第28話 激動

フシルティNにて体育祭の第一種目である『サバイバルバトル』がスタートし、クラスの出場選手がそれぞれポイントをかけて激闘を繰り広げていたその時、桜京ドームでは、


「あ、あれぇ?おっかしいぞぉ?なんで映像が映んねーんだ!?」


空中に投影された映像に先ほどまでは確かにサバイバルバトルの状況が映っていた。だが先ほどの事、突如としてその映像は砂嵐に変わったのだ。


「ちょ、職員の人?処置頼むぜまじで!!実況だけが俺の生きがいなんだから早くしてくれー!」


末井のその言葉に観客席からは笑いが起こる。このような事態に陥ってもこうして会場の雰囲気を維持できるのはやはり末井の力なのだろう。


だが、この雰囲気が壊れてしまうのもすぐのことだ。







       ※       ※       ※







剣先を下にして柄頭に手を添えて上に上げると、下に倒れているその男に向かってそれを突き刺した。


ザク、と音が鳴りその剣がみるみると突き刺さっていく。

その光景をその場にいた全員は目に捉えていた。


「………やっぱり、俺には無理だよ……」


途中までの軌道は確かに男の顔を捉えていた。しかしその途中で、彼の腕は自然とその剣を横にずらしており最後には男のすぐそばで地面に突き刺した。


彪雅は、男の横に逸れたその剣を見ながら歯を食いしばる。ギリギリと歯ぎしりを鳴らし、更には目からは先ほど以上に涙が流れていく。


――――くそっ、くそっくそっくそっ!!!


悔しさが募り心の中でそう叫ぶ。

異能を消したいという自分の目的のためどころか、親友を馬鹿にしたその怒りをもってさえも人を殺すことは出来ない。どうしたって、殺す覚悟が手に入らないのだ。

結局、自分の持っている“異能を消したい”という思いはこんな薄っぺらいものだったのかと彼はただ自分に疑問を覚えた。


疑問はそれだけじゃない。


「なんで……俺はこんなに怖がってるんだ……」


先ほどもそうだった。畏怖しているからか先ほども氷剣を掴んでいたその手はずっと震え続けており、それは終始同じだった。


この恐怖は決して殺すことに対してだけじゃない。もし仮に殺すことができてしまったら、自分は壊れてしまうのではないか、と。本当の自分ではなくなるのではないか、と。そう思うと自然と恐怖に飲み込まれ殺すことができないのだ。


肩を震わせ瞳からはただ涙を流し続ける彪雅の元に、ゆっくりと起き上がり春之助は歩み寄っていく。


「おい彪雅、なーに泣いてんだよ」

「ううっ……ごめん……本当にごめん……」

「ったく……謝らなくていいから今は立てよ」


笑いながらまるで彪雅を慰める様に春之助は彪雅を立ち上がらせる。そして彪雅の瞳から尚も零れ続けるその涙を手で拭ってやる。


「ほら、シャキッとしろ。まだ終わってないだろ」

「……うん」

「ったくよ、本当にお前は…」


彪雅はその手を肩に乗せて、下に倒れている男を指さして言った。


「ちゃんと殺さないとダメだろ?」

「………えっ」


春之助が言ったその言葉に彪雅はそんな声を漏らしていた。


「えっ…………春之助、何…言ってるん……だ?」

「だ・か・ら、ちゃんと殺さないとダメだろって言ってんだよ」


もしかしたら幻聴かもしれないと改めて彼に訊いても帰ってくる言葉は決して変わらない。彪雅はゆっくりと春之助の顔に目線を向けると、彼のその顔は今まで通りのにこやかな笑顔のまま。


なのに、


――――なんだ……今まで感じなかった、雰囲気が……


「でも、やっぱりお前には無理か……まあしょうがないか」


腕を組んで頭を縦に振り頷いて見せる春之助は彪雅の方に振り向いて彼の腹に右手を添えた、次の瞬間。


爆発音があたり一帯に轟いた。


「……ぐふぁっ………!!」


彪雅は口から大量の鮮血を吐き出す。

その爆発は彪雅の腹に添えていた春之助の手から発されたもので、それにより彪雅の腹には穴が空きそこに春之助の腕がめり込んでおり、そこから止まることもなく赤黒い血液が流れ続けている。

また背中からは、黒煙がモクモクと噴き出ていた。


「何…………で……くはっ……しゅんの…すけ……」


尚も口から血を吐きながら問う。その問いに春之助は、


「そんな奴はハナからいねえよ」


そう言って腹から手を抜くとそれについた血をパッパッと払い顔下の首元をひっかきはじめる。するとその首に重なっていたもう一つの皮がはがれていく。そして顔に重なっていたマスクがはがされ、本当の顔がそこに露わになった。


