第29話 緋乃対日人

時は少し遡る。


サバイバルバトルが開始されてからしばらくが経ち、第一試合において2-Aの女子から出場していた緋乃結希音は地面に倒れた二人の男を前に言った。


「手ごたえないわねー、男子のくせに大したことないわ」

「それは単純に緋乃さんが強いからじゃないっすかね……」


どこか呆れる様な反応を見せたのは、彼女と共にこの第一試合に出場していた少女、暗野影華あんのえいか。黒髪を短く切ったヘアースタイルの少女で、右目を前髪で隠していることに加えて少しけだるそうな目が彼女のどこか暗めの雰囲気を際立たせている。


そんな影華の反応に対して緋乃は平然と「それもそうね」とそんなことを言いのけて見せ、地面に倒れた少年の腕に巻かれていた赤いスカーフを取った。


「よしスカーフゲットっと、これで四つ目ね。もう少し稼いだ方がいいかしら?」

「十分稼いだとは思うっすよ。後はまあ、男性陣と同じ様に宝石を集めるって感じでいいじゃないっすかね」

「私はもっと人と戦いたいんだけど」

「なんでそんなに戦いたがるんすか……ひとまず、相手も今は気絶してるっすから今の内に移動するっすよ」

「ちなみに人と会ったらぶっ倒してもいいわよね?」

「もうお好きにどうぞっす……」


緋乃のその言葉に一つ溜息を吐きながら、影華は森林の中を進んでいく。その前を行く彼女の足取りはスキップ調な跳ねリズムになっており、鼻歌も歌っているので影華は内心「どんだけこの人は人と戦いたいんすかね……」とつぶやいていた。


歩いている内にその森林の出口が見えた。その先を抜けると、最先端の技術により再現された青空のその下に広い草原があった。


「随分とだだっ広い草原ね」

「でも人と戦うのには超最適って感じっすね」

「言われてみればそうね。じゃあここで人が来るの待っていいかしら?」

「言ったウチが悪かったっすからそれはやめてもらっていいすか……」

「冗談よ」


影華からすればその言葉はもはや冗談にも聞こえない。この先どうなることやらと思いつつも彼女は緋乃に提案をした。


「とりあえず、一回森林の中に戻るっすよ。それで―――」

「ごめん影華」

「?なにがっす―――かっ!?」


突然身体を引っ張られ影華は緋乃と共に横へと高速移動した。するとそれと同時に先ほどまで彼女らが佇んでいたその場所で爆発が起こった。


「……な、なんすか急に……というか今の爆発……」


突然の出来事に何が起こったのかを把握できていない影華、その一方で彼女と共に移動した緋乃は真っ直ぐにその黒煙を見つめていた。すると、その黒煙が空気に霧散しそこに佇む日人の姿が露わになった。


「…ま、そう簡単には殺せないよなぁ……」


そんなことを呟く日人に影華は、


「こ、殺すって…なんか凄い物騒なこと言ってるんすけどあの人……」

「……」


緋乃はふと考え込む。来ている服はこの学園のジャージであるにも関わらず、出しているその“殺気”は明らかに学生の領分を越している。あれは明らかに人を何人も殺したことのある経験のある人の出す殺気だと、それを彼女のが言っている。


「影華下がってて」

「え」

「いいから」


影華は何が何だかわからないままそそくさと下がっていったその次の瞬間に、日人は強く足を踏み出して緋乃の方へと向かって行く。そして一気に間合いを詰めて彼は拳を繰り出した。一方の緋乃も対抗するべく自身の拳を繰り出す。


ぶつかり合うかと思われたその場面であったが、それが起こることはなく日人の攻撃は彼女に通ることはなかった。しかし緋乃の攻撃と言えば、見事に彼の頬にヒットしていた。


少しだけ日人は後退るもすぐに直立した彼はその攻撃された頬にゆっくりと手で触れる。


「あーそう言えば加速の異能だったな、お前」

「あんたあたしの異能知ってるって、まさかクラスメイト?」

「まあな。顔も隠して名前も偽名使ってたけど。んなことはこの際いい、俺ともっと戦おうぜ、緋乃。俺は本気で行くからよぉ!!」


そして男は尚も駆け出して緋乃の方へと一気に突っ込んでくる。先ほどよりも早いその動きに緋乃はすぐさま異能を発動し、拳を繰り出した。加速した拳が一気に彼の方へと向かっていきそれが彼の顔にまたも当たろうとした、が。


