第27話 訪れるその瞬間

俺は、氷野彪雅は異能が嫌いだ。

この世界で当たり前の様に生きているこの異能が、後になってから生まれてきたしゃしゃり物のそれが嫌いだ。


一体いつからこの異能という物が嫌いになったか、話は今から数年ほど前の話になる。


俺は生まれつきごく普通の家に生まれ平凡で平和な生活を送ってきた。大好きな父親と大好きな母親と一緒の家で、一緒の食卓で、一緒に話して。そんな楽しい生活だった。


――――でも、それもすぐに壊れてしまった。


俺が中学を卒業するその前の日の事、俺の父は仕事の同僚に殺された。その理由は「異能が自分より優れていることが気にくわなかったから」


こんな理由で父親を失ってしまったことに、俺は悲しいという感情よりもその犯人への憎しみの方がよほど強かった。


それから父を支えに築いてきた俺たちの暮らしは一瞬にして崩れ去っていった。


父の代わりに母は仕事をはじめ俺も家計の足しなるようにとバイトを始めた。


徐々に家計も建て直しつつあり、これなら何とかやっていけるのではないかと最初は思っていたけど、結局そうではなかった。


母は、過労死で死んでしまった。


最初は自分は幸せ者だとばかり思っていた。でもそうではない、結局は出だしが良かっただけで後からは不幸が待っているだけだった。


父と母を失い居場所を失った俺は叔父と叔母に預かってもらったものの、粗末に扱われ続けた。


ご飯も最初はおいしいご飯があったけど、徐々にそれもなくなり今となってはただ机に金が置かれているだけ。


大切な二人が消えただけで俺の日常は崩壊してしまった。


その原因はいうまでもない――――――異能だ。


結局は異能という物があり、それが感情を揺さぶったから父は殺されたのだ。異能があるから父と母は死んでしまったのだ。


全ては異能が悪い。

異能がなければ、もっとこの社会は平和になる。


徐々に徐々にと俺の頭の中で異能という存在が害悪と化し、その異能に対しての悪という考えが頭の中にめぐり続けていた。


そして至る結論は――――――異能を消すこと。

もうそれしかあの頃の俺の頭にはなかった。


そんな俺の前に突然その者は現れた。


『俺たちと共に来ないか?』


その人物は己の率いる組織を“エセルス”と名乗りそしてその組織が掲げる使命は、“異能力者をこの世界から一人の残さず消すこと”と言った。


あの時の異能を消すことしか頭の中に存在しない俺は……いや、多分そこまでじゃなかったとしてもきっと俺はこの決断をしていたと思う。


かくして、俺はその組織に入ることとなった。


そんな俺は未だ異能力者を殺すことは出来ていない。

だとしても、今の俺の胸ではしっかりとその感情と考えは残っている。


異能力者を消したいという、その心は。







       ※       ※       ※







「――――い!おい!彪雅!」

「……ん?どうしたの?」

「どうしたのじゃねえよ、もうすぐ着くぜ?」


ふとバスの中で過去の記憶に浸っていた彪雅は隣に座る少年、クラスメイトの未山春之助みやましゅんのすけに声をかけられ戻ってきた。


「あ……うん。ありがとう、春之助」

「お前大丈夫か?さっきからずっとぼーっとしてばっかだぞ?」

「実は体育祭が楽しみでさ、夜眠れなかったんだよね」

「なんだよそれ、子供かよ」


誤魔化しのつもりで言った彪雅のその言葉に、春之助は笑いながら彼にそう突っ込んだ。現在彪雅や春ノ助の乗っているこのバスが向かっているのは桜京学園敷地内の施設の一つ、フシルティNという場所。ここで最初の種目、『サバイバルバトル』が行われる。


フシルティNは大自然をそのまま再現したもので、山や湖、他にも木々などを全て自然とほぼ同等にまで再現した場所である。その施設の規模はドームに並ぶ大きさで大規模なものとなっている。


現在二学年全員はその場所へとバスに乗って向かっている最中だ。


敷地内のドームからそこまでの距離は少しあるもののバスでの移動もあり三分弱でその場所にたどり着くことが可能、到着もすぐだった。


バスが駐車場で停止すると教師のひよりの指示に従い、荷物を持ってバスから降りて巨大な直方体の施設の中に足を踏み入れていく。


そしてたどり着いたのは2-Aと大きく書かれた広い大部屋、ここで一度準備ができるまで待機とのことだった。


そんな中、彪雅と春之助は他愛もない話で盛り上がっていた。


「いやー、それにしても体育祭本番……去年とはまた一味違う感覚だな」

「一学年上がって初日のスタートダッシュ切ることになってるわけだからね。去年とは全く違う感覚なのも当然だよ」

「それなぁ!いやーほんと体育祭で活躍してモテたい。そして願わくば彼女作りたい」

「話の趣旨ズレてるよ」

「あ、すまん。つい本音が」


彪雅が彼と会ったのは二学年に上がった時、席が近かったそのよしみでだ。最初に話しかけてきたのは春之助のほうで、あまりのざっくばらんなその態度には最初は彼も思わず引いてしまったほどだ。


