第12話 雇い主
数か月前、春。
桜が花を咲かせ始め歩く道はどこであろうと、その花びらが舞い地面にそれが散りばめられている。そんなこの春、どこの学園も学年は上へと上がりそして新入生を迎え入れる。
そして、それは桜京学園も同じである。
今日は入学式、二学年へと上がった元一学年の者たちが登校するとまず目にするのは、張り出されたクラス替えの割り当て、そこに何十人もの人がたむろう中、二人の少年少女が自分のクラスを見つけると、あからさまに喜びの表情をそこに浮かべた。
「やったっ!ユウキ君!また同じクラスだよ!」
「ああ!しかも、他に同じクラスの奴らがたくさんいる!やったなっ!」
少年、伊龍ユウキと少女、鈴見音々は新たなクラスに元1-Cの同じクラスの者たちが多いことに、嬉しさを覚えハイタッチを交わした。二人は指定されたクラス、2-Aクラスへと足を運ぶと、すでに何人かのクラスメイトがおりその中には件の一年の時も同じだったクラスメイトがいた。
ユウキと鈴見はそれぞれの人物たちと、「今年もよろしく!」とハイタッチを交わしていった。元クラスメイトの者たちとはそれほどの仲の良さなのだ。
それから、次々と人物が登校してくる中で、
「……あっ!姫奈ちゃんおはよー!」
「おはよう音々ちゃん!今年もよろしくね!」
姿を現したその少女に鈴見は詰め寄って手を組みながら嬉しそうにキャッキャキャッキャと二人は喜んでいる。
この少女の名を、
彼女に懸想を抱き告白をしたり、密かに思いを寄せるモノは少なくない。
そんな彼女もまた、ユウキや鈴見と同じ元1-Cクラスの者たちの一人である。
「みんなもおはよー!これからまた一年間よろしくね!」
彼女のその元気な声が天真爛漫な表情と共に、その声が木霊する。これからまた姫奈や一学年のクラスメイトの仲間たちと学園生活を送っていけると誰しもが、心を躍らせていた。
しかし、そんな希望が早々に崩壊するなど、誰も予想は出来なかった。
二学年へと上がって新しいクラスでの生活が始まり数日が経ったある日のこと。その日、姫奈が学園を休んだ。それだけならいい話なのだが、どうやら欠席するという連絡を先生は受けていないようだった。
そこで、心配になった元1-Cのクラスメイト達の中で代表してユウキと鈴見の二人が彼女の家に訪問することになった。
実を言うと、姫奈の両親はどちらも異能にそぐった医者の職業をしており、その腕を見込まれた父と母は海外を転々として助けをしている。そのため、姫奈は現在一人暮らしをしている。
もしも具合が悪かったりした場合、彼女の負担が大きくなるのでそこもカバーしてあげられたらという、余計なお世話かなと思いつつも訪問の理由の一つであった。
「にしても、積極的に自分がお見舞いに行くって言うあたり、やっぱり好きなんだね~」
「う、うるせえよ!別にいいだろ!」
「悪いだなんて一言も言ってないよ、むしろそう言う反応見れるから……ぷくくっ……」
「てめえいい性格しやがって……」
事実、密かに姫奈に思いを寄せるユウキ。鈴見はそれに気づいてからよく彼の恋愛相談に乗るようになり、それが二人の仲の良さを深くするきっかけでもあった。まあ、鈴見の場合はほんの少し彼をいじりたいという理由もあってその相談に乗っていたりするが。
しばらくして、学園からほど近い場所にある六階建てのマンション、姫奈の住むマンションへとやってきた。
マンションのエントランスからエレベーターに乗って五階までやってくると、廊下を歩き“五〇二号室”と書かれた場所へとやってきた。
「何ソワソワしてるの?」
「いや、だって緊張するじゃん……なぁ?」
「なぁっていわれてもなぁ……じゃあインターホン押しちゃうね?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!心の準備が……」
「えい」
「おい!」
ユウキの言葉など聞き流して彼女はインターホンを押した。ピンポーンという音がなりそこからしばらく、相手が出るのを待ってみる。しかし、部屋の住人である彼女は出なかった。そこから更に何回かインターホンを鳴らすモノの反応はなく、鈴見はインターホンを鳴らすのをやめて直接ドアをノックした。
「姫奈ちゃーん、いるー?」
「やっぱり具合がわるいんじゃねえのか?それで寝てたりしてるんじゃね?」
「確かにそうかも――――――あれっ?」
