第7話 2-Aの実力
桜京学園は、朝9時20分登校が原則とされており、だいたいの生徒はそれの二十分か三十分前に登校してくる人物がおおよそである。しかし、学園自体はそれの三時間前から開いてはいるため、他に比べてかなり早い時間に登校する人も少なくはない。
そして、凛もまた今日はその早登校する予定であった。それには別に理由があるわけでもなく、ただの彼の気まぐれである。
そんなわけで、制服に着替え玄関で外靴に履き替えた凛は「行ってきまーす」と一言残して玄関のドアを開け学園へと向かって行った。実を言うと、この翔司家から桜京学園までは歩いて二十分ほどの距離であるため、そこまで歩くわけでもない。
そのため、歩いている内にいつの間にか学園についてしまっていた。
門を通って指定された下駄箱に靴をしまって上履きに履き替え2-Aの部屋へと向かう。そこにたどり着くと、空いているか心配になるものの、ドアをスライドさせるとしっかりと開いてくれたため、それは杞憂だった。
中には案の定か、人の一人もおらずどうやら凛が一番らしい。
「まあ、当然と言えば当然か」
彼は自分の席に手に提げていたカバンを置いて席に着くと、窓の外に目をやる。今日の天気は見事な日本晴れで、窓から差し込む太陽がまぶしく思えた。
と、そんな黄昏る中で、教室のドアがふと開かれる。
その音に反応してそちらに顔を向けると、そこには男が三人いた。
「お、俺らより先に来てる奴がいるじゃねえか」
「まじか、まさかの転校生の翔に負けるとは…」
「意外なダークホースだね…」
そこにいるのは、昨日からよく話す自身の前の席に位置している少年、ユウキ。そしてその左右にいるのは少し長めの前髪が特徴的な黒髪で目元の隠れている少年、
二人とは、昨日の歓迎会で割と話した仲でもあった。
「おはよう」
「よう、おはよう翔」
ユウキが凛に反応すると、同じ様に二人も「「おはよう」」と言った。
「それにしても、来るの早いね。前の学校でもそうだったの?」
「いや、気まぐれだよ。なんか無性に早く来たくなったんだ」
阿翠の質問に対してそう答える。三人はそれぞれの席に自身のカバンを置いて席に着くと、凛に対して蒼汰は問いかけた。
「どうだ?クラスには馴染めそうか?」
「ああ、まあな。というよりもなんというか、馴染めそうそうじゃないという事以前に、皆凄い話しかけてきそうだから嫌でも馴染んじゃいそうなんだよなぁ……」
「確かに、それはあるかもな。このクラスの奴ら、小さな仲良しグループはあっても、そもそもクラス全体が仲良しだし。すぐに誰でも引きむだろうな」
「まあ、それは鈴見が学級委員だからっていうのもありそうだけどな」
蒼汰に続いてユウキがそう言うと、それに笑いながら阿翠は言った。
「あはははっ、それは確かにあるかも。鈴見さんってすぐにいろんな人と仲を深めちゃうよね」
「それはオレも第一印象で思ったんだけど……なんか、失礼な話だけどちょっと馬鹿なのか?っていう風にも思ったのが事実だな。誘拐するような招待するくらいだし……」
「ああーそれはしょうがないよ。鈴見さん馬鹿だから」
「ああ。あいつは馬鹿だからな」
「とことん馬鹿だからなぁー。あいつ」
「お前らはお前らで酷過ぎない?」
正直ツッコミを待っていた凛だったのだが、その予想外の反応にそう言ってしまう。それに対してユウキは「いーんだよ。あいつにとって馬鹿は褒め言葉だから」いうので、なんだよそれと思ってしまう。
と、廊下の方からどたどたという大きな足音が響き始めそれが教室に近づいてくると、次の瞬間勢いよくドアが開かれそこに鈴見が現れた。
「馬鹿ってなんだよ!馬鹿って!」
「うわっ鈴見!?聞いてたのかよ!」
「聞いてないけどそんな気がするの!」
