第16話 決戦の火蓋

凛の手に持たされたその赤い液体の入った小瓶―――正真正銘の“催眠の薬”を目の当たりにして、当然のように困惑が風真の脳内によぎった。そしてその心内をすぐに彼は言葉に出した。


「なんで君がそれを持ってるんだ!催眠の薬の情報は僕しか知らないはずだ!」

「残念なことに、先輩は自分に対して一人も疑いを向けていないと勘違いして、自分自身のことが無防備になっていた。でも実際は、疑っていた人物ははいたんですよ。むしろ、二人いました」


凛は喋りながら有馬と共に階段を一段一段と降りていく。

話の中の二人というのが有馬と凛の事を示していることは言うまでもなく明白だ。


「そのスキをついて先輩が取引している伝の人物について、有馬が調べ上げた。その結果その人物が所属している組織の中で作られたとある薬が高値で売られるという情報を手に入れまして、それを買う人物が風真先輩だとも判明したわけです。その薬が“催眠の薬”であるとも。

後は簡単、風真先輩が月一で会っているその人物に先に会ってそいつから薬を奪い、その人物をオレが演じてあなたに偽物の薬を渡したというわけです。ちなみに、オレが渡したその薬は飲んだら目が赤くなるだけという薬です。自意識で自由に目の色変えられますので、今後も使ってみてください」



―――――それはそれで技術凄くね?



凛を除く全員がそう思った。


明かされた真実に、黒幕である風真も、助けに来たユウキも、その事実を知るはずもない彼らは開いた口が塞がらなくなるほどに驚いていた。すると、風真は怒気を心の内に孕みつつ、嘲笑いながら彼に言った。


「………ふふふ、あははははっ!君に一ついいことを教えてあげよう。君は言ったねえ、その薬をと!それは立派な強奪、犯罪だよ!結局僕と同じさ!犯罪に手を出したんだよ!」


その憐れみの目線を凛の方へと向けて尚も嘲笑し続ける風真。一方の彼と言えば、


「え、それくらい知ってますけど」


開き直ったのではないかと思ってしまう程に素っ気ない態度であった。


「選択肢は色々とありましたけど、でもこの選択をした方が。姫奈さんが催眠にかかって人形になって、ユウキや鈴見のみんなが報われない結果になるよりはよっぽどまし。オレはオレの自我エゴに従ったまでです」

「…………」


風真が先ほど彼に言い放ったその言葉は、ある種見切り発車の八つ当たりの様なもので、少しでも心を追い詰めようというそんな思いがあっての行動であった。しかし、それが全く効かなかったことに、彼はかなりの悔しさを覚えていた。


凛と風真は階段を降り切り、ユウキたちと同じ地面へと無事戻ってきた。そのままユウキたちの居る場所へと歩み寄り、有馬は鈴見に姫奈を渡し凛はそこで改めて口を開いた。


「さて、ここからどうするおつもりですか?先輩」


そう言って壁の方にいる風真の方へと目をやる。ここで、彼が選ぶ選択肢は、言うまでもないだろう。


彼はズボンについたほこりを手でパッパとはたいて落とすと、ゆっくりと足を踏み出しはじめ、凛たちの真正面にまで歩くと対峙する様に体を向けた。すると、ポケットから携帯を取り出し、その画面に表示されたそのボタンを押した瞬間に後ろの玉座のあった登壇場が爆発した。


赤い火花と共に爆音が室内全体に響き渡り、彼の後ろにあったそれは黒煙をモクモクと上げ跡形もなく消えてなくなっていた。残っているのは残響のみ。


「………これからを行うんだ。フィールドは広いに越したことはない」


戦闘、というその言葉に全員が反応した。

風真は首をポキ、ポキと左右にそれぞれ一回ずつ曲げて音を鳴らしてから、その顔に不敵な笑みを浮かべた。直後、彼の周りを風が円を描きながら回転し始め、強い突風が凛たちの元にまで吹いた。


風真と対峙する者らは未だ未熟も当然の若輩者。実力をもつ敵、それ故の空気をピりつかせるプレッシャーに圧倒されつつあった。そんな中で、風真は笑みを浮かべたまま凛のことを指さし震える声で言った。


「まずは、僕を陥れた君から殺してあげるよ。その後、有馬君、そして最後に皆だ」


まごうことなき殺害予告。

彼の言葉には確実にどす黒い殺意が詰め込まれていた。怒りのあまりか、よく見てみると彼のその目の色は薬の作用とはまた別に血走ったそれをしている。口調がやさしくとも、その中にある憤怒の感情は露わだった。


「因みに、その薬は君を殺してからしぃぃっかりと有効活用させてもらうよ。ちゃーんと、姫奈ちゃんに使ってあげて、そして僕の人形に!奴隷に!玩具おもちゃに!ずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと、僕のそばにいる様にするのさ!あー、楽しみだなぁぁぁ!」

「いや、こんな危ない薬残すわけないでしょ」


凛は「えいっ」と幼い声と共に地面にその小瓶を叩きつけ、見事にそれを割った。パリンっ!という音が響き渡りその砕けた音は風真にとって絶望の音色でもあった。中に入っていた赤色の液体がガラスの破片と共に飛び散り、最後には地面へ。