ふとドアに手をかけると、鍵が開いている。鈴見が静かにドアを引くといとも簡単に開いた。
「あれ?鍵あいてんじゃねえか」
「………」
しばらく彼女が黙っているとその後彼女は、胸騒ぎを覚え突拍子もなく室内へと入っていく。
「!?お、おい鈴見!」
そんな彼女の焦る姿を見てユウキが、疑問に思いつつも彼女の後を追って同じ様に後を追って中へと入っていく。彼女の部屋に入るのはこれが最初ではないため彼らはある程度部屋の様子を覚えており、それは実に片付いたきれいな部屋であったと脳に残っている。
だがしかし、今の彼女の部屋は酷く散らかっており、そして何より姫奈本人がここにいない。
また部屋の奥のベランダに通る窓は全開されており中に入ってくる風でカーテンが揺らめ動いている。
今の部屋の状況、開いてある窓、そして部屋の住人がいない。
この三点を照らし合わせ、彼女は事件性があるのではないかと疑い始めた。
「お、おい……なんだこれ……」
遅れて現れたユウキも部屋の姿を見て、明らかに異変に気付いた。
と、その時、
ユウキの携帯が彼のポケットの中でバイブレーションを鳴らし始めた。ユウキはポケットに手を突っ込んでその携帯を取り出し、画面を確認する。すると、そこには“非通知設定”と映し出されていた。
「………ゆ、ユウキ君……」
「……出てみる……」
ドクンドクンと心臓の鼓動が早くなる中で、彼は携帯の応答ボタンを押して耳に添え、声が聞こえてくるのを待った。すると、そこから聞こえてきたのは変声された声だった。
《天詩姫奈は預かった》
たった一言、それだけなのに体の背筋がぞっと寒気を感じ、自身の顔から血が引いていくのが身をもって分かった。
「……何が目的だ」
しかし、彼は気合でなんとか彼に問うた。
《二か月後までに、金を用意しろ。百……いや、二百万だ。それだけ用意すれば返してやるよ。たった二百万でいいんだぜ?感謝しろよ。
それじゃあ二ヶ月後を楽しみにしてるぜー。あ、言い忘れてたが、これ大人の人に言わないようになー。アルヴァンとか学校の先生とかに言ったら、その瞬間彼女は殺す。んじゃ》
言葉が告げられ、電話はプツリと途切れてユウキの耳に添えられた携帯電話が鳴らす音は、ツーッツーッという電話の切れた音のみ。
否、それだけでは無い。
ユウキの心の中で、心臓でドクンドクンと鼓動が強くなる。憤りが増していき、その鼓動はその音と共に乗せられて奏でられる。
そして、そのあまり彼は携帯を強く握りピキリとそこにヒビを入れる。
「………クソっ!」
彼の怒りは姫奈を取られたことだけじゃない、高校生という立場である自分たちには難しい金額を指定してきたその怒りもあった。
吐き捨てたその叫び声は響くことも無く、その場の二人の脳にだけ残ったのだった。
「それから、俺達は時給のいい値段のアルバイトを探してそこで働き続けた。信頼できる元1-Cの奴らにだけ協力を促して、それで二か月が経とうとした頃に、なんとかみんなの溜めたお金のカンパ、二百万円をなんとか稼げた。それで今日指示されたこの場所で取引することになって、それでここにやってきたんだ。そこからは、お前の見たとおりだ」
「……なるほどな……」
男との戦闘が終わってからしばらくして、Tシャツ一枚の姿をした凛はアリスに傷を治療されているユウキに事の経緯を説明してもらっていた。厳密に言えば、この現場に関わってしまった以上話した方がよいだろうとユウキから話をさせて欲しいと提案されたというのが正しいが。
因みに、先ほどまで戦っていた男と言えば、きつく縄で縛られた状態で気絶している。
凛はその事情を訊いてふむと顎に指を添えた。
その所で、ユウキの治療をしていたアリスがそれを完了させ緑色の粒子が彼女の手からでなくなると、かざしていた手をユウキの止血された腕から離した。
「これでいい」
「おっ、ありがとな。アリス」
凛に礼を言われアリスは「大丈夫」とだけ言って彼の隣に移動する。ユウキは包帯の巻かれたその肩をぐるぐると軽く回して回復したその肩に驚きを示し、それは必然的にアリスの方へと回る。
「おお……なんだその子!すげえ回復の異能じゃねえか!」
「しかも、さっき雷みたいなの打ってたよね!てことは異能二つ持ちだったりするの!?」
ユウキに続けて鈴見もまた興奮気味にそう彼に訊いてくる。そこで凛は「異世界から来ました☆」だなんて馬鹿なことは言えないと、少し間を開けてから、
