第15話 絶望と―――
一つ一つの階段を下りるその音が妙に空間に響き渡る。ここにいる彼らの緊張による心臓の鼓動はただただドクンドクンと唸り続け、それとは裏腹に表では静かな態度である。彼らのいるこの空間がやけに静かなのは、それが原因なのだろうか。階段の下部にまでたどり着き、その男の顔が見えたと同時に彼らの表情は驚愕と絶望に染まっていく。
本当は、そんなはずないのに。
信じたくない。
現在起こっているその事をひたすら否定しようと、誰もが心の中で叫び続ける。そして、彼らと同じ地面に降り立ち階段で霞に見えていたその顔が鮮明に晒された。
薄い緑色の短髪に浮かべたその笑顔は爽やか――――否、今となっては気味の悪いものにしか見えなくなったそれは、まさしく風真将人、その人のものであった。
「本当にあなたが………黒幕なのか………なぁ!風真先輩!」
ユウキは、自身の中であふれたその感情を声に出し必死にその叫びを、目線の先に佇むその少年にぶつけた。しかし、一方の彼と言えば柳に風と受け流し静かな物言いで口を開いた。
「そうさ。僕が、君たちから金を奪い、そして天詩姫奈をさらった正体、黒幕さ」
「……嘘だ……ありえない………先輩が、風真先輩がそんなことをするはずがない!」
「いいや、するさ。それが事実だ」
もう、この現実がかわることはない。
これが確かな事実である。
徐々にではあるものの、彼らの中でそのけじめのようなものができ始める中でやはりというか、案の定だろうか。ユウキだけはその事実をどうしても受け止めることができそうになかった。
皮肉にも、彼にとって風真将人という少年はかけがえのない先輩であり、誰よりも信頼していた最高の人物であった。
そんな積み上げられた信頼と尊敬は、今、瞬く間に崩壊を迎えていた。
風真という男がしたことは、決して許されることではなく、そして何より彼がさらったのはユウキが好意を抱く少女でもある。
私怨の様なものがあるとしてもそれ以前に、憤慨と彼らの関係の崩壊は間逃れることは不可能である。
ユウキは自身の手を強く、八つ当たりでもする様に、爪を皮膚に食い込ませて血を吹き出させる程に握りしめ、下唇を強く噛んだ。もう、希望は捨てあきらめよう。俺の知ってる先輩は、先輩ではなかったのだろうとユウキはけじめをつけた。
「何故……こんなことをしたんですか……」
「ん?決まってるだろう?僕は、姫奈ちゃんを自分のものにしたいんだ」
今まで呼んでいた呼び方である「天詩姫奈」というそれではなく「姫奈ちゃん」というその呼び方に、誰しもが寒気を感じた。それと同時に、そんな彼の望みにも背中にぞわっとする何かを全員が感じていた。
階段を上り、先ほどまでいた玉座のある位置にまで昇ると、手を大きく上げその手を姫奈に向けて言う。
「彼女は、素晴らしい。その笑顔は聖女と並び、そのたたずまいは天使に引けを取らない。誰しもが、彼女のことを欲するだろう………僕だってその一人、誰にも奪われたくなかった…だから僕は!こうして彼女を拉致したのさ!」
話を聞いていて感じるのは、驚異の寒気と吐き気。それを感じるのも無理はなく、もう訊きたくもないと耳を封じたくなった。そんな中でユウキは、なんとか忍耐を保ち彼に訴えかけた。
「誘拐したところで人が屈服することはない、そんなことをしたところで意味なんてないはずです」
「ああそうさ。意味なんてない、屈服なんてしないだろう、普通ならね。でも、僕にはちょっとした伝で薬物を手に入れていてね。僕はそれで彼女を薬で犯してどんな言うことも訊く操り人形にしたいと思ったんだ。でもねえ、ちゃんとそれが使える保証はない。そこで、僕は色んな人たちをさらって、薬の実験台にしてあげたんだ。そしたらさぁ、その薬は力が強すぎて、薬を使った人たちはみーんな理性を保てなくなって、ただの怪物になった。ほんと、確かめて置いて正解だったよ」
「……まさか、さっき俺たちが戦ったのが……」
「そう、実験台になったモルモットたちさ」
なんの理由もなく、ただ結果を求むために罪もない少年少女を攫いその者らを全員薬物で犯した。これは本当に、人間がやることなのか?最も理性のない人間は彼ではないのか?
