第37話 微かな休息時間
桜京体育祭は午前の部、午後の部の二つに分かれている。その内午前の部においてはサバイバルバトルの後に控えているのは言うならばレクリエーションの様なもので、障害物競走や騎馬戦といった学生にはなじみの深い競技を多く行いそこで順位を競い合う。
そんなわけで、サバイバルバトルを終え既に疲労が溜まりつつある二学年一同はドームの方へと戻ってからすぐにレクリエーションを行った。
それぞれのチームが一位を取ろうと白熱した戦いを繰り広げ、そうしている内にレクリエーションの全ての競技は終了し午前の部は閉幕となった。
そして午前の部と午後の部の合間にあるのは、ほんの少しのお昼時間である。
この桜京ドームの中には生徒用のフードコートがありそこで生徒たちはそれぞれの休息時間を過ごしている。
「「疲れたー……」」
「二人とも、息ぴったりだね」
そう言った鈴見の目線の先には隣合わせに並んだ椅子に座り空を見上げる凛とユウキがあった。また鈴見の隣には姫奈も座っており、それからわかる通り四人は共にお昼ご飯を食べに来たのだ。
「まあ、あれだけ激しい争いしてたらし疲れちゃうのもしょうがないよ……」
鈴見は姫奈のその言葉に確かにと頷いて見せる。先ほどまで行われていたレクリエーションなのだが、それはもはやレクリエーションと言えない程に激しい争いだった。
もし最も激しかった競技は何かと訊かれ全員が頷く競技と言うのなら、それは間違いなく騎馬戦だろう。あの戦いはもはや様々な国を巻き込んだ戦争に過ぎなかった。
「レクリエーションだっつーのに、全員マジ過ぎんだよ……」
「まあそれだけ皆勝ちたいって事だよね。まあそれにしてもやる気が凄いと思ったけど」
「とりあえず飯食べよう…エネルギー補給しないと」
他の三人がそれに頷き四人はそれぞれフードコートの好きなお店へと向かいお昼ご飯を調達する。そうして調達が完了し、四人の目の前のテーブルにはそれぞれの昼飯が並べられている。
イタリアンなものから和風までいい機会だからとそれぞれ普段食べないようなものを選んできたらしい。ただし、それぞれの内に凛は含まれないが。
「ん?お前、いつも通りカレーか?」
「ああ。まあ食堂のカレーじゃなくてレストランのカレーだけどな」
「えー、もっと冒険しようよ」
「これもある意味冒険してるだろ。いつものカレーとは違う別のカレーを食べてるわけだし」
そこでふと姫奈が疑問を抱く。
「あれ、翔君ってそんなにカレー好きだったっけ」
「いや、ぶっちゃけついこの間までは普通だったよ。でも学園の食堂のカレー食べたらいつの間にか好物がカレーに変わってた」
あのカレーのおいしさの衝撃はそれほどまでに強烈なモノであったということだ。
「まあ、あのカレー食べたらそれも無理はないか。よっしそんじゃあいっただっきまーす!」
手を合わせて合掌したユウキは自身の食事に手を付け始め鈴見や姫奈も昼ごはんを食べ始めた。
それからしばらくすると、早速午後の部であるトーナメント戦についての話が話題に上がった。
「そういえば、午後のトーナメント戦って確かサバイバルバトルでそれぞれのクラスでポイントの高いチーム二つからそれぞれ代表一人を選抜して、その人がトーナメントに出るってことでいいんだよな?」
「ああ、あってるぜ」
トーナメント戦はA~Fの六クラスからそれぞれ二枚づつが選ばれトーナメント戦へと出場することになる。このトーナメントに出るのは先ほど凛が言った通りサバイバルバトルにおいてクラス内で最もポイントを稼いだ二チームの中からそれぞれ一名ずつ選ばれる。
その二名の内一番ポイントを稼いだチームからの一名がトーナメントA、二番目がトーナメントBに出場しそれぞれトーナメントを行い、そしてトーナメントAとトーナメントBで勝ち抜いた二人が最後に決勝戦を行う、というのが午後のトーナメント戦の流れである。
「さっき情報にも出た通りうちのクラスで一番ポイントを稼いだチームは第三試合のチーム、つまり俺のチームでその次がお前の出た第一試合のチームだ。だからその二チームから一人を決めてそいつがトーナメントに出場することになる。因みにさっき俺はチームの面子と話し合ってその結果俺が出ることになった」
「じゃあ後はオレ達のチームか」
「その事なんだけど、さっき翔君がいなかったときに三人で軽く話し合ったら皆翔君が出場選手がいいんじゃないかって」
「どうなんだ?翔」
その質疑に対してスプーンを手に持ちつつ凛は腕を組み思考する。正直なところ、出場して変に目立ちたくもないのだが、ここで変に反対すると何かと怪しまれる可能性もある。
――――それに今回は断る表の理由がないしな。
そうして結論を出した凛はスプーンをクルクルと回して先ほどと変わらない顔つきで言った。
「ああ、オレが出るよ」
それに全員は笑顔を顔に浮かべ頷いていた。
「よっしゃ、じゃあ頑張ろうぜ!もしお互い決勝に残ってたらそん時は勝負だ!」
「それは無理だと思うがな」
「!?」
突然のことだった。
ユウキが凛に対して言ったその時、横の方から凛を除く三人からすれば聞きなれた耳障りな声が聞こえてきた。
少し低くもそこにどこか透き通ってもいるそのイケボというにふさわしいその声の方へと顔を向けると、そこには案の定二葉慶が立っていた。