「お前の異能そんな奴じゃないだろ!?」
ユウキとのそんな会話を繰り広げると、いつもはかわいらしいその眼を可愛らしく尖らせて凛に向けた。
「翔君も翔君で、馬鹿てひどくないかな!?」
「いやごめん、なんか本能的にそう思っちゃって…」
「酷すぎるよーーー!」
そんな会話に、ユウキや阿翠、蒼汰たちは共に笑い合うのだった。
※ ※ ※
チリチリと日光が桜京学園を照らし、未だ夏のシーズンにも入っていないというのに暑さが外に出ている2-A全体を襲う。現在の授業は三時間目、お昼休憩を前にして現在校庭にでている状況である。服装は皆ジャージに着替えており、それは制服とは相反する青色を基調とするものだ
「はーい!皆さん、暑さに負けず授業をやっていきますよー!」
相変わらずの元気溌剌、ひよりは声を大きく出しながら授業を開始する。
「さあ、今日も授業を始めるわけだけど、今日は皆には自分の異能をより理解して欲しいの!自分の異能をより知るために必要な事って言ったらそれは勿論たくさん異能を使うことにこしたことはない!そんなわけで、今日は無理しない程度に異能をたくさん使って自分の異能をたくさん知っちゃおー!」
「それじゃあ早速はじめてね!」とひよりが言うと、クラスの生徒らは皆一目散にばらけていき、その中の一人である凛は先ほどの位置からいくらか距離を取った場所に来ると、早速異能を使おうと石を一つ拾った。
すると、ユウキが彼に近づいてきた。
「そういや、お前の異能ってなんなんだ?」
「……言わなきゃダメ?」
「まあ、嫌ならいいんだけど」
「………地味だぞ」
凛はそう一言残すと先ほど拾ったばかりの小石を軽くつまむと異能を発動する。すると、その小石に赤いスパークが迸った。それを近くにある木に向かって投げると勢いよくそれは飛んでいき見事に激突し、大きなへこみを作りだした。後にそれはゆっくりと倒れそれを目にしながら凛は言った。
「オレの能力は、ちょっとした物体強化。言っただろ、地味だって」
「いや、でもかなり使えるんじゃないか?それって要は盾とかに使ったら防御力が上がったりするって事だろ?」
「そうなんだけど……ただ一つ問題があってな」
凛は倒れた木にまで近づいて先ほど投げたその石を手に持ってユウキの前に戻るとそれを彼の目の前にまで持っていく。すると、直後に石にひびが入りそれは塵芥となって空へと消え去っていった。
「こんな感じで、そもそもの持つ力を無理やり強くしてるから物体の耐久性が持たないんだよ。小石はちょっとした攻撃に使える球になるだけだし、お前の言う盾もしばらくは耐久度がえらい上昇するが、すぐに本体が崩れ落ちる」
「なるほどなぁ。まあ、それでも結構使いどころはあると思うぜ?」
凛の持つ能力についてそう述べるユウキに彼はいったいどこからその根拠がと思いつつもそう言ってくれることに対して感謝を一つ述べる。「地味」とは言っても、その能力の“本質”を使うとなれば、また話は変わってくるのだがそれはまた別の話だ。
「…で、オレも教えたんだから、お前も教えろよな」
「ん?俺か?俺は――――――」
凛の問いかけにユウキが答えようとしたその直後、校庭で巨大な音が轟き、そして響いた。大きな煙が巻き上がり、辺り一帯は土埃で一杯になった。
「なんだなんだ!?」
「……ま、そりゃそうなるよな……」
「なっ、何が起こったんだ?」
急な出来事に困惑しきりの凛に反してもう見慣れた光景だと冷静な姿を見せるユウキ。そんな彼の姿を尻目に凛は一体何が起こったのかを伺うと、彼は答えた。
「あー、異能の理解には異能をたくさん使うのが一番いいって言っただろ?で、その異能をよく知るために、そしてより使えるようにするために、ああやって対人戦で自分の異能を互いに知ってるんだよ」