「…日人ひびと……」


その人物は彪雅と同じエセルスの幹部の男、破山日人はやまひびとだった。

顔を確認した直後、彪雅は力が抜け膝をついてそのまま地面にうつぶせに倒れて、かすれた声で言った。


「なんで……お前…が……」

「俺はボスからお前の監視を担うように指示されてたんだよ。だから一年前にお前がこの学園に入った時、俺は未山春之助っつー名前を名乗ってここに入学してお前を監視してたんだ」

「!?」

「それで今年、俺達が本格的に動くようになるこの年に俺とお前は奇しくも一緒のクラスになったわけだ。だからあえて近づいてより間近でお前のことを監視してたんだよ」


明かされるその真実に彪雅は驚愕の表情になっていた。

更には彼にのしかかってきたその現実、彪雅が親友として大好きだったあの笑顔も、あの人となりも、全部………


「嘘………だった……の、か……」

「あ?」

「あの姿も……あの性格も……ずっと見せてくれてたその――――」

「あたり前だろうが。最初から学園内じゃあ人となりはあんなんだったけど、なんにせよお前に近づくためには優しくしてやるのが一番だったからな」


学校の中で誰よりも心を許すことの出来た、唯一の人物。いつも頭を抱えていた自分にとって支えとなってくれていたその人の姿は嘘で、そしてそもそも存在していないという事実。襲い掛かるそれに彼は口から血を吐きながら嗚咽を漏らして号泣する。


「うっ……ああぁ……ああぁ……」

「おいおいおい、何泣いてんだよ」


日人は、吐血しながら泣き続ける彪雅の髪を掴み顔を上げさせて言った。


「俺が監視してた理由くらいわかるよな?お前がちゃんと人を殺せるようになるのか、それができる人間なのか、それを見極めるためだ。でも結果、そんなことができるわけもなかった。そしてそんな人間性もなかった。お前はただのお荷物なんだよ!泣きたいならなけばいい!でも結局は自業自得なんだよ!」


そう言うとその顔を地面に打ち付ける様に髪から手を離した。


「最初からお前は気にくわなかったんだよ。自分では異能力者を消したいと言っておきながらそんな覚悟も皆無。あろうことか恐怖すら感じてやがる。反吐が出るわ」


唾を吐くようにそう言うと静かに言った。


「恨むんだったら俺じゃなくて自分を恨むんだな」


最後に言ったこの言葉は、もはや彪雅の耳に聞こえてすらいない。なぜならば、今の彼はもはや生と死の瀬戸際に――――いや、死を目の前にしているからだ。脳内に血液が廻らなくなったからか頭はうまく回らず、徐々に視界もかすんできた。


――――なんで俺がこんな目に合わないといけないんだ……なんで……


怒りで拳を力強く握ろうとしても、全く腕に力が入らず結局そんなこともできやしない。そして徐々に聞こえていた静けさも、いつの間にか虚無の沈黙となりつつあった。


自分自身の死がすぐそこまで来ているということは、彪雅自身も自覚していおり、それ故にかいつの間にか先ほどまであった一切の感情が彼からは消失しようとしていた。そのため先ほどの怒りの感情も、もはや忘れて


―――――もう、なんでもいいや


そして彼のすべての感情が完全な無へと消え去ったその瞬間に、彼の意識はプツリと途切れた。






        ※      ※      ※





「おい、彪雅はそのまま回収しておけ」

「「はい」」


先ほどまで彪雅と春之助を演じていた日人がサバイバルバトルで戦っていたその敵の二名は日人の指示に従って彪雅を持ち上げるとそのまま姿を消した。


事実、彼らもエセルスの組員の二人だったのだ。

この二人は日人の指示で彪雅を煽り、彼を勢いでも殺させるように仕向けたのだ。結局それは出来ず仕舞いだったわけだが。


「さてと、ボスからはやることやったらっていいってことだし、やることはちゃんとやったしそろそろいいよな」


そう言って彼はその表情に笑みを浮かべると舌なめずりをして腕をぽきぽきと鳴らす。


「殺すなって言われてるけど……そろそろ動くわけだし、別に一人や二人くらいわいいよなぁ」


そんなことを言いながら日人は足を踏み出すと一気に駆け出し、先に続いていた小道を抜ける。その先にあったのは大樹の一つもない一面の緑の広がっている草原だった。


そこで周りを軽く見渡してみると、草原を超えたその先に森の中から出てきた二人の少女が目に入った。それに喜々としながら、


「み~つけたぁ!」


足を踏み出すと駆け出しその少女らの元に一気に迫る。そして腕を大きく上げてオレンジ色のエネルギーを凝縮させて球を作ると、腕を振るうと共にその球を繰り出した。


爆ぜる音が轟き草木は爆発で燃焼、辺りは黒煙に包まれる。その中で日人は一人呟いた。


「………当たってない?」


彼には彼女に当たった手ごたえがなかった。そして徐々に黒煙が消えていきそして彼の左方向の先にその少女らはいた。その目線の先にいる緋乃を見て日人は不敵な笑みを浮かべるのだった。

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