「そ、そうだぞ」
「やっぱり!」
とりあえず肯定しておいた。それに他の周りのみんなも興奮したようにアリスを見ている。これには彼女に本人も少し困惑していた。
「因みになんだけど、そいつって誰なんだ?妹とかではねえだろ?」
「あーーー……それは後にしよう。それよりも今考えないといけないことがある」
凛は強引に問いから逃げつつも、確かなことを述べて話をそらした。
「ひとまず、今はこの男を叩き起こすか」
「えぇ……起きるのを待った方がよくないかな?」
ユウキの提案に対してそこにいたメンバーの一人である阿翠がそのように言うが、ユウキはそれには応じることはなく、
「いや、それだと夜が明けちまう。さっさと起こす。そして姫奈の居場所を吐かせてすぐに助ける」
ユウキがそういって男に近づくと彼の頬を往復ビンタし始める。黒焦げになった状態の男は気絶したまま、ただ頬だけを赤くしていきそれからしばらくすると彼の目が薄っすらと開いた。
「おっ、目ぇ覚めたか?」
「………あ?こりゃ一体………」
男が曖昧な記憶を探って取り戻そうとする一方で、ユウキは先ほどやられたその恨みを返すように、手を大きく振り上げる。
「どうやらまだ起きてねえみたいだな。よしもう一回しよう」
そして、またも往復ビンタをつづけた。しかも先ほどより長く、そしてより強くだ。
「あぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶっ!!」
「あれぇ、まだ起きねえなぁ〜」
「………憂さ晴らしもそれくらいにしておきなさい」
凛がそう言って、すっとぼけながらビンタし続けていたユウキのその手を制した。実はこれ、先ほどやられたその傷の憂さ晴らしだったり、姫奈をさらったことへの怒りも含まれていたりするが、それは兎も角男は意識を取り戻した。
その代わり頬は途轍もなく腫れてはいるが。
「いってえな!なにしやがんだこのガキ!」
「姫奈の居場所を教えろ」
男の叫びを無視してユウキはそう言うと、男がその口調にへらへら笑いながら言った。
「この俺を縛ってるからって調子なってくれるなよガキ。縛られていなければお前ら全員……」
「縄を解いたところで要領を掴んだユウキやオレがいるから同じ様に意味はないぞ。お前のその異能、照準の異能がわかったからな」
「……」
男から笑みが消え失せ、彼は黙り込む。
彼の異能、それは狙った相手に照準を定め当たるまで追尾し続けるという能力。つまり、例え避けたとしても狙った相手に投げたものや放ったものが当たるまで、永遠に追い続けるという能力だ。
ユウキが避けて銃弾が入ったのも能力によるもの。また凛が男と戦った際に止めた銃弾を触ったのは、「触ったという事実により能力を消す」ためである。あくまでも彼の能力は当たるまで追う能力、そのため掠ったりすればそれでもう能力の効果は切れるのだ。そのため凛は銃弾を触ったのだ。
凛は見ている中で、すでに要領を掴んでいたのだ。
「………」
何も言わない男に、ユウキは改めて訊いた。
「姫奈の居場所を言え」
その質問に遂に観念したのか男は口を開く。しかし、男が放った言葉は意外なものだった。
「……知らん」
「はぁ?」
男の回答に呆れ半分、怒り半分でそんな声を漏らし額に青筋を立てたユウキは激しい声音で言った。
「すっとぼけるんじゃねえ!」
「すっとぼけてなんていねえよ。俺は何も知らないさ。なんせ俺はただ雇われただけの人間だからな。そいつの場所を知ってるのはその雇い主だけだ」
「なっ!」
「じゃあ、本当はさらった本人じゃないって事か?」
「ああ。俺はただ女を一人くれるって言うから雇われた暗殺者の一人だよ」
男のその証言を信じるか信じないか、ここにいる者ら皆がどう捉えたかはそれぞれだ。その中で凛は彼の言葉が本当であると予測している。それは
この男を雇う条件に出したのが“女一人”だということ、それが思い付きで言えるような事ではないと、彼は考えたからだ。
疑いつつも、ユウキは訊く。
「…じゃあ、その雇い主は誰なんだよ」
「………名前が確か………」
男がしばらく考えているとそれからすぐに思い出したように言った。
「そいつの名前、確か有馬竜次って言ってたな」
「……なっ……」
明かされた黒幕に、誰しもが言葉を失った。
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