だが、そんな彼とよく話すようになりそこから一緒に帰ったり、休日には遊んだりするそんな仲にまで発展した。彪雅も学園内では唯一心を許すことの出来るそんな人物で、彼と会ってから少し心も軽くなっていた。


「そう言うお前はどうなんだよ、実は彼女欲しかったりするんじゃねえのか?」

「なわけないだろ。俺は春之助とは違う」

「うわぁ、ドライだわぁ…朝〇のビールよりスーパードライだわぁ」

「うるさい」


いつも以上にこうして話してくれているのはきっと緊張しない様にという彼なりの優しさなのだろう。彪雅はこうして気遣ってくれていつも隣で笑ってくれている彼が一人の親友として好きだった。


と、遂にその時が来る。待機室に設置されているモニターに実況席映し出され、そこには末井の姿があった。


『さぁさぁ待たせたな!ついに始まるぜ、第一種目“サバイバルバトル”!この競技は生徒はご存じサバイバルトレーニングの特別バージョンだ。まずはルール説明だ。これから一試合二十分間、男女それぞれ二名ずつ出場してもらい他のクラスとポイントの奪い合いをしてもらう。まず最初に選手にはそれぞれ赤のスカーフをつけてもらうぜ。そのスカーフは200ポイント、そしてステージのどこかに隠された宝箱にはそれぞれランダムに三つ宝石が入ってる。黄色の宝石は1ポイント、緑の宝石は10ポイント、赤は20ポイント、蒼は50ポイントだ!』


つまり戦略はそれぞれで考えることができるわけだが、最も点数を稼ぎたいなら人と戦ってスカーフを勝ち取れ、ということを示唆している。


「さあ、それじゃあ早速一試合目行くぜ!選手はスタンバイよろしくぅ!」


試合の選手は事前に決めており、第一試合に出場する選手は彪雅と春之助に他女子二名だ。その者達は皆に激励されながら待機室の外へと出ていきステージの方へと向かっていく。


廊下を渡り切りそのゲートの先の光景は、一面の大自然だった。


『さあ準備はいいな?それじゃあ行くぜ!!』


末井は今ここに試合の開始を宣言する。


『レディー…………スタート!!』


それぞれの選手の元にそのアナウンスが響き渡り試合の火蓋が今切って落とされた。


それぞれのクラスの選手が動き始める中で2-Aは一度話し合いを行い結果として、効率を優先するために二手に分かれて動くことになった。無難に考え別れ方は男子同志と女子同志で別れることになった。


「それじゃあ俺たちも早速先に進むか」

「うん」


春之助の言葉に頷いた彪雅は彼と共に森林の中に足を踏み込んでいく。彪雅たちと別れた女子たちは宝箱よりも敵の持っているスカーフを優先する形を取ることのことだったため、彪雅と春之助の方はなるべく人とは当たらず宝箱を優先的に取っていく作戦で行くことになっている。


相手がどんな人物がいるのかわからない以上なるべく慎重に、けれど宝箱を早めにとるためにも早く動かないといけない。


つまり常に周囲に注意を向けつつ、静かに高速で移動しなければならない。


「うへぇ怖えなぁ……どっから相手くんのか全然わかんねえ……」

「今のところ人の気配はなさそうだけど……」


多方向に視線を向けて厳重に警戒しながら、木々の生えた森の中を颯爽と移動していく。すると早速、


「おっ、宝箱発見!」


木々に挟まれた小さな道を通っていたその時、視界に入った樹木の根元に宝箱が置いてあるのを発見する。すぐに春之助は急ブレーキをかけてから宝箱の方へと近づき宝箱の中を開ける。するとそこには緑色の宝石と青色の宝石が一つ入っていた。


「おい彪雅!青が入ってたぞ!しかも緑色の宝石は二つだから合計70ポイントだぞ!」

「落ち着け春之助!声でかい!」


彪雅は口元に人差し指を押し当てて必死に彼に静かにするように言い聞かせ、それを見てすぐ我に返った春之助は口元に手を置いてすぐに黙った。


それからしばらく共に目を見つめ合ってしばらく警戒しながら待っていたものの、誰かが来ることはなかった。


「……あぶねぇ」

「ほんとだよ。もし来てたら大変だったんだけど?」

「わ、悪かったって……」

「じゃあお望み通り来てやるよ」

「「!?」」



突然の上からの声に二人は驚き即座に上を向くと、宝箱の置いてあった木の上から二人の敵が襲い掛かってきた。すぐに二人は横にはけてその人物らを避けてひとまず距離を置く。