さりげなく、しかし大胆に、凛は一番やってはいけないことをやったのだった。


「…………」

「「「「「「「………」」」」」」」


風真もクラスメイト七人も、同じ様に水を打ったかのように静かに口を閉じてその光景を見ていた。


しかし、風真だけは血走っていたその目にますます血が巡り、心の怒りは沸点を到達した。我慢のつもりか、彼の拳は先ほどまで強くグッと握りしめられていたのだが、それからすぐにその握られていた拳が柔らかく解かれた。


「………」


尚も静かな状態のまま、風真は顔を大きく上に見上げてからすぐに体全体を前のめりにして顔を俯かせた。すると、そこから顔を上げた彼は一言、一つの言葉ながら全ての感情とこれからすることを簡潔に述べたそれを告げた。


「殺す」


刹那、彼の身体が前のめりの状態からすぐに駆け出し、向かった先―――凛の方へと猪突猛進と言わんばかりの速度で向かっていく。それはすさまじいもので、決して目で追えるものではない。


そして、気づいた頃には彼は凛の目の前にまで迫っていた。


彼は風真が殺意をもろで発しながら攻撃を仕掛けに来ているというのに、全く動く気配すらない。


ユウキが彼に声を発そうと口を開いたその直後、風真に拳が繰り出された。彼はその突然の攻撃に何とか反応し後ろへと下がると、その拳を繰り出してきた人物をしっかりと目視した。


「今、彼を殺そうとしてるんだよね。君はまだだからちょっと動かないでいてくれるかな、有馬君」

「断る。コイツよりも先に、まず俺とやれよ」


その拳による攻撃を繰り出した張本人である有馬は風真にそう言う。すると、凛はため息を一つついてから、


「挑発はこんな感じで良かったか?少しやり過ぎた気がしないでもないんだが」

「いや、んなことねえ。おかげでいい感じで怒ってやがる」

「というか、なんでわざわざ挑発する必要があったんだよ」

「挑発したほうが感情と行動が一致しやすい。相手の本気を出させやすいに決まってんだろ?そこをぶっ潰した方が、徹底的に相手をやれるんだよ」


先ほど有馬は凛に対して、「風真の野郎を挑発しておけ」と伝えられていた。一体なぜ自分がと思いつつもやった結果がこういうわけだが、有馬自身が挑発をすればよかっただろうにと少し納得いかずもそこは水に流した。


有馬は一歩前に出て拳を鳴らしながら言った。


「別に順番なんていいだろ?だから俺とやろうぜ。あの時ぶっ潰せなかった分、いまここでてめえをぶっ潰してやる」


不敵な笑みが浮かべられた彼からは少年の齢のものとは思えない、凄まじい殺気が身体全体からあふれている。あの時、つまり先日の放課後コロシアムで彼をぶっ潰すことができなかった彼は、今ここで必ず風真を潰すことを硬く決意していたのだ。


「……いいだろう。そこまで僕に殺されたがっているのなら、その思いに応えるしかない」

「思いとかきもちわりぃ事言ってんじゃねえよ。いいからさっさとやるぞ」


その先輩に対する態度とは思えないそれと、やはりお前が挑発すべきだったのではと思わせるそれに、風真はまたしても額に青筋を浮かばせる。その様子を見て、更に笑みの深まる彼の顔であったが、そんな中で一人の少年がそこに待ったをかけた。


「おい、ちょっと待てよ有馬」


有馬にとって、この言葉はその放課後コロシアムでも一度聞いた言葉である。そのため、それ言った人物も察していた。


「なんで勝手にお前がアイツと戦うことになってんだ?あいつをぶっ飛ばすのは俺だぞ」


そう、言うまでもなくユウキであった。

彼もまた、戦いの最中で必ず黒幕の男を倒すという事を心から決意していた。それが例えお世話になった人物だとしても、だ。彼の中ですでに黒幕の人物が風真将人だったという事実ははっきりと受け止め、そして彼を倒すという決意もより強まった。


彼の準備は万端、すぐにでも戦おうと思っていた矢先に有馬が自分が風真をやると言い出すものだから、そこに介入しないわけにはいかなかった。しかし、そう割って入ってきたユウキに有馬はケンカ腰で、


「ああ?てめえみたいな俺に負けた雑魚がいきなりしゃしゃり出てくんじゃねえよ。てめえは下がってそこで黙ってみてろ」

「ああ?一体いつの話してんだよてめえはよぉ。今となっては俺の方が上なんだよ。てめえこそ黙って下がったらどうだ?」

「「ああぁん!?」」


共にガンを飛ばし合いにらみ合う、まさに犬猿の仲という関係の名を欲しいがままにしている彼ら。それには周りのみんなも乾いた表情で見るばかりだった。しかし、それからしばらくするとにらみ合いを続けていた二人はふとそれを止め、共に笑みをその顔に浮かばせる。


有馬は手を添えながらその首を鳴らし、ユウキは片手で指をパキパキと鳴らす。


「それならもう、決まってるよな」

「当然だ」


ユウキの言葉に有馬は頷く。

そして、二人は共に告げた。


「「早い者勝ちだ」」








遅くなってすいませんでした。がんばって明日も投稿します!





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