第13話 嘘か真か

明かされたその黒幕の名前、それにこの場にいる誰しもが声を失った。「有馬竜次」その名前は凛からすればつい昨日知ったばかりの名前で、けれどその名前と顔は脳の中にしっかりと刻み込まれている。


学園内でも稀有な存在であり、学年内でも一際悪目立ちしている不良少年と名高い男の名。その上、“放課後コロシアム”でも顔を見合わせた上に、攻撃されかけたのだ。無意識下で覚えてしまうのも無理はなかった。


そんな彼が雇い主だと男は言うが、凛はだからと言ってそれを決めつけはせずその男に未だ疑いの目を密かに向けていた。


「なっ…………なんでお前、その名前を知ってんだ……」

「だから。俺の雇い主がそいつだからだって言ってんだろ。俺はそいつと取引して雇われて、それでお前らとその例の拉致った女を引き換えに金を取るように言われてたんだ」

「嘘だ!あいつはそんなことする三下じゃねえぞっ!」


ユウキは激しい感情をむき出しにしてその男の胸倉をつかんで訴えかける。そんな彼の激怒を目の当たりにした男は、どこか呆れたような装いで、


「んなことこの俺が知ったことかよ。いいから掴んだ手を離せ」

「……っ」


ユウキは歯を食いしばりながらその手をゆっくりと離した。彼はその場でしゃがんだまま動かない。凛からも、鈴見からも、誰から見てもその背中はどこか悲し気に見えるのは気のせいなのだろうか。


と、その時だった。


パリィインっ!!


ガラスの割れる音がその場で轟いた。突然の出来事のあまり、その場にいた者たちが反応に遅れるがすぐさまその方に目線をやると、そこには黒装束の人物が空中に在していた。


フードを深くかぶっているからか顔はちゃんとは見えず、性別も判別は出来ない。そんなその黒装束の人物は、着地すると同時に鈴見の方へと向かって行き彼女に手を伸ばした。


「鈴見!」


その瞬間を見逃さず凛は彼女の肩を引いて身体を強引に後ろに引くと、その装束の者の舌打ちが微かに聞こえその後、その者はしゃがみ下にあったアタッシュケースを手に取って凛らから距離を取った。


「あいつ金を!」


ユウキがその人物の後を追おうとするが、時すでに遅し。その者はこの場から颯爽と消え去っていった。


ここに皆がいることを知っていることとアタッシュケースを――――すなわち金を取っていった当たり、先ほどの者は男の言う雇い主でありそして、有馬なのだろうか。


と、誰しもがそんなことを思い浮かべたその時、どこからかバイブレーションの音が皆の耳に入ってきた。静かな空間の中で携帯が小刻みに震えるその音だけが響き、誰しもがその音を聞いている。そんな中で、その携帯の持ち主であるユウキだけが携帯の画面を見て一人、真剣な顔つきを示した。


「ユウキ?」

「ユウキ君?」


凛と鈴見が彼の名前を声に出して呼び、周りの六人も同じように彼のことを見ている。ユウキ自身の頬から一つ汗が浸り唾をゴクリと飲み込むと、全員に向けて彼が自身のスマートフォンの端末画面を見せるとそこには“非通知設定”という文字がそこに映し出されていた。


「っ……」


その画面を見るのが二度目になる鈴見は彼女にしかわかるまい恐怖を感じ一歩、後退った。恐らくこの電話の先にいるのは、あの時話した相手に違いないだろう。


ユウキは皆に見せていた画面を自分の方に戻すと応答のボタンを押して耳へと携帯を移動した。すると、そこから聞こえてくるのはあの時訊いた変声された声であった。


《よお》

「……誰だお前は」


ユウキのその質問に対して、電話越しのその者は依然としてへらへらと言った笑みを浮かべながら言った。


《誰って、そんなの声を聞きゃあわかんだろ?……って、そういや声は変わるように設定してんだった。ま、なんにせよどうせ俺の正体くらいは気づいてんだろ?》

「………」

《ちっ、無視かよ》

「…要件はなんだ」

《あぁ、そうだった。要件は一つ、二週間後に五十万を用意しろ。二週間たったら、俺の家へと招待しよう。その時は必ずその金ももってこい》


またしても金の要求であった。その無茶なその要求にも反論したいところではあった。しかし、そこよりも一番聞きたいことがあり、それを彼が訊こうと口を開いた瞬間に、その訊こうとしていたことの答えが返ってきた。