「で、だ。僕はそこでその伝の人物に話をしたんだ。人を自分の物にできる何か薬はないかってね。そこで、そいつが言ったのは“催眠の薬”だった。なんとそれを飲むだけで、目を合わせればそいつは催眠にかかって自分のいう事を何でも聞くようになるだとか………そんな素晴らしい薬、買うしかない!そう思ったんだが、生憎にもその薬は値段が異常に高かった。なんと二百万だって」
そこで彼らの頭で、金を要求された理由を理解した。
「そこで、良いことを思いついた。姫奈ちゃんをよく知ってて馴染みのある2-Aの中の元1-Cの奴らに金を要求すればいいんじゃないかって。でも、自分の正体がバレるわけにはいかない。そこで、人を雇った。自称暗殺者で何かと心配だったけど、女を一人やるって言っただけで、すぐに首を縦に振ったよ。でも、雇ったはいいがもし捕まって自分の正体を話させられてバレてしまったら、そう思って僕は保険としてあえてその男に自分の名前を“有馬竜次”と伝えた。で、結局捕まって僕の正体を話させられたわけだけど、、それが逆に僕にとっていいことになった」
ペラペラとよくしゃべる風真の口から次々と真実が明かされていく。それを、姫奈を助けに来た彼らはただ訊くことしかできなかった。
「僕は有馬竜次として君たちに演技をし続け、学園内では彼の悪い噂を噂を流した。すると、うまい具合に君たちは“有馬竜次が姫奈ちゃんを誘拐した”と信じてくれた。そして全く疑いの目を掛けられることもなく、僕は君たちが用意してくれた金を使ってこの催眠の薬を手に入れたのさ。あ、因みに今日この五十万円を要求したのはなんとなくだよ。やっぱり人生は金があって損はないからね」
そうしてポケットの中から取り出されたのは手の平サイズの小瓶であった。そのガラスの瓶から赤い液体が見えている。
「いや~、ほんと上手くいってよかったよ。君たちにも、感謝してる。ありがとね」
その感謝の言葉を訊いた途端、全員が怒りを彷彿とさせた。それを表に出してやりたいところだが、もしそうしたら姫奈が何をされるかわからない。彼らは慎重にしていた。
「さてと、長々と話をしたけど、そろそろ僕も目的を果たさないとね」
風真は携帯を取り出し、その画面に映し出されたボタンを押すと手を鎖でつながれた姫奈を乗せた台が下降し始め、ゆっくりと風真の隣にまで移動した。彼は彼女を見て笑みを浮かべると目線をユウキらの方へと戻した。
「今日、君たちをここに呼んだのはほかでもない。姫奈ちゃんが僕の物になる瞬間を見てもらいたいと思ったからだ」
「そんなこと、させると思ってんですか?」
ユウキはにらみつける様に風真にそう言うと風真は尚も笑みを浮かべて、
「止めたいなら止めてみなよ。君らの力でさ」
風真がそう言うと、片手で瓶の蓋を外した。それを見たとたんに全員の心の中で警鐘が鳴らされる。
――――あれを飲ませてしまったらおしまいだ!