辺りに広がっていた煙が一目散に消えたと思うと、校庭では地面に倒れる阿翠とクラスメイトの赤髪のロングヘア―に一部をサイドテールにまとめている少女が目に映った。どうやらユウキの言った通り、対人戦が行われていたらしく因みに勝ったのは赤髪の少女の方らしい。
それを見た凛は「あいつ強いのかな~」と呑気に考えていると、
「なあ翔。お前、俺と戦わないか?」
「ん?オレと戦う?」
「ああ、そうだ」
横から声をかけてきたのは蒼汰である。
身に着けた長袖ジャージのファスナーを開けて佇んでいる彼が凛にそう言ってきたのは他でもなくただの興味心であった。
「一応ここは県内でもトップに入る名門校、そこに転校してくるって言うことはそれほどの実力を持っているって事だろ?だからその実力に興味があってな」
「なるほどな…」
凛はそこで短い時間で考える。
ここで一度蒼汰と戦ってクラス内の実力を把握しておいた方がいいかもしれない。なるべく実力を隠していることと、自分が翔司紅蓮の息子であることをバレないようにするために、それは必要不可欠だと考えた凛は蒼汰のその申し込みに、
「ああ、いいぞ」
そう返した。
これに嬉しそうに「そうか」と答えた蒼汰は先ほどまで戦闘が行われていた校庭の真ん中にまで移動し凛に早く来るように言い、凛はユウキに見送られながらそこへと足を運んだ。
校庭の真ん中で対立する二人に、クラス中の視線が集まっていた。
「それじゃあ早速始めるぞ」
「ああ。来い」
蒼汰の言葉に頷いて凛が答えると蒼汰は早速異能を使って攻撃を仕掛けた。彼が手を開くとそこから水が現れそれが大量に発生し人と同じくらいの大きさの金槌ができたと思えば、それを横から振るった。
遠隔操作されながら向かってくるそれに、凛はひとまず避けるよりも力を知るためにあえてその攻撃を受けることにし身構える。
「俺のこの攻撃は結構効くぞ!」
そんな忠告も聞かずに未だに身構える凛に蒼汰は汗を一つ頬に浸らせて、豪快に腕を振るいその水の金槌を凛に激突させた。凛の右胴体に強い衝撃が奔り彼は歯を食いしばる装いを見せる。
「なるほど、これは我慢するか……だが、我慢しているだけでは意味がないぞ!」
直後、凛に向かって蒼汰が向かって駆けてゆく。かなりのスピードを出しながら近づいてくる彼に少し驚きを示しつつも、凛は水の金槌を蹴って横に飛ばすと地面に落ちた石を拾い異能を発動させてそれを思いきり投げた。
それを何とか避け凛のすぐそばにまで迫った蒼汰だったが、その一瞬で逆に凛に詰め寄られ驚愕を示した彼は瞬間的に鋭い拳を放つがそれを右手々受け止めて凛は彼の腹に蹴りを入れた。
「ぐっ…」
そのまま倒れ蒼汰は地面に倒れこんだ。
「ま、まあ流石に俺には勝つか……」
「ん?お前、結構つよいんじゃ?」
――――すっかり、あの自信ありげな態度と言葉にすっかりそう思ってたんだが。
確かに、凛に見せたその態度はどちらかと言えば自分の実力に自信のある者の様な態度だと思ってしまうのも無理はない。だが、実際はそうではなかった。
「違う、俺はクラスでも下の方だ。言っただろ、俺はただお前の力に興味があっただけなんだ」
言った通り、彼が凛と戦いたいと言ったのはあくまでも凛の持っている実力に力に興味があったからで決して、ちょっと一年くらいこの学校にいる先輩として勝ってやろうとか、そういうことを思っていたわけではなかった。
それを聞いて凛はそうなのかと返事をしつつも内心でほんの少しだけ安堵をしていた。なんだかんだ、大胆にも戦って力の把握をしようとした凛であったが後々考えてみれば、一人ではクラス全体の力の見ようがないのでここで蒼汰と戦ってもわかるのは蒼汰の実力のみ。それに、もしここで勝負の選択を間違えたら今後が心配にもなりつつあったので、自分でもミスったと思っていたのだ。