《ああ、安心しろ。天詩姫奈にはなにもしてねえよ。まあ、お前らが何か下手な行動に出たりしちゃ、また話は別だけどな。ちゃんと金さえ持ってくりゃそれでいい。んじゃ、二週間後にまた会おう》

「おい、ちょっと待て。最後に一つ訊く。お前は――――」


そこで電話はぷつりと切れた。


ユウキは最後に一つしっかりと訊きたかった。先ほど誰なのかを訊いた時どこかはぐらかすようなその言い方に、ずっと胸の突っかかりが残っていたユウキは最後、ちゃんと聞きたかったのだ。


「お前は、有馬か?」と。


しかしそれを訊けることもなく、相手側の電話は途切れ言いかけたユウキの口はただ開いたままだった。彼はしこりの残ったままで、携帯の画面を切ると全員の方を向いて彼は言った。


「二週間後までに五十万を集めろって、相手からの要求だ」

「「「「「「五十万!?」」」」」


これにはクラスメイトの六人も驚かざるを得ず、それと同時にまた金を稼ぐために働かなければならないというその事態に全員は嘘だと思いたい気分だった。


「まあでも、やるしかないのか……あいつを助けるためだもんな……」

「うん、姫奈ちゃんを助けるためだもん!頑張ろう!」


それぞれのみんながそういって、心の決意を固めていく中やはりユウキの心にはしこりが残っていた。


それからしばらくして、今日はここで一度解散しようということになりそれぞれが夜の道を歩き家へと帰っていった。そんな中で未だ中に残っていたユウキに、凛は訊きたいことがあり彼と共にこの場に残っていた。


「ユウキ、お前大丈夫なのか?」

「ん?何がだ?」

「お前、なんか思いつめた顔してるぞ」

「………わかるのか?」

「そりゃあな。そこにそう書いてるって思うくらいだ」

「…そうか……」


彼は少し考えて、凛へと口を開き自身の心境を語った。


「正直に言って、俺は有馬が黒幕だとは思えねえんだよ」

「……それは、どうしてだ?」

「俺が初めてあいつと戦ったとき、あいつの目をよく見ていた。例え、素行とか言葉遣いとか、そういうのは悪くとも、アイツのあの目は今俺たちがされているようなことをするような奴の目じゃなかった」

「目?」

「ああ。俺は昔から人の目をよく見て判断しててな。だから俺がお前と仲良くしたいと思えたのもその目を見たたからなんだぜ?」


そう言って、彼は凛のその目を指さして言った。彼からすると凛のその目は純白で、そこにどこか黒色の混ざったようなそんな印象を持っており、そしてそれは優しさと微かな冷酷さ持っていることを表している。


「少し話が逸れたな」と一言言ってから彼は話を戻した。


「だから、俺はアイツが姫奈のことを誘拐したり、金を要求して来たり、そういうことをしてくるようなやつだとは思えないんだよ。ま、仲良くしたいとも思わねえけど」


昨日の放課後コロシアムで凛が思ったユウキと有馬の関係、それは犬猿の仲に近いものだと考えており、それはその通りでもあった。ユウキは有馬に負けたことに対して彼に敵対心があり、一方で有馬は自分という存在と接戦を繰り広げたユウキを許せず敵対している。


二人の関係はまごうこと無き犬猿の仲である。


しかし、その関係の話と今の話はまた別のことである。決して彼に対して敵対があってもそう言うことをする奴とは思っていない。だから、彼はこうして黒幕が有馬なのかと疑っていたのだ。


それを訊いて、しばらく顎に手をやって考え事をしてから凛は言った。


「なら、オレがあいつのことを少し観察してみよう」

「え?か、観察?」

「ああ。勿論バレないようにな?あいつの行動をずっと見ていればもしかしたら、アイツじゃないっていう証拠もつかめるかもしれない。でも逆に犯人だとちゃんとつかめる証拠も手に入れられる」


