第10話 幾多に輝く、星の夜空のその下で

真夜中に、凛はふと目を覚ました。

帰ってきて夜ご飯を食べてから凛は、疲労が一気に襲い掛かってきてかバタンキューと言わんばかりの勢いですぐに寝てしまった。お風呂に入ったり寝間着に着替えることくらいの気力はあったものの、その後は流れる様にそのままベッドにダイブし眠りの世界へと吸い込まれていった。


目を覚ました凛は、喉の渇きを感じ下のリビングへと足を進めた。キッチンへとたどり着くと食器棚からコップを取り出して、そこに水素水を注いで腰に手を置きながら飲み込んだ。


ぷはっ、という音を漏らしながらコップを口から離すと今日あった出来事を思い出して少しばかり物思いに耽った。


―――今日だけで、一応ある程度自分の立ち位置ができたな。一応丁度いい立ち位置だから後はその位置からブレないようにしないと。


一つ決意を胸にコップをキッチンの流し台に置いた。


―――後、コロシアムにでるのもいいかもしれない。他の人達と戦ってみると結構いろんなことがわかりそうだし。


凛の考えている“放課後コロシアム”は男女も問わず学年も問わずで戦いを行うことが可能、そのため色々な者たちと戦闘を行うことができそのため得られる経験も大きいだろう。


「いやでも……今日の恨みとかでアイツが絡んできたらめんどくさいなあ……」


小さく呟く凛のいうアイツとは、今日放課後コロシアムで突如現れた学園でも珍しい不良少年、有馬竜次のことである。彼が風真を殺そうと襲い掛かった時、それを止めた二人の内の一人である凛、顔を覚えられていないとは言い切れない。これからの注意もしないといけないだろう。


凛がそこも含めて頑張ろうと、改めて決意し自分の部屋に戻ろうとした時にリビングの外に出ると階段を下りている最中だったアリスと遭遇した。


「あれ、アリス?」

「リン?こんな時間にどうしかした?」

「それはこっちの台詞セリフだぞ。お前こそどうしたんだ?」

「私はその……今日はあまり眠れなくて」


確かに、彼女の目を見ると眠たい時の目ではなくちゃんと起きている時の目だ。実はこれは凛が発見したことなのだが、アリスは自分の感情が目に現れやすいことに気が付いた。喜んでいるときは目をキラキラさせ、悲しい時や起こっているときは目からハイライトが消える。


そしてそれは眠たい時も同じで、眠たい時は瞼が半分ほど閉じており目も中のハイライトが消えかけているのだが、今の彼女はそうではないのだ。


そんなアリスを見てから、ふと今日のテレビで耳に入ってきたことを思い出し頭の上に電球を光らせ手をポンと叩くと、


「アリス、眠れないならちょっと連れていきたい場所があるんだ。ついてきてくれるか?」

「?」


なんのことか、アリスにはわからなかったがひとまず彼女は頷いた。






       ※        ※       ※






現在の時刻は十二時の過ぎる頃の時間帯、そのため凛のこのアリスを連れていくというのは少し苦渋の選択でもあった。しかし、背に腹は代えられない。寝服から家のパーカーを着た凛は補導されないように気を付けながら、彼と同じように寝服から着替えたアリスを誘導して、そして目的地へとたどり着いた。


「ここは……」

「覚えてるか?俺たちがこの世界に来た時に落ちた場所、有賀山だ」


アリスは見覚えのある大きな山を見て凛の質問に頷いた。彼が「さあ、登るぞ」というと、山の中へと入っていきアリスもその背中を追うように中へと入っていった。その道はあの時と変わらない様子で、木々の生い茂っている自然豊かなモノであった。


そして、道が消えて現れた草むらの中をずんずんと進み草むらを超えたその先には、大きな大樹。初めてここに来た時にも目にした“有賀大樹”がそこに大きくそびえていた。アリスは、一度見ただけでも脳裏に焼き付いてしまう程の規格外な大きさを持つその大樹を改めてみる。


