第26話 体育祭の開幕
ユウキに無理やりラーメン屋に連れていかされ、仕方なくあっさりの醤油ラーメンを食べてからしばらくして、家へと帰った凛は部屋のベッドに寝そべりながら天井を見つめて一人考え事をしていた。
――――来週の月曜日から体育祭か……
今の彼の頭の中には二つ、考えていることがある。一つは体育祭のことなのだがそれよりももう一つのことの方が考え事としては大きい。それは言わずもがな彪雅のことである。
犯罪組織の一員であるという事がわかっただけでも大きな収穫ではあるのだが、それよりも今の彼がこの学園にいる理由を知らなければならない。
彼はまだ学園に通わなければならない年なので学園に通っていること自体はおかしくはないのだが、組織側が凛を殺しにかかってきたというところから何かしらの目的はあると考えられる。
その目的も難しく考えなければ思い浮かばないわけではない。だがそれも定かではない上に他の目的もあるかもしれない。
故に、それを調べるためにも今日の内に彪雅を捕まえておくべきだったのだが、それは出来ず仕舞い。
自業自得とはいえ悔いがあった。
もしユウキたちが来るのがもっと遅かったらとそんなことを凛はつい考えてしまう。
――――いや、違う。オレが全部悪い。
先ほど人のせいに考えてしまった自分を彼は攻めた。
ユウキらがあの場に現れ彼らに捕まった時、そこから抜け出して彼と戦いを再開することは出来たはずだ。だが、ユウキらがそこにいる以上自分の正体がバレたくなく、実力を隠していたかった。
その自分の感情を優先したからこうなったのだ。
彼はそんな風に自分に言い聞かせた。
――――オレにも覚悟が必要だな。
何かを守るためには自分の実力も正体もバレてしまうことを覚悟しなければならない。ならば、その覚悟も今の内に持っておかなければならないだろうと思った。
――――それにもしかしたら、体育祭でも何かをしてくるのかもしれないしな。
大規模なイベントとなると犯罪的なこともしやすい環境となってくる。となれば何かを仕掛けてくるという事も考えられなくはない可能性だ。
「なんにせよ、体育祭は気を引き締めないとな……」
体育祭は学年ごとに日を変えて行うため三日ある。その三日間は気を抜かぬようにしようと凛は決意をした。
コンコンと、そこで部屋のドアをノックされる。凛は頭を上げて「はーい」と返事すると扉が開き、そこから綺麗な薄青色の短髪で背の短い少女アリスが入ってきた。
「リン、そろそろ夜ご飯」
「わかった、すぐ行く。にしてもラーメンの後に夜ご飯か、おなかが保ってくれればいいんだけど……」
凛は独り言ごちにそんなことを呟きながら部屋から出ようとした、その時。アリスが彼にその言葉を呼びかけて彼の足を制した。
「リン、何かあった?」
「……」
見透かされて何も言えない凛。ただ黙っていたがその後すぐに誤魔化すように言った。
「まあ、なんと言うか色々な。大したことじゃないから気にしないでくれ」
「そう、ならいい。でも」
と、そこで言葉を区切ったアリスは凛にしゃがむ様に要求する。その指示に頭にはてなマークを浮かべながらその通りにしゃがむと、ポンッと凛の頭に彼女の小さな手が乗せられ優しく頭を撫でられた。
「リンはいつも頑張ってる。だから大丈夫」
異世界で凛に何度も助けられてきた彼女の本心からのその言葉、その優しい言葉に無性に心を打たれ同時にどこか救われるような気持ちになった。凛は先ほどとは打って変わっていつも通りの凛の顔になっていた。
「ありがとな、アリス」
「ん、気にしなくていい」
凛の中では確かなその決意が改められていた。
※ ※ ※
ふと足を止め空を見上げれば、そこに広がっているのは白い雲の一つもない空の海。一面が晴天のこの日本晴れは、体育祭と呼ぶにふさわしい祭り日和だ。微かに靡くその風を受けながら目線を下に戻して凛は改めて歩みを進める。
しばらくして学園すぐにまで来たところで凛の後ろから彼を呼ぶ声が。
「おーい、翔くーん!」
最近となっては聞きなれたその声に反応し背後を向いた凛のその目線の先にいたのは、学園に復帰したばかりの姫奈であった。彼女は駆け足で凛の元へと駆け寄ってきた。
「おはよう、翔君!」
「おう、おはよう」
姫奈の挨拶に凛が返すと彼女が手を上げ、それに答える様に凛は彼女とハイタッチを交わした。
これはユウキ曰く、仲良くなった人物とは最初に行う儀式の様なモノらしい。鈴見に似て元気キャラの姫奈らしいものだと凛は感じていた。
「今日はいつにもまして元気だな」
「そりゃそうに決まってるじゃん!だって今日は年に一度の二大行事の一つ、桜京体育祭だよッ!」
「そ、そうだな。とりあえず顔近いから離れてな」
顔を凛のすぐまじかにまで接近させた姫奈にそう呼び聞かせて彼女と距離を置く。