それだけじゃない。

凛には少しもあった。


それを提案した凛に対してユウキは立ち上がって彼に言った。


「悪いけど、それ頼むわ。お願いしていいか?」

「ああ。任せろ。なるべくバレないように頑張るよ」

「ああ、よろしく頼む」


ユウキはそう言って凛の肩を軽くたたくと、ひもで縛り上げた男を腕で担いで外へと足を踏み出した。因みに、この男はは先程ユウキの手刀によって沈められ現在は気絶している真っ最中である。


「あれ、なんだこの門……来た時こんなんだったっけ……」


ユウキが目にしたその門は見事に右斜めから左下にかけて、綺麗に切断されておりそれを見た瞬間後ろにいた凛は咄嗟にアリスの方に顔を向けた。アイコンタクトで「お前ほんまに何してくれとんねん」と。すると「がんばっ」と凛に向けて同じ様にアイコンタクトを送り、彼はため息を一つついたのだった。


凛はふと、ユウキの担ぐその男を指さして言った。


「そういや、そいつお前どうするつもりだ?」

「ああ。こいつは俺の親戚に届けるよ」

「親戚に?」

「そ。ウチの親戚がラーメン屋始めるらしくてさ、人手がもっと欲しいから、こいつにはそこで働いてもらうと思って」

「それって結構危なくないか?」

「大丈夫だ。そのおじさん。最強だから」

「お、おお……」


随分な自信にそんな声を漏らす凛をよそに、ユウキは彼に手を振って帰路についたのだった。


「それじゃあ、俺たちも帰るか。付き合ってくれてありがとな、アリス」

「私が勝手についてきたのだから、礼はいらない」

「そうか。おっと、門も直さないと……」


そう言って門を直す作業に取り掛かる凛のその目には密かに覚悟が灯されていた。









       ※       ※       ※ 






そしてあれから二週間の月日が経ち、夜の街へと足を踏み出たクラスメイト七人と凛はとある人気のない空地へとやってきていた。


「翔君もありがとね!一緒にアルバイトしてくれて!」

「いいんだ。乗りかかった船だしな」


実は彼も、姫奈を助けるために必要なこの五十万円を共に稼いでいた。本人らは自分たちのことだからいい、と言ってきたのだが凛は関わった以上は何か自分もしないといけないと述べて共にお金を稼いぎ、そして無事に五十万円を稼ぎきることに成功したのだった。


「それで、後は例の……」

「ああ。今朝、連絡が入ったこの場所に今から行く」


今朝、学園へと向かう前のユウキに一つの電話が入り、その相手は他でもなく姫奈を誘拐した男で、指定した場所に来るように指示を入れた。


今からそこに向かおうという次第である。


「この間と同じ様に、なにがあるのかわからない。皆、引き締めていこう」


それに全員が頷き、そして皆一斉にその場所へと移動を始めた。移動を始めて間もなくユウキは凛へと近づいていった。


「翔、本当に一緒についてきてもらってよかったのか?」

「ああ、さっき鈴見にも言ったんだがこれは乗り掛かった舟、一度関わった以上退いたり自分だけ何もしなかたりってわけにはいかないんだ。ま、余計かもしれないけどな」

「いや、そんなことないさ。むしろ助かる………お前優しいんだな」

「違う。俺はただのお節介な人だ」

「変わんねえよ」


そう言ってユウキはほほ笑みを浮かべた。


「そういえばさ、今更なんだけど有馬に関して何か情報は手に入れたか?」


それを訊いてから凛は少し口をつぐんだ。

そして、彼は顔を少し俯かせてから言いにくそうな声音で告げた。


「……あいつが、黒幕である証拠をつかんだ。あいつが黒幕で間違いない……」

「……そう、か……」


そこで彼が見せたのは、どこか寂し気な表情だった。


「ま、わかってはいたさ。ここ一週間になって本当に有馬の悪いうわさが増えてたしな。わざわざありがとな」

「いや、こちらこそ。遅くなったうえに、こんなことしか伝えられなくて悪い」

「大丈夫だ。もう今はアイツのあの顔をぶん殴ることしか考えてない」


彼の顔が、先ほどの者から笑顔に変わった。










遅くなって本当にすいません。

お詫びではないですが、今日の内にもう一話投稿できたらと思っています。どうぞよろしくお願いします。

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