その大きさは、異世界でも見ることがなくやはりそれに見とれてしまうのも無理はなかった。


「よし、それじゃあ……」


凛はその場で軽くストレッチをすると、アリスに「ちょっと失礼」といいながら彼女を抱き寄せ、履いている靴に能力を発動して踏み込むと大きく跳躍した。大きく飛び上がり、そして枝分かれした大樹の太い枝に着地してアリスをゆっくりとそこに降ろした。


凛の吐いていた靴は、塵と化しそのまま空気に流れていった。


「さてと。改めてだけど、ついて来てくれてありがとな」

「それはいい。でも、なんでここに?」

「ふっ、アリス。もうその理由はお前の目の前に広がってるぜ?」

「?」


疑問を浮かべているアリスであったがしかし、彼女がその眼を向こうに向けた瞬間彼女の目に広がっていた世界は、まさしく満天の星空だった。


不規則に散りばめられたその幾多もの星々は、それぞれの光の明るさが違い、また色も別。それぞれがその一つの“星”として輝き続けるそのたくさんの星の広がる夜空は、アリスの琴線に触れた。


彼女の目も星に負けない程にキラキラと輝いていた。


「どうだ?凄いだろ。この場所って、上の方は枝が少ないから、夜空が良く見えていい場所なんだ。星好きのお前に一度見せてやりたいと思っててな」


異世界にも、星というものがありそのため星空という概念もしっかりと存在していた。しかし、こちらの世界と比べると異世界の星数はとても少なく元の世界の星空に見慣れていた凛からすると少し物足りなく思っていた。


一方で、アリスはその星空でかなりの感動を受ける程である。そのため、彼女には一度この星空を見せてやりたいと願っていたのだ。


「本当に……凄い……」


綺麗な夜空に彼女は感銘を受け、ずっと目を離すことはなくそれを見て凛は満足げに微笑んでアリスの隣へと腰を下ろした。


「実はな、あっちの世界と違ってこの世界じゃ、それぞれの星をつなげてそれを絵に見立てて星座として名前を付けてるんだよ」

「星座?」

「そう、例えばだ」


凛が指を指したのは、一等星のスピカが輝いているその星座であった。


「あそこの星たちをつないで見立てているのがおとめ座、名前の通りおとめの絵に見立てて名付けられた星座だ」

「あれが……おとめ?」

「まあ、そりゃ見えないよな……。因みにその星の中でもよく輝いているのが、一等星って言ってな、それにもスピカって名前が付けてある」

「……なんで?」

「それは……オレもわからん」


アリスは、確かに星が好きである。だが、だからと言って昔の人物たちと同じ感覚を持っているわけでもなければ、リスペクトするわけでもない。彼女はただ、星という存在が、夜空で輝くその星という物が好きなのだ。


例え、嫉妬をしていても好きなのだ。


「セイザ、とかはよくわからない。けど、この世界で見る星は……本当に綺麗」


無数に光るその星が、夜中でも尚明かりを灯すその街に覆い被さっている様なその光景、彼女にはとってそれは夢の様な景色で、ただひたすらに美しい眺めであった。だが、凛はこの光景を見せたかったわけじゃない。


彼が見せたかったのは、


「これですでに満足しきっているようだが、まだまだこんなものじゃない。もうそろそろだぞ」


凛は腕時計で現在の時刻を確認してそう呟く。アリスにはまだよくわかってはいない。だがその刹那、彼女に目に映ったのは先ほどの光景を更に上回る世界で会った。




――――――夜空に、無数の流星群が空を駆けていく。




まるで、夜の空を斬るかの様に星が駆けていくその光景は、アリスが今まで住んでいた異世界では考えられないものだった。


「…………」

「どうだ―――――――すげえだろ?」


彼女から、返答が来ることは決してなかった。


アリスはただ一生忘れることのないようにと、その眼にこの光景を焼き付けている。瞬きをすることもなく、ひたすらに。


それを見て、凛は嬉しそうに優しくほほ笑みを浮かべるとふと、口を開いた。


「オレはさ…ずっとこの光景をお前に見せたかったんだ」


凛のその言葉に、アリスは夜空から凛の方へと顔を向ける。

彼は尚もしゃべり続けた。


「お前、ずっと言ってたよな。世界は狭いって。」


凛は思い返す。


初めて――――――異世界に召喚されて最初に出会ったのが、アリスだった。


最初は「なんだこのちびっこ?」と思っていたが、心はとっくに大人で、でも考えていることは大人や子供のその話ではなく、荒んでいる者の感情だった。


――――世界は狭い。

――――そんな狭い世界でも私はひとりぼっち

――――星が、うらやましい。

――――なんで、星はあんなに自由なのだろう。

――――何で星は、あんなに広い世界に生きていて、誰かと一緒なのだろう。


色々と、言われ続けてきた。

でも、そんなアリスに凛はずっと言い続けていたのだ。


―――――世界は、もっと広い、と。

―――――お前がずっといるこの世界とはまた違う世界から、オレは来たんだ。

―――――この世界よりずっと広い世界から来たんだ。

―――――いつか、そこにお前も連れて行ってやるよ。

―――――もしそんな広い世界でも、一人だと思ったら、オレは必ずお前の傍にいる。



凛は、その言葉に後悔を覚えていた。

彼女に、ただ笑顔でいて欲しいと願ったからそう言った。

しかし、いつかは別れの時が来る。


一緒にいられるはずもないのに。

その世界を見せられるはずもないのに。


叶うはずもないのに、こんな約束をしてしまった。


その言葉を言ってから、いつも罪悪感で押しつぶされそうになり、心が苦しくてしょうがなかった。


自分はただの偽善者であるとずっと凛は思い続けていたのだ。


しかし、この世界にアリスはいる。


これは奇跡―――――否、神の慈悲だ。


必ず彼女にその光景を見せろとそう言ってるのだと凛はそう思い、彼はずっとこの光景を見せたかった。


「どうだ、わかっただろ。世界は広いんだ。お前が思う何十倍も。オレ達がまだ知らない世界があって、そこにまだ知らない奴らが山みたいにいる」


アリスは、凛から目が離せなかった。そして、その目からは、自然と涙がこぼれ始める。


「約束は守れないとずっと思っていたんだ。だからこうしてオレはお前にこの光景を見せられて嬉しいんだ」


凛は、アリスの方に自然と顔を向きその涙を流す彼女と顔を合わせた。


「これで、約束は守った。だから、もう一つの約束も絶対に守ってやる。――――――――――これからもずっとオレたちは一緒だ」


そう言って、凛はアリスに笑顔を見せた。


その笑顔に、彼女は頬を一筋浸るほどだった涙が、更に両目からあふれる程にこぼれ始める。


星の輝きが反射して、より一層その涙もきらめきを得る。


この涙が、きっと彼女の最後の―――――一人だけだった彼女の最後の涙だ。


それからしばらくして、涙が徐々に落ち着き始めた頃に少し冷静になった凛が言った。


「………なんか、恥ずかしいなこれ」

「うん……もはやプロポーズ」

「追い打ちかけないで!本当に恥ずかしいから!」


顔を赤くしながら悶絶する凛をよそに、アリスはさらに追い打ちをかけた。


「リン」

「ん?」

「……あなたが好き」

「……………ん?」


凛の世界が時を止めた。


そしてそれからしてすぐに、時は動き出す。


「はぁ!?おまっ、それっ………」


羞恥で赤く染まっていた凛の頬に更に赤みが増し、アリスはほんのりと頬を赤く染めて照れの表情を浮かべている。


「………二度は言わない」

「お……おう……」


一体今何が起こっているのかを理解できていない凛であったがそれをよそに、アリスは彼との距離を縮めていく。


「でも……私はまだあなたの答えを聞かない。絶対にいいと言われるまで、私はあなたに答えを聞かない。だから――――」


凛との距離をゼロにすると、彼と身体全体をくっつかせた。お互いにお互いの熱を感じる程に、アリスは凛にくっついていた。


「今は、これでいい」

「……そうか」


こればかりは、断ることもできない凛。

観念して彼女と、くっついてその流星群が止むまで時間を共にしていった。







―――――また一つ、流星群が空を駆ける―――――

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