それは全員の心で一致していた。
「皆あれを止めろ!」
ユウキがそう叫び、周りのみんなが異能を行使してそれを食い止めようと試みる。ユウキも青色のスパークをその場から発して彼が催眠の薬を飲もうとするのを食い止めようとする。
しかし、全員のその攻撃も風真の周りを覆う風の壁によって防がれてしまった。
「ま、君らのちんけな攻撃なんて僕に通じるわけもないんだけどね」
そして、彼は手にあるその薬を口へと運ぶ。
「ちっ!」
「翔っ!」
彼を止めようと飛び出していった凛を止めようとユウキは叫ぶものの、時すでに遅し。凛は段を駆けあがっていき、その彼の顔は風真が薬を飲むのを防ごうと必死な顔つきになっている。しかし、もうすでに遅かった。
風真の口にあっという間に赤い液体―――催眠の薬が取り込まれていく。
そしてすべてを飲み込んだ瞬間に凛が登壇し風真の目の前に姿を現すと、鋭い横蹴りを繰り出す。しかしそれを簡単に避けられ、凛は頭を風真の手で掴まれてしまう。
「ほら、こっち見て」
風真の目がみるみると赤い色に染まっていく。そしてその目が凛の目と合いその瞬間凛の身体が微かに震える。すると、彼の目からハイライトが消え失せ虚ろな目へと変貌する。それから風真は一言彼に告げた。
「ここでそのまま立ってて」
それから彼が凛の頭から手を離した途端、その命令を従うようにゆっくりと凛は直立した。
「……ふふふふふ。ふははははははっ!これはいい!なんていい代物なんだ!本当に目を合わせただけで何でも言うことを訊くようになったじゃないか!」
赤い瞳のまま盛大に笑い喜びを存分にユウキらに示していた。彼らはただ悔しさに歯を食いしばり怒りを沸々と沸かせていた。
「この目って簡単に閉じれるのかな………あ、できた」
風真が目に集中しているとまるで邪眼の如く赤く染まっていたその目がすぐに元の目の色に戻った。
「使い方も、もうわかった所で。さて、それじゃあ本番と行こうか」
そうして風真は姫奈の方へと足を進めていき、彼女の目の前に立つと彼女の顔をこちらへと向けた。
「さぁ起きて、姫奈ちゃん……早く僕の物になってくれ!」
彼がそう叫び瞼を瞑ると開けた瞬間に目が先ほどの様に赤色に染まった。
「やめろぉぉぉぉぉぉっ!!」
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
その叫びももう、届かない。
未来はもう、見えてしまった。
「さあ、姫奈ちゃん!僕の物に!」
その時だった。
風真の肩をとんとんと誰かが叩いた。
「ん――――――――」
彼が後ろを向いたその瞬間、その顔に強烈な蹴りが炸裂した。左足を軸とした右足の回し蹴りが彼の顔面に直撃しそのまま左の壁の方へと蹴り飛ばされた。
その蹴りを繰り出したのは――――――催眠にかかったはずの凛だった。
「か、翔っ!?」
「どうして!?」
皆が疑問を浮かべる中、翔こと凛は独り言ごちに言っていた。
「虚ろな目をやるのも結構大変だな………」
先ほどの催眠にかかった姿だった彼とは別のちゃんとした意識を持った凛で間違いない。ユウキらに凛が何を言っているのかはわからないがただ一つ分かる事実は彼は催眠にかかってないという事だった。
「ああ、そういえば………おーーーーーい!そろそろ入ってこーーーーーーーい!」
唐突に、凛が何者かを呼んだ。すると、ユウキらの後ろの道からコツコツと足音が聞こえそれが徐々に近づいてくる。そして扉から姿を現したのは――――――
「おい、おせえぞ。何分待たせんだよ」
「悪い悪い、いい感じの状況になるまで時間かかっちまって。とりあえず、姫奈さんのこの鎖切ってくれ」
「ああ………」
あろうことかその人物は他でもない“有馬竜次”だった。
「はぁっ!?」
これにはユウキも叫ばざるを得ず、他のみんなもポカンと口を開けたままである。そんな彼らをよそにその横を通り過ぎて、有馬は姫奈の方へと登壇し彼女の腕に繋がれていた鎖を自身の異能により腕が変形したその剣で斬った。
姫奈がその場に倒れこむと彼はゆっくりとその体を持ち上げた。
「これで任務完了だな」
凛は満足げにそう言った。すると、壁に激突した風真が立ち上がり凛の方へと顔を向けて言った。
「ど、どういうことだ!僕は君に催眠をかけたはずだ!なんでかかってないんだ!」
「そりゃ催眠になんてかかるわけないだろ。だってお前が飲んだ薬、催眠の薬でもなんでもないからな」
「…は?」
「本物はこっち」
そうして見せてきた凛の手に握られていたのは、風真が先ほど持っていたものとそっくりの赤い液体の入った小瓶だった。
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