――――周りの目線が痛いのなんのって。
先ほど声をかけてきた時から感じてはいたが、周りを見ると桜京学園の男子生徒からの険悪な目線が凛の方へと飛んできている。別に彼女とは特に特別な関係ではない凛だが、ただ仲良くしているだけでこの目線を貰ってしまう辺り流石は学園の人気者と言ったところだ。
「まあ、確かに年に一度の行事となればそりゃテンションも上がるか」
「その通り、皆もきっとテンションが爆上がりしてるはずだよ。ほら翔君もテンション上げて!体育祭頑張るぞー!」
「お、おー!」
余計に凛への嫌悪の視線が増した。
その場から逃げ出すように学園内へと入っていった凛は姫奈と共に自分たちの教室へと入っていく。
「おはよう翔!」
「おはよっ翔君!」
「おう、おはよう」
凛に続いて姫奈は彼の後ろからひょこっと出て挨拶をした。
「おはようユウキ君!音々ちゃん!」
「おはよう!!」
「おっはよー!」
ユウキと鈴見は姫奈と順番にハイタッチを交わす。その時のユウキの顔は相変わらずのデレっとした少々気色悪い顔だった。
そんな顔を見ない様にしながら凛が椅子に座ると突然はっ!と何かに気づいた顔をしたユウキは、後ろに座る凛に顔を向けて彼の左右の頬を手で挟みながら言った。
「お前……姫奈と一緒に登校って……さてはお前らそう言う関係に……!」
「いやないから……」
「あれ、もしかして気づかれちゃった?」
「おい姫奈!?」
「翔ぅぅぅぅぅ!!!」
「ちょ、落ち着けユウキ!というか姫奈も姫奈だぞおいふざけんな!」
「ごめん、ふざけちゃった☆」
てへぺろ、と言ったそんな顔をした姫奈に一瞬殺意すら沸いた凛であった。それからしばらくして、ユウキに揺さぶられ続けた凛は席についてだるそうに言った。
「ったく、お前ら体育祭始まる前から疲れさせんじゃねえよほんと……」
「わ、悪かったな翔」
すでに疲れて机に伏せる凛とは一方で、疑問そうな顔を浮かべながら姫奈は言った。
「それにしても何でユウキ君はさっきあんなに怒ってたの?」
「そ、……そりゃあ男として翔に先に彼女を作られるわけにはいかないからな!」
そんな風に誤魔化すように言った彼の言葉に姫奈は「なるほどね~」と頷く。凛は初めてマンガの世界にいるラブコメの一場面を見た気分になっていた。
しばらくして、時間が経つと外からひよりが教室へと入ってきた。
「みんなおはよー!今日はいよいよ待ちに待った体育祭、皆がんばるぞー!」
教室の皆がひよりのその掛け声に乗って「おー!」と声を上げる。それからショートホームルームが行われ、体育祭の会場へと移動することになった。男女それぞれがジャージへと着替え終えるとバスに乗って桜京学園の敷地内にある“桜京ドーム”へと向かっていく。
数分が経つとその場所へとたどり着いた。
その大きさは全国のドームの中でもトップを争う大きさで、収容人数は15万人というとんでもない規模の場所となっている。
ひよりの案内の元、2-Aの皆はドームの中へと足を踏み入れる。中にはすでに二学年全員がドームの中へと入っており、またドームの周りの観客席を見てみると生徒から一般客までびっしりと席は埋まっていた。
2-Aが整列したその直後、マイクの入る音が鳴りそしてドーム全体にアナウンスの声が入った。
『さぁーーーて!今年も始まろうとしてるぜ!この桜京学園においての二大行事が一つ!白熱したバトルを繰り広げる熱い祭り、体育祭!そんなこの桜京体育祭、二学年の実況を担当する、三学年の
ドーム全体に一人そんな元気の溢れる声が響き渡った。
その男、末井は続ける。
『この体育祭を見ているのは生徒だけじゃない!観客の中には一般の方、更にはプライベートで来てるアルヴァンの方すらいるかもしれない!皆、気合入れて行けよ!』
すると一部ではおおぉぉぉ!!と気合の入った声を上げる者がおり、中には「彼女作るぞぉぉぉ!!」などと叫ぶ人物もいた。
『三日かけて行われる体育祭、初日は二学年!一年生に勇気を与えられるようにかっこいい姿見せつけろ!!それじゃあカウントダウン行くぜ!皆手を上げろ!声を上げろ!』
そして、末井の声と共にドームにいる全員は一斉に声を上げてカウントダウンを始めた。
『3!2!』
凛は周りに合わせて共にカウントダウンを声に上げる。しかしその心中ではそのわずかな時間の中で己の覚悟を改める。
――――何も起こらなければいいがもし何かあった時、いざとなればオレは実力を見せる。覚悟はしてきた。
凛はその覚悟を胸に声を上げる
『1!』
そして末井のその声と花火の音が響き、ここにそれは幕を開ける。
『体育祭、開幕だぁ!!』
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