第5話 入学
凛が異世界から帰還して数日が経ったある日の夜。夕食を食べ終えた翔司家の三人とこの世界の服がよく馴染んでいるアリスは共にリビングのソファーに座りながら今後の凛のことについて話をしていた。
L字型に設置されたシステムソファーにそれぞれ片方に凛とアリスが、もう片方に紅蓮と秋桜が座り、前に設置されたテーブルに大雑把に置かれた多種学園のパンフレットを見ていた。とは言っても、それを見ているのはアリスを除く三人だけで、当の彼女と言えば凛の肩に頭を預けて寝息を立てている。
「それで、結局どこの学園に行くかは決めたのか?」
「うーん……それがそう簡単に決まらなくてさ。目的に合った良い塩梅の学園ってなると結構難しくてな…」
父の問いかけに頭を悩ませながら答える凛。
今、彼らが話しているのは他でもなく凛がこれから通う学園についてのことである。まず大前提として、中学生の頃に彼は受験にも合格し行きたい高校にも通える状況ではあった。しかし、今新しい目的ができた今、行きたい学園も異なってくる。
その凛の目的とは“自分に足りない何かを探す”ということである。
四年という月日が経っていたこの世界、それはつまり今まで一緒にいた皆と差をつけられてしまったということだ。これに凛は納得いっておらず、その者たちに並ぶために学園に通って自分の足りないその“何か”を探しそれを手に入れることを心に決意していた。
それが彼の今の目的である。
それを紅蓮に話したところ、「それならある程度実力の見合ったところに変えた方がいいぞ」との言葉を受け、またそれは奇しくも凛自身も思っていたことだったので転校を決め行く学園を現在選んでいる次第である。
そんな学園選びに彼を悩ませる種は、変化した学園の事情にある。
彼が異世界に行く前である四年前は、現在と比べ治安がある程度安定していた上に戦うことにあまり執着というものがなかった。しかし、戦いの増えた波乱のこの時代、学園内の情勢も変わるのは他でもない。
今後強大な敵と戦える人材を作ることも視野に入れる様になった学園に編入する上で凛が重要視している点、それは実力を見せつけ過ぎないことだ。
父の紅蓮の話によれば、学園の中で優秀な成績の者の多くは高校を中退し“アルヴィン”に入らせられる者も多いのだとか。
一見、中退という言葉を聞くと印象が悪く感じられるが、現在はそれを逆に狙っている者の方が多いというのもまた事実。それを考えると、彼の学園に入る理由、”足りないものを探す”という目的を達成するために、学園内で勉強するためにそこにい続ける必要があるのだ。
そして、もう一つ重要なのはその学園そのものの実力である。
やはり学園たるもの他と差が出るというものは世の常なわけで、先ほどの説明した通り凛の通おうと考えていた学園は他に比べて異能に関して優秀な者が他に比べて少ない。
そしてその実力は、異能の勉学の強さが比例している。
凛は異能による戦闘も、異能そのものも学びたいと思っておりそれに見合った実力のもの、即ちかなり高レベルの場所を選択する必要があり、しかし選ばれにくい学園がいいため高すぎてもいけないという、その具合が難しい。彼はそれにも頭を悩ませていた。
「うーん……凛の思惑にあった所だと……ここがいいと思うぞ」
しばらく考えて紅蓮は一つの学園のパンフレットを凛の手に渡した。そのパンフレットには大きく
「ここは学園のレベルトップ3に入る学園、でも“アルヴァン”になかなか選ばれにくいところでもある。丁度いい場所だと思うぞ」
「ふむ……因みにだけど、なんで選ばれにくいんだ?」
「この学園な、平均的には高いんだが、その中身を知ると驚くほどに実力がアンバランスなんだよ。つまり、やや強い奴らが多いがその中でも飛びぬけて強い奴らが数人いるってことだ。だから強い奴らしか選抜されて行かないから選ばれにくいって訳だ」
「なるほど……ここでいいか。異能も、異能の戦闘のこともちゃんと勉強できるんだろ?」
「ああ、それは保証できる」
「うん、じゃあここにする」
「わかった。手続きとかは俺たちに任せてくれ」
「勉強熱心でえらいわね~、凛」
「この年になって頭撫でないで、我が母よ」
母性の塊から遠ざかる凛、それと同時にその動きにアリスは目を覚ましてしまった。
「ん……」
「あ、悪い、起こしたな。どうする?もうベッドで寝るか?」
それに目をこすりながらこくんと頷くアリスに、凛は彼女をお姫様抱っこをしてリビングの外に足を進めた。
「寝てるからって襲っちゃだめよ~」
「わかってるよ…」
「襲うからにはちゃんと起きてるときにしないと~」
「シャラップ!マイマザー!」
「私もよくお父さんによく襲われたわ~」
「HENTAI!マイファーザー!」
「母さん、俺を巻き込まないでくれ!」
