光を遮ることもない二人は共に目線を合わせすでに戦いを始めている。


二葉の目のそのほんの期待と戦いの興奮の込められたその目とユウキの鋭くぎらついた殺意に近い怒りの目。


その二つがぶつかり合い、すでにそのせめぎ合いは始まっている。

そして水を打ったかのように静まり返っているドーム内に、その声が響き渡った。


「始め!!」


今ここに戦いの幕が開ける。


「うおおおおおおおおおおおおっ!!!」


その瞬間だった。

ユウキは喉が裂けてしまう程の雄叫びを上げ足を一歩大きく踏み出すと、その足を大きく踏み込ませ一気に前へと出ていく。


加速して走り出し徐々に間合いを詰めていく彼を見ながら、尚も笑みを浮かべ続ける彼は手のひらを前へと突き出す。


すると、その皮膚を突き破って黒い鎖が飛び出しそれが向かってくるユウキの方へと相対する様に向かって行く。


その鎖の先端には小さく鋭利なが矢がついており、それは標的として完全にユウキを捉えている。


そのまま飛んでいった鎖がユウキの眼前に来たところで、ユウキは体を横に傾け、その鎖を避ける。


そしてそこから更に加速し彼と二葉の間にあったその間を一瞬で詰め、そして彼は左足で蹴りを繰り出した。


「っ」

「まだ行くぞ!!」


それを二葉は腕で防御をするものの、そこから更にユウキは攻撃を繰り出す。足を引いたかと思えばその直後に彼は連打を繰り出す。


その追撃を腕をクロスして防御しその連打を防ぎ続けていると、腕に繰り出され続ける攻撃に嫌気が指した二葉は背中から更に二つの鎖を出現させ、それをユウキの方へと繰り出す。


「っ!」


それに気づいたユウキであったが彼が怯むことはなく、連打を止めたかと思えば右腕を引き手を大きく開くとそこに電気を纏わせ、それを二葉の腹に押し当てた。


その瞬間と同時にユウキには二つの鎖が襲い掛かる。


「かはっ……あっ…!!」


ユウキの腹を鈍器のついた鎖が圧迫する様に激突し矢のついたそれも、何とか避けようとしたユウキの肩を掠っていった。


だが、攻撃を受けたのはユウキだけではなく二葉もまた同じである。


「がっ……」


バリィ!と雷鳴が鳴きその場で青色のスパークが迸った。ユウキは二葉の腹に手を当てたその瞬間に電気による衝撃波を繰り出しており、その威力に二葉も体を吹き飛ばされた。


互いに同時に地面へと着地し相手と改めて目を合わせる。


今のユウキは微かに血の流れているその肩の傷は兎も角、腹にいきなり喰らった鎖による一撃はだいぶ効いている。


一方の二葉はと言えば先ほどの攻撃もまともに喰らったとはいえ、ユウキの受けた攻撃と比べると喰らったダメージは大きな差がある。


その事はユウキ自身も勿論承知している。


「ちっ………はぁっ!!」


次にユウキは両腕を上へと上げ電気を奔らせると、その腕を思いきり振り下ろしその腕を地面へとめり込ませる。するとその地面から電気が二葉の方へと向かって迸る。


向かってくるそれに対して避ける素振りも見せない二葉は片方の掌から出していた鎖を引っ込ませて消し、背中から更に二つの鎖を出現させ合計四つの鎖でその雷電を防いで見せた。


そして大きく爆ぜ襲い掛かってきた電気が消え失せると同時に弾けた鎖を二葉は操作して、ユウキの方へと繰り出す。


猛烈な勢いで飛んでくるそれをユウキは素手で掴み取り、それを強く自分の方へと引き寄せた。


「おっと!」


その力強さに二葉は鎖と共に身体をユウキの方へと引っ張られ、そしてユウキの目の前にまで来たところでその引っ張った彼が手の平を強く握りしめる。


「おらぁっ!!」


気合の籠った男らしいその声と共に彼の渾身の一撃が繰り出される。青いスパークをパリィッと迸らせるその拳が二葉の顔面に当たるのではないか、とそう思わせたところで彼はその攻撃を右手で受け止めていた。


何かその手に施したわけでもなく、素手でだ。


「なっ!?」

「ははっ!」


笑い声と共に二葉は同じ様に掌を握りしめて拳を作ると、それをユウキの顔面へと向かって繰り出した。自身に劣らない、いやむしろそれ以上の鋭い一撃をユウキは顔を傾けて避けるも彼の頬を掠っていき、その鋭さ故にかそこからは掠ったことにより薄く裂け頬から微かに出血する。


更にそこから間もなく彼の腹に蹴りを炸裂させて向こうへと蹴り飛ばす。


「がっ……」


身が地面へと落下しそのまま転がっていく。


『開始してから未だ少ししか経ってないが既に戦いは熱いぞぉ!!』


実況が激しくなっている中、それを気に留めることもなくただ“二葉を倒すこと”だけを今の目的としているユウキは、その念の強さに伴いうつ伏せの状態から腕で身を上げる。


そしてそこから身体を起き上がらせた。


掠った頬の傷を親指で拭う。

目線の先にいる二葉は不敵な笑みを浮かべたまま手をくいくいと自分の方へと曲げて挑発する。


その挑発に乗らないことはないユウキは身体に青いスパークを纏わせ全身を電気で覆わせる。


「二葉ぁぁぁぁぁっ!!」


彼は体に受けた傷をアドレナリンで誤魔化し、先ほどまでより早く彼の方へと走って向かう。


そして二葉との間隔が一気に狭まった所で強力な電気が纏われた状態で、両腕から拳を連打で繰り出した。今までのどの攻撃よりも重く鋭く、彼のその意志は自然とその拳を強くさせ圧倒的に強力となったユウキの連打が二葉に繰り出され続ける。