空気を壊すかのようにそう言った二葉はその顔に薄っすらと笑みが浮かべており、それも加えて腹が立ったのかユウキは口を荒くする。
「なんだよ急に。っていうか今なんつった?」
「それは無理だと言ったんだ。伊龍、お前はAのトーナメントに出るんだろう?俺もトーナメントAに出るんだ。つまり、そういうことだ」
「はぁ?」
「今まで戦って一度も勝った試しがないお前が、俺に勝てるわけがないだろう?ならばお前らが決勝で会うことは無理だ」
「よく言うじゃねえかてめぇ。試合でどうなっても知らねえぞ?」
未だ声色を静かにしつつ話をしているものの、ユウキは強烈な怒りを込めて彼に言葉を放っている。
またお互いに目線を合わせ共に相手に殺気を出しているため、二人の間合いは見えずともピリピリと空気が震えている。
「おい落ち着け。今は一端我慢だ」
「……わかってるよ……」
凛の言葉に悔しそうにしつつもそれを素直に受け入れたユウキは一度深呼吸をすると、その殺気を消しそれでも彼の思いが込められたただ一言を告げた。
「覚悟しとけよ」
そう言って彼を最後ににらみかけると彼は柳に風と受け流しながら尚も薄っすらと笑みを浮かべながらこの場から消え去っていく。
「そうだ、忘れていた」
ふと立ち止まった二葉は顔だけを後ろに向ける。その目線の先に映っているのは姫奈だ。
「姫奈、もしこのトーナメントで優勝したら俺と付き合ってもらうぞ」
「「いいからとっっっっとと失せろ!!!!」」
「お、落ち着けユウキ………って鈴見もかよ!」
激情する二人を凛が宥めその様子を最後に彼はこの場から姿を消していった。
「ちっ…あの野郎、本当に気にくわねぇ!」
「本当だよ!気にくわねえ気にくわねぇ!!」
「どうどう、二人とも落ち着けって」
尚も怒りの収まらない二人を凛はそう呼びかけて何とか落ち着かせようと試みる。それからしばらくして静かになった鈴見を凛は姫奈に預けるが、一方のユウキは未だ落ち着きが消えていない。
「がるるるるる………」
犬のように唸る彼であったが、逆に言えば今のユウキはやる気を百パーセントを超越させている。
「よっしゃぁ!絶対あの野郎をぶっ倒してやる!」
気合十分のユウキに凛は思わず笑みを浮かべてしまった。
※ ※ ※
微かな休憩時間であるが故に、その微かな時間が過ぎるのもあっという間であるのが事実。止まらぬ時間はいつの間にかこの桜京祭を午後の部へと移していたのだ。
空を見上げるとそこに広がっているのは雲の一つない晴天、言うところの日本晴れというもの。
そんな青空の下で、桜京ドームの真ん中に巨大な闘技台があった。そこでこれから行われるトーナメント戦のトーナメントAが行われる。
つい先ほどそのトーナメントの抽選が行われそしてトーナメントヒョウガ発表されそれぞれの対戦相手が露わとなった。
そうして行われようとしているトーナメント戦第一試合。行われるのは、
“伊龍ユウキ対二葉慶”
早くも因縁の戦いが幕を開けようとしているのだ。
凛と鈴見、姫奈の三人は共に生徒用の観客席に座って戦いが始まるのを待っている。
「さぁ……いよいよだね……」
「ああ………頑張れよ、ユウキ」
彼に届くようにと凛がそう言った直後に、ドームの中に末井のアナウンスが響き渡った。
『さぁ短いお昼休憩も終わり!ついに午後の部、バトルトーナメントの時間だ!ここからの実況は引き続きこの俺末井に加えて!』
『どうも』
『緒川美鈴学園長と共にお送りしていきたいと思うぜ!バトルトーナメントのルールについてだが、相手を殺しちゃダメ!でもそれ以外なら大体なんでもおっけーだ!相手を戦闘不能にするか場外に出すかで決着とする、以上!そんじゃあ早速始めるぜ!!
その声と共に歓声が上がり幕を開けるトーナメント戦。向かい合わせになったゲートから第一試合の出場選手が歩きながら登場する。
『バトルトーナメント、トーナメントA!第一試合、その甘いマスクに圧倒的力は魅力の塊!二葉慶!!』
二葉が登場すると黄色い歓声が沸き上がりそれを背中に浴びながら闘技台へと上がっていく。
『対するは、その強烈な電機は心を痺れさせるほど!伊龍ユウキ!!』
先ほど同様にドームからは観客が沸き上がりそしてゲートから現れたユウキは闘技台の方へと向かって行くが、
「なあ、ユウキの奴…」
「うん……」
「ちょっと変だよね…」
凛たち三人はその彼の醸し出す雰囲気に今まで彼とは違う何かを感じ取った。そして、その感じ取った異変も当たっている。
闘技台へと上がったユウキは、今まで見たこともないような目を鋭く尖らせ溢れさせるオーラには言うまでもなく強い憤怒が込められている。
その様子に気づいた二葉は彼に話しかけた。
「どうした?さっきよりも随分と……」
「うるせぇ」
話を遮ってユウキは静かな声でそう告げる。だが、その時に二葉が感じたのは先ほどよりも圧倒的に脅威的な怒り。その圧迫される雰囲気に思わずその言葉が漏れる。
「……面白い」
二葉はその顔に不敵な笑みを浮かべる。
そして今、開戦の火蓋を切るアナウンスが響き渡る
闘技台の真ん中の線上に立っている審判は腕を上げるとその腕を下げて叫ぶ。
「はじめっ!!」
今ここにその試合は幕を開けた。
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