「なめんなよ」


それを日人は受け止めて見せ、そして同時に彼も同じ様に拳を繰り出した。


「くっ!!」


その拳の速さにすぐに緋乃は反応できたものの、頬を掠っていた。その部分からは擦れたことにより血が薄くにじみ下へとそれが流れている。

そんな緋乃の様子を見ながら日人は先ほどとは打って変わって真顔で言う。


「それだけで俺に相手しようとかそんなこと考えんなよ?こっちは殺す気なんだ、お前も殺すつもりで来いよ」


正直なところ彼女もこの相手には妥協はできないとわかっているところはある。もしこのまま加速の異能一つで戦うかとなるとそれは無理な話だ。


「…使うしかないわね」


彼女はそう決意する。

一度身体から力を抜き脱力すると、息を大きく吸いそれを一気に吐いた。すると、彼女の周りを赤い“炎”が渦巻き始める。


螺旋状に回転するそれはすぐに周りの草を一瞬でも燃やしてしまう。それほどの熱気を持つその炎に日人の顔は先ほどと同じ不敵な笑みに染まっていた。


「そうこないとなぁ………!」


と彼が嬉しそうに呟いたその刹那、彼女の姿が消える。

瞬きの間に姿を消したため日人も彼女がどこにいるかさっぱりわからなくなる。だが、その当の彼女と言えば日人のすぐ目の前に低い姿勢でいた。


「!?」

「ふぅ……」


彼女は力強く拳を握りしめるとそこに赤い焔が灯されその熱により空気にもそれが伝播される。その熱気と共に燃える拳が彼女から繰り出された。


「はぁっ!!」


灼熱の拳が日人の腹に直撃し、彼女の渾身の拳とその炎が彼の腹部を強く穿った。背中越しに炎が噴き出し同時に彼はそのまま飛ばされていく。そのまま地面へと落下ししばらく転がっていくとその最中に体を起き上がらせ、勢いを手で殺して止まった。


「…やっぱりそう簡単には倒れてくれないわよね」


日人はぺっと口から少しの血を吐くと先ほどの不敵な笑みとはまた違う、言うならば不気味な笑みをその顔に浮かばせていた。


「やっぱりお前は強いな!!」


姿勢を低くして手を下に下げると、エネルギーが凝縮していきオレンジ色のプラズマの迸るオレンジ色の球体が手の上に作り出された。


――――あの異能……やっぱり……


最初の襲撃された時から察してはいたのだが、いまこの目にしっかりとその異能を見て今戦っている男が未山春之助だという事が彼女にとって確信へと変わった。


「おらっ!!」


と、そんなことを考えていた緋乃に向かい日人は手に浮かばせていた二つの球体を同時に放った。虚空を切るように流れて飛んでくるその球体に対して、彼女は指をまっすぐにそろえて作り出した手刀に炎を纏わせ、それを使って切り裂いた。


その直後彼女は日人に問いかけた。


「一つ訊くけど、あんた未山よね?その異能」

「その通りだ。ま、実際はそんな奴は存在しないけどな。あくまでもそれは偽名、顔も勝手に作り出したただの創造物に過ぎねえ」

「じゃあ結局あんたは誰なのよ」

「破山日人、組織エセルスの幹部だ……ってこれ言っても良かったのか?まあ、ボスは俺たちの組織の存在を世に知らしめる必要があるって言ってたし、まあいいよな」

「エセ……ルス……」


その組織の名前を訊いた瞬間に緋乃はつい最近聞いたニュースを脳裏に思い浮かばせた。その内容は、『アルヴァンの幹部が犯罪組織エセルスの幹部によって重症を負わされた』というもの。


思い出した瞬間に彼女の顔を汗が一粒浸った。


「そんなことはどうでもいい。俺はただただ戦いたくてたまらねえんだ……この体育祭で俺は多くの奴と戦いたい!そして殺したい!!!」


彪雅に殺す覚悟を与えるというその今日の目的はあくまでもついでに過ぎず、それは結局彪雅に対して彼が期待をしていなかったからだ。彼の本命の目的はあくまでもこの体育祭で多くの者たちと戦いそして殺すことだった。


「午後はトーナメント戦、戦える奴が限られる……だがこのサバイバルバトルなら色んな奴と戦える。俺はもっといろんな奴らと早く戦いたいんだ!だからここで時間を食ってる暇はないんだよ!さあ、早くやろうぜ!!」


彼の戦闘狂の血が震い立ちそれがより彼を戦闘衝動に駆らさせる。彼は身体全体から殺気を更に溢れさせて笑みを浮かばせた


「影華、今すぐここから逃げなさい」

「えっ…」


一方の緋乃はすぐそばで傍観していた彼女に言った。


「アイツは私たちの後にこの建物にいる人たち全員を殺すつもりよ。私が今の内にあいつを食い止めて置くからあなたは今出場してる他の選手に呼びかけながら避難させてちょうだい」

「で、でも……」

「私は大丈夫よ、だから早く行って」


影華は少し間、動くことができなかった。だが、唇を噛み締めたまま彼女は森林の中へと足を踏み入れていった。


「……よし」

「なんだ?二人で戦うつもりかと思ったんだが、そうじゃないのか」

「ええ、だって危ないもの」


緋乃は構えを取り笑みをその顔に浮かばせると、その直後に彼女の身体が炎に包まれ周りも煉獄で覆われる。


「なるほど……」


その熱は先ほどの炎とは比較することもおこがましく感じてしまう程に高火力、つまり彼女は今まで影華に被害が及ばない様にある程度、炎の火力を抑えていたのだ。


「ここからは本気よ。かかってきなさい」

「………面白くなってきたぁ!!」


ここからこの戦いはますます激闘と化していく。




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