事実、今ここから宝箱の宝石を捨てて逃げることも一つの手なのだが、それはもったいない。それに人と当たることは避ける作戦とはいえ出くわしてしまった以上は高いポイントを狙ってもいい。


結果的には戦うことを選んだ彪雅はすぐに春之助に支持を出した。


「春之助!ひとまずお前のボムで様子見だ!」

「了―――――解っ!」


彼が両手を広げるとそこにオレンジ色に光るエネルギーが凝縮していき、それが一つの小さな玉に変わっていく。それを春之助が投げるとその二つのボム玉は命中し次の瞬間爆ぜる音が鳴り響いた。


「どう…だ………」


春之助のボムは通じたのか、彪雅は目を凝らして未だ黒煙でその様子は見られないが徐々にそれも霧散して中の光景が薄っすらと見え始める。その見えたのは、傷の一つもない状態の相手二人であった。


「おいおい、まさか今ので本気とか言うなよ?」

「まじか……結構本気で打ったつもりだったんだけどなぁ……」


春之助は思わず苦笑いを浮かべてしまう。


「じゃあ、今度は俺の方から行くぞ!」


その男は足を踏み出し一直線に春之助の方へと飛び込んでいく。


「春之助!」

「よそ見すんなよ。お前の相手は俺だぞ」


同じくして間合いを詰めてきたその人物に対して反応が遅れてしまった彪雅は、その男の繰り出してきた拳を顔に直で受けてしまう。しかし、さほどのダメージはないため問題ない。


殴り飛ばされるがすぐに着地し彪雅は相手に応戦する。


ひとまずと言ったばかりに地面を凍らせるものの、相手はそれを難なく超えていく。


「なっ…!」

「俺は今浮いてるからな。滑るわけもないよな」


男は更に彪雅の腹に拳を繰り出しそこに連撃の様に強い衝撃波が加わった。が、しかしそれに対しての彪雅は、痛がる素振りもなく腹に繰り出されたその腕をつかむとその腕に冷気を流してそれを凍らせた。


「ちっ……」


相手は強引に彪雅のその手を離させると一度距離を置いて今一度構えた。その相手に対して彪雅も構えを取ろうとするが、


「ぐはぁっ!!」


向こうから春之助の叫び声が飛んできた。すぐにその方へと向くと、春之助が地面に倒れておりその一方でその隣で彼から奪った赤いスカーフを指で回す男の姿があった。


「なんだよお前、馬鹿みたい弱いじゃねえか」


それに便乗するかのように、彪雅と戦っていたその男は彪雅に向かって笑いながら言った。


「お前と一緒にいた奴の異能……ろくな異能じゃないんだな」

「は?」

「だってそうだろ?アイツの異能より俺の仲間の異能の方が余程優れてる。その証拠にこの勝負の結果だ。ほんと、可哀そうにな。そう思わないか?」


――――プツン――――


その言葉を訊いた瞬間に彪雅の何かの糸が千切れ、身体にスイッチが入る。本来の自分の力を容赦なく発揮し彪雅は、足を地面に力強く踏み込ませると同時に高速移動し、その男との間合いを一瞬にして詰めた。


「っ!?」


あまりの突然のことにその男も思わずバランスを崩す。彪雅はその崩れた状態のまま彼を押し倒し上に乗っかると氷剣を作り出してそれを首元に突きつけた。


「はぁっ……はぁっ……」

「お、おいおい。なんだよ急に……随分と殺気だってんなぁおい」

「……取り消せよ……」

「ん?」

「取り消せって言ったんだよ!!あいつが可哀そうだって言ったその言葉、今ここで取り消せよ!この世は異能が作ってんじゃねえんだぞ!異能が全ての世界じゃねえんだよ!あいつは哀れでも何でもない!だから取り消せ!」


必死に彪雅は、言葉遣いをいつもより荒くして必死に男に訴えかける。よく見てみればその目からは涙さえも流している。


「……断る」


しかし、その訴えかけも届くことは一切なく男はさらに続ける。


「だってお前が何と言ったところで事実に変わりはないんだよ。異能が全て、この世の台風の目は異能だ。それが真実なんだよ」

「違う!」

「違くないさ。ああ、なるほど。お前も異能がろくなものじゃないんだな?いいや、俺もさっき異能で攻撃を受けてわかった。お前の異能はろくなものじゃない。だからアイツに同情して、自分に言われている様な気になってるんだな」


あまりの見当違いのその言葉に更に憤りが募っていく中、最後にその男は告げた。


「お前もほんと、可哀そうにな」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


彪雅の視界は真っ白に染まる。

そして、彪雅はその剣を上に上げると勢いよくその氷剣を突き刺した。







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