「最初にしたのは中学生のころだったかしら~」
「若気の至りもほどほどにしとけよ!」
「まあ、生んだのはちゃんと二十歳を超えてからよ~」
「生々しいわ!もう寝る!」
もはや投げやりにも捉えかねないその言葉と共に凛は力強く足踏みをしながら階段を駆け上がっていき、アリスが使っている部屋の中に入り彼女のために新しく買ったベッドに彼女をゆっくりと降ろして掛け布団をかけて、そして喉の渇きを感じて即刻階段を下りてキッチンに帰ってきた。
この間僅か五秒である。
ふと、凛は疑問に思ったことを紅蓮に訊いた。
「思ったんだけど、親父なんでその……桜京?学園のこと詳しいんだ?」
「ん?いや、それは……友達にその学園をよく知っている奴がいてな……」
「?…そうなんだ」
どこか含みのある言い方に少し疑問を残していたものの、眠りが先に彼を襲い結局それを訊くこともなく眠りにつくことにしたのだった。
※ ※ ※
あれから二週間ほどの時間が経ち、今日は五月の半ば。
そして、凛が新しく通うこととなる学園、“桜京学園”に登校する初めての日でもあっった。門の前にまでやってきた凛が目にしたその校舎は、パンフレットに載っていた通りの銀色を基調としている校舎でその大きさは想像を超えるほどのものだった。
門の前で立ち尽くしている今の凛の服装は“桜京学園”の扱う制服で、その制服は赤色が基調とされたものとなっており、右の胸元には小さな桜の花びら――校章がつけられている。
そんな制服を着てすでに気を引き締めていた凛はその巨大な門の前で、より気を引き締めそしてついに門の中に足を踏み入れていく。
腕時計を見ると、時刻は九時を過ぎた頃。学園から登校するように指定された時間は九時十分であるため、来るように言われた学園長室に行くまでの時間にはある程度の余裕はある。しかし、問題はそこではなく学校の構造が全く分からないことが一番の問題だ。
如何せん、校舎がデカすぎる。
迷ってしまうのではないかと不安になるのも無理はなかったのだが、どうやらそれは杞憂の様だった。
門から校舎に繋がるように描かれた道を進み、昇降口の辺りまでくると横の柱に眼鏡をつけ黒いスーツを着た一人の若い女性が佇んでおり、彼女は凛に声をかけてきた。
「翔司凛様、でお間違えないですか?」
「え?……は、はい」
「ではこちらへ」
どうやら、学園長が自分の事を案じてくれたのか案内役がいてくれるようだった。大きな校舎を徘徊するように歩き、その際に軽く見渡しているとそれは驚くばかりで四年前には見ることもできなかった技術が多く使われているのが、溢れるサイバー感からよくわかった。
そしてしばらくして学園長室にたどり着き凛は中へと入っていった。
「……」
中に入ると、そこは大部屋で一番奥には机を前に大椅子に座る若い女性がいた。いかにもしっかり者と言った風格を持つその顔に、まるで秘書の様な職務を彷彿とさせるそのサイドテールに髪を結ったその姿――――――
――――――ちょっと待て、なんかこの人見覚えあるぞ?
凛は心でそう呟いた。
そして一人、短い時間の中で考え込んだ末に出た結論は、
「まさか……親父の秘書の……?」
「はい、お久しぶりです。凛様」
その人物は“アルヴァン”で最高指揮官を務める凛の父、紅蓮の秘書を務める女性、美鈴だった。紅蓮が、桜京学園について詳しいのはごく単純なことで秘書が学園長を務めているからなのであった。
「え、な、何故あなたが?」
「何故って、単純に私はこの学園の創設者の孫だからです。それにパンフレットにも、私が載ってますよ?」
そう言って彼女が見せてきたのは、パンフレットの中。そしてそこには「桜京学園学園長
「本当だ……」
「ちゃんと中は見てくださいね」
一言そう添えてから、美鈴は言う。
「改めまして、入学おめでとうございます。凛様……いや、今の名前は
「そうですね。それと様はやめてください。なんかその……くすぐったいです」
「ふむ、ならば翔君」
――――ま、まあいいとしよう。
ひとまず呼び方に関しては気にしないことにした。
先ほども話した通り、凛がこの学園で名乗ることになるのは“
“アルヴァン”という組織の隊員で序列が上にいる者は、有名人扱いされるものでそれが序列一位となれば尚更である。そのため“翔司紅蓮”という名前は少なからず学園内の皆には伝わっている名前だ。
そのため、苗字が同じとなると紅蓮の息子だと疑われ、最悪バレる可能性が高いのだ。
もしそれで凛が息子だとバレたとなると、確実にすぐに“アルヴァン”に入ってくるように催促される可能性もゼロとは言い切れない。それを避けるために、学園側に協力を仰ぎ偽名を使用することになったのだ。
「この学園は、共に学び合い、そして共に競い合うばでもあります。互いに戦い合い上へと、高みