第24話 抹消

「この一面の氷、彪雅の異能か?」

「その通り、俺の氷を作り出し操る異能で地面を凍らせたんだよ。こうすることでここは自分に有利な完全な領域になるからね」


今の状況から考えれば、明らかに今の凛の立たされている状況はかなり不利な状況であることは確かである。凛の一面に広がる氷結したこの道は言うならば彪雅の領域、そこに凛は足を踏み入れたわけだ。


そんなこの状況だとしても戦わないという選択肢はないわけで、凛はすぐに動きを示した。


凛は凍った滑る地面をなんとか足で踏み込みながらその道の横へと走っていき、氷のない普通の地面へと足を踏み込んでいく。


「逃げようったって無駄だよ!」


彼の足元から冷気が漂うとそこから地面に氷結が伝播し一直線に地面を凍てつかせていく。その先にいるのは言わずもがな、凛。その氷結が彼の足元にまで及んだその時、凛は手に持っていた赤いスパークの迸る小石をそこに投げつけ氷結を防いだ。


「なっ……」


凛が今こうして一度離れたのはあくまでも武器を補充するためのもの、決して逃げるためではない。


彪雅は何度も地面を凍らせていくものの、凛はその氷に石を投げ続け氷結から身を防いでいく。そして着々と距離を詰めた凛は背中に隠していた木の枝を上に振り上げる。そして凛は異能を発動し木の枝に赤いスパークを迸らせ、大きくそれを振るって見せた。


「くっ!」


対して彪雅は距離を詰められたその瞬間に異能で氷の剣を作り、それを凛の木の枝と激突させた。


凛の繰り出した攻撃が弾き返されると、氷結していない普通の地面へと彼は着地しそこから間合いを詰めて尚も攻撃を繰り出す。


それに対抗するように彪雅も剣撃を繰り出し、それぞれの繰り出す攻撃がぶつかり合い続ける。


「もう地面を凍らせなくていいのか?」

「翔くんには通じないみたいだからねっ!」


彪雅は横薙ぎの一閃を振るい凛がそれを避けて見せると、更に彪雅は突きの攻撃を繰り出す。だがそれも、凛は仰け反ってその攻撃も避ける。


そして近くにまで詰められた彼の腕に巻かれたスカーフを取ろうとするが、彪雅は直ぐに腕を引いて防いでみせた。


「そういえばこれスカーフ取った方が勝ちなんだったねっ。これだけ戦ってるとこのトレーニングの趣旨がよく分からなくなるなぁ」

「ホントだよ」


他愛もない話をしてからすぐに距離を詰めて凛は強化した木の枝を、彪雅は氷の剣を繰り出した。


だがそれらがぶつかり会った瞬間、凛の持っていた枝が粉砕した。異能による能力の負担に限界が来たのだろう。


「くそっ、時間切れか」

「貰ったよ!」

「させねえよ」


凛は拳を握りしめ彪雅は剣を振りかぶる。お互いがそうして攻撃を繰り出し決着をつけようとした。


だが、戦っていた二人は気づかなかった。


すぐ近くに別の敵がいることに。


刹那、二人の間合いを何かが通り過ぎた。そして通り過ぎたその一瞬で二人の腕に巻かれていたスカーフは無くなっていた。突然の出来事にただ二人は唖然とするばかりだったが、脳処理が追いついたところで通り過ぎたその人物を二人は目に写した。


「俺の勝ちだな」


二人のスカーフを奪ったその人物、それは有馬であった。不敵に笑みを浮かべる彼のその手には解かれたスカーフが二つしっかりと握られている。


そしてこれが最後だったらしい。

体育館全体に先程同様のアナウンスが響き渡る。


《そこまで!ということで今回のサバイバルトレーニングの第一位は有馬くんです!》


それからすぐに森林から抜けるように指示をしてひよりのアナウンスは途切れた。有馬や近くにいた他のクラスメイト達も指示された通り森林を抜けていき最後、その場に残ったのは凛と彪雅の二人だけだった。


「……俺達も戻ろっか」

「…そう……だな」


あまりにもあっけない終わり方だったため、お互いに気まずい二人はただそれだけ言って森林から出ることにした。


「いやーそれにしても翔君って結構強いんだね、ちょっとびっくりしたよ」

「そう言うお前もよっぽど強かっただろ」

「そう、なんか照れるな~」


彪雅に対してそう言った凛。だが、それとはまた別に凛の中には一つ釈然としないことがあり、それが今も心の中で靄として残っている。それからすぐのこと、凛は口を開いた。


「なあ、彪雅。俺の勘違いならそれでいいんだけどさ」

「ん?どうしたの?」

「………お前もしかして、?」

「……えっ?」


彪雅は唖然として声を漏らした。





       ※       ※       ※





「……えっ?」


彪雅はただその言葉が信じられなかった―――否、信じたくなかった。彼自身では、自分の本当の実力は確かに隠していたつもりであり、その状態で戦っていたことも確かだ。それは、学園生活が始まった一年前から身に着けたもので感覚的にわかることなので嘘ではない。


にもかかわらず、今見せた自分の実力が嘘ではないのかと見抜いたのだ。信じたくないのは無理もない。


――――変に動揺したら意味がない。今は自然に流そう…


彪雅は内底の動揺をポーカーフェイスで隠蔽して先ほどと変わらぬ声色で言った。


「別に隠してなんてないよ。あれが俺の実力」

「……だよな」


そこから凛が深堀してくることはなく彪雅はひとまず安堵の域を気づかれないように吐いた。


が、


「なんか変な事聞いて悪かったな。最近風の噂でこの学園に犯罪組織の奴がいるとかなんとかって聞いたからさ。もしかしたら彪雅がそうで実力を隠してバレないようにしてるのか?って思ってな」