そして、凛は今回は勝ったのだが、それが正解だったと安堵したのだった。
「戦ってみて思ったが、お前、運動神経がすごいんだな」
「……ああ。そうだな。前の学校じゃクラスではよく動けた方だぞ」
「やはりか」
会話をしながら凛は蒼汰に手を差し伸べ、その手を蒼汰が手み取ると立ち上がった。
「まあ、とは言ってもお前より運動神経がいい奴なら、多分このクラスには結構いると思うがな」
「そうなのか?」
「ああ。特に……」
蒼汰がその名前を出そうとしたその時だった。
「ちょっとあんた!」
凛に対してそんな声がかけられた。彼はその方に目をやると、そこには先ほど阿翠と戦いを繰り広げた赤髪の少女がいた。
「そうあいつ、
「へえ……」
そう言われると、がぜん興味が沸いてくる凛。ひとまず今は彼女に反応することにする。
「なんだ?」
「あんた、私と戦わない?ちょっと今の戦いを見て興味が沸いたのよ」
「……ああ、構わないぞ」
凛はやはり蒼汰から聞いて彼女の持っているその力にかなりの興味が沸いており、またクラスの実力を把握するのにも丁度いいので戦闘を受けることを決め彼女の言葉に頷いた。すると、そこに近づいてきた蒼汰が耳元で呟いた。
「戦うのはいいが気を付けろよ……あいつは俺なんかとは話が違うからな」
そう言い残して蒼汰は端の方へと歩んでいき、校庭の真ん中に次に立つのは凛と赤髪の少女、緋乃結希音だ。
これにはますますクラスメイトのみんなは目が離せない状況へと陥ってしまう。
綺麗な顔をしたその緋乃の姿は威風堂々たるもので、その姿とあふれ出る彼女のオーラとプレッシャーがその持っている実力を醸し出している。それにますます興味の沸く凛。そして同じ様に彼に対して興味の沸いている緋乃は開始宣言をする。
「それじゃあ始めるわよ」
凛がそれに頷いたその刹那だった。
彼女の姿が一瞬にして消え去りそして凛の目の前に現れた。そして繰り出してきたのはまるで磨かれた剣を会心の一撃の如く横薙ぎに振るうかのような、空をも切り裂く鋭いという言葉では済まされないような蹴りだった。
これには傍観者ら全員がこれは終わったと誰しもが思った。しかし、あろうことは凛はそれを避けてみせたのだ。
実際は、本当は避ける気はなかったのだが予想をはるかに上回るその攻撃に凛は、つい驚きで反射的に仰け反るようにして避けてしまったという無意識によるものだったのだが。
これには避けられるとは思ってもいなかった緋乃も、同じ様に思っていたクラスの者たちも
凛は寸前で避けたがしかし、次の瞬間腰に更に重い一撃を喰らう。
緋乃は先ほど繰り出す際に使った右足を地面に刺すように強く踏み込ませるとそこから回転して左足の回し蹴りを凛の腰に決めたのだ。これに凛は体が吹き飛び校庭の端にまで蹴り飛ばされてしまった。
――――おいおい……まじかよ……
流石にこれは予想以上だと心の中で驚愕を隠せなかった。
凛が腰を抑えながら起き上がるとスタスタと彼女は凛に詰め寄り、そして腰に手を当てながら言った。
「あんた、私の攻撃を避けるなってなかなかやるじゃない」
笑顔の彼女は凛に手を差し伸べた。
彼は一度それを見ると笑って、
「そりゃどーも」
と、その手を掴んだ。
その後、凛のもとにはクラスメイトが駆け寄って彼女の蹴りを避けたことに称賛を受けるものの、まぐれだったとうまく誤魔化して結果的にクラスの中で中の上位よりちょっと上くらいの中々の塩梅の位置に立つことができたのだった。
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