だが、しかし。


「はっはっはっ。いいぞいいぞ、もっと頑張れ」

「チッ……!」


二葉には到底通じなかった。

避けられるか、鎖で防がれるか。


方法は色々あるがとどのつまりは彼がどれだけ今頑張った所で、彼に攻撃は全く通用しないという事が肌で感じられた。


「さぁ、もっとお前の成長を見せろ!!」


連打を鎖で弾いてその勢いを止めると、二葉はユウキの胸元に拳を炸裂させた。


「くっそっ………」


悔しさが声に現れる。

殴り飛ばされたユウキは地面へと落下し転がっていった。


「………まあ、無理だろうな」


そこで二葉は失望した表情をその顔に浮かべた。


「最初は強くなったじゃないかと思ったが、やはり俺と対等に戦うには値しないな。成長はしたようだが、やはり俺には勝てない。お前は」


やれやれと言わんばかりに首を振る二葉は尚も続けて言った。


「やっぱり、無理なんだよ。お前には」

「それだよッ!!!!」


ここで今日一の強い怒声が彼の声から上げられた。ユウキは地面から立ち上がろうと必死になりながら訴える様に言った。


「俺はお前のその考え方が一番気にくわねえんだ!!その才能が全てだって言う考え方が!!」


彼は足を地面につけて何とか身体を起き上がらせる。

そこでふと、試合前のことを思い出した。





       ※       ※       ※





試合が始まる数分前の事、トイレに寄って用を足したユウキは急ぎ足で闘技台の方へと向かっていた。


「やべっ、急がねえと!」


走りながら向かっていた時の事、近道となる人通りの少ないその階段を下りているとその際中。


「ん?なんだあれ?」


薄暗い電気が照らす階段を下りていると何かを発見したユウキが目を凝らしてそれを見つめる。すると、それが人であることに気づきそしてその人物がボロボロであることにも気が付いた。


「っ…!」


階段を飛ばし飛ばしに下り壁に体を預けボロボロの状態のその少年の方へと駆け寄った。


「おいお前!大丈夫か!」

「……お、や……また、僕に惹かれて誰かやってきたようだね。しかも、こんな人通りの少ないこの場所に………や、はり、それほどに僕は……美し…いんだ…ね」

「何、馬鹿なこと言ってんだ!早く医務室行くぞ!」


顔には赤色やら紫色やら痣が多く、身体も破けたジャージから痛々しい傷の見えていたその少年、華間美麗を見てユウキはすぐに彼を担ぎ医務室へと向かい階段を更に下りていく。


「おい、何があったんだよ?」

「………二葉、慶君にやられてしまったよ……」

「二葉に?」

「ああ、僕が………サバイバルバトルで、負けてしまった……から」


ユウキはその後も話し続ける華間のその話をずっと聞き続けた。


「彼と僕は同じクラスメイト……Cクラスでね……もし僕たちのチームが上位に入れていたら、Cクラスは総合順位も一位になれたんだ……」


サバイバルバトルの総合順位、華間や二葉の在籍するCクラスは惜しくも二位という成績だった。


「僕が人でポイントを取るのは任せて欲しいと言ったばかりに………敵にやられた時はポイントを全部取られ、そして結果として僕たちのチームは第五位という結果だった………そのせいでCクラスが一番になれなかったことが気にくわず、この順位の原因である僕が彼にこうしてやられてしまった、わけ…さ」


彼の顔はもはや、今までの自信たっぷりの顔ではない。

それを失った、ただただすっきりしただけの透き通った笑顔だった。


「彼に言われて初めてちゃんと気づいたんだよ、僕には才能も何もないって…」

「才能がないって、そんなの誰かが分かるわけないだろ。それにそもそも才能が全てって話じゃ……」

「いや、結局才能だよ……僕はずっと努力してたよ、死に物狂いで寝る間も惜しんで。でも、意味なんてないのさ。才能がない僕が努力をしても………意味なんて……」


そこで、彼の意識はプツリと途切れる。色々と彼の中で思うことはあった。だが、そんな多くの考えを全てどかせてしまう程に大きなその感情が彼を強く動かしていた。


“彼を否定する”というその感情が。





       ※       ※       ※








「そんなことに何故そうも起こっている?事実を述べているだけだろう」

「事実じゃねえんだよ。才能がない奴も才能がある奴もその努力するって言うことに意味があるんだよ」

「笑わせるな。才能のないゼロという数字に何かをかけたところでそれはゼロのままなんだ。才能のない無能が努力をしたところでそれは無意味だ」

「…………そうか」


そう答えた彼の脳の中でまた蘇るもう一つの記憶。

初めて二葉と戦った時に告げられた、“無能”というその言葉。才能が全てだ、とその時告げられたその記憶。


――――才能が全てなんじゃない、それをここで証明してやる。


「だったら、今ここでお前に勝ってそれを証明してやる」

「はははっ!いいだろうそれを見せて――――――」


言いかけているその時、すでにユウキは彼の眼前にまで間合いを詰めていた。そしてその拳を握りしめるとその拳が青色のオーラを纏いそしてその色のスパークが強く咆哮を上げる。


そして繰り出したその拳が、二葉の顔へと直撃した。



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