「……そうなんだ。まあ、この学園にはいないと思うけど……」

「そうだよな」


――――バレていたのか………


彪雅が今こうして犯罪組織“エセルス”の一人としてこうして学園内で暗躍しているのはそれなりの理由がある。もし自分の正体がバレてしまった場合、エセルスに多くの被害が及んでしまう。


それは決して起こしてはならないことだ。


その事態を避けるためにも、ひとまず彪雅はボスに連絡することにした。


――――それにしても、完璧に実力は隠していたつもりだったけど、まさか見破られるとは思わなかったな…


だが、そこから凛のことを深く考えることはなかった。



それから何時間か経ち暇な時間の出来た放課後、人気のない校舎裏へと足を運んだ彪雅はボスへと連絡を取った。


《彪雅か、どうした?》

「一つ伝えないといけないことがあるんだけど、いいかな?」

《なんだ?》

「実は俺のクラスメイトの一人が学園内に俺……つまり組織の人物がいるって知っておたんだ」

《それは、情報が漏洩したのか?》

「って考えるのが一番無難かな」


彪雅の告げたその事態にも驚く様子を示さないその男はしばらく考えてから彪雅に言った。


《ちなみにだが、その人物は他の誰かにそのことを言っていたりしている様子はあったか?》

「どうかな……でも他のみんながそのことを口ずさんでいるところは見たことはないし、多分してないと思う」

《ならそいつを消してしまえば問題ないな。それなら情報が他の人物に渡ることもないし知っている者もいなくなる》

「……そう、だね」


彪雅はどこか躊躇いのある声を上げつつも、頷いた。


《お前の方に組員を送る。そいつにその人物の写真を見せてくれ》

「わかった。でもその人かなり強いから一応幹部クラスも一人いた方がいいかも」

《わかった》


そして電話はそこでプツリと切れた。耳元に添えていた携帯を前へと持っていき、画面に映し出された『通話終了』という文字を見ながら彪雅は数分の間、ただ呆けていた。





       ※       ※       ※     







「ご馳走様でした」

「は~い、お粗末様でした」


時刻は八時、夜も更けてきたこのころはいつも翔司家の夜ご飯が終わる時間帯だ。家族三人にアリスの四人といつも通りの食卓で夜ご飯を食べ終えた凛は、皿を片して洗ってから部屋へと戻り運動しやすい服装に着替えた。


「それじゃあ行ってくるわ」

「おう!行ってこい!」


凛は毎日の習慣として食後に運動をすることにしており、住んでいる家の住宅街の敷地の周りを五周走ることにしている。元々は父の紅蓮が昔凛にやらせていたことなのだが、今となってはいい運動で自ら率先的にやるようにしている。


玄関でランニングシューズを履いた凛が外へと出ようとしたときに、彼の腕の袖をアリスがちょいちょいと引っ張った。


「どうした?」

「あれ、買ってきて」

「あれってあのアイスか?お前も飽きないな…」

「あのアイスはどのアイスの中でも別格、めっちゃうまい」


アリスの今のマイブームはコンビニアイスで、最近はチアパックに入っている持ち運び可能のアイスにはまっている。味も彼女の折り紙つきで今や毎日の様に食べている。


「わかった、帰りに買ってくるよ」

「ん。ちゃんと買ってきてくれたら今日一緒に寝る」

「別にいいです」

「なんにせよ夜這いする」

「さいですか……」


凛は今日の夜が心配になりながらもアリスに見送られて外へと出ていった。靴をしっかりと履いていることを確認しつつ、そこから足を一歩踏み出して一気に駆け出していく。


そこから街を五周するのはあっという間だった。今までならかなりの時間がかかっていたのだが、それとは比べ物にならない程に強くなっているのはやはり異世界で鍛えたおかげか。


五周を終えた凛は近くの公園のベンチに座り持参していたスポーツドリンクを口に流し込んでいく。


「今日はかなり調子がいいな、もう何周か走っても問題はなさそうだな」


追加でもう少し走ることにした凛は、ベンチから立ち上がり飲み終えたペットボトルを設置されているごみ箱に捨てた。


その時だった。


「司波翔か?」


突然、そんな声が背後からかけられた。

彼はゴミ箱から後ろへと目線を向けると、そこには黒いコートにフードを被った不審な人物が立っていた。


すると、凛の周りに四人ほど同じような格好をした人物が囲うように姿を現した。


「もう一度聞く、お前は司波翔か?」

「……そうだけど」

「そうか、ならよかった。これよりお前を抹消する」

「随分といきなりだな………」


男は手を広げるとその上にエネルギーが集束していき緑色のエネルギーの球体が発生する。周りのその者たちもそれぞれ構え凛をその目にしっかりと定める。


「本当に殺す気満々かよ」


本来なら、この四人の殺気には震える者も多く、一般人なら泣いて命乞いをするところかもしれない。


だが、凛は決してそんな様子は見せずむしろ、ただ笑みを浮かべている。


「…解せんな、何故笑みを浮かべている」

「お前らには関係ない事だよ」

「そうか……なら死ね」


男は手の上に作った緑色のエネルギー球体を放ち、それと同時に囲んでいた四人の者たちが一斉に凛に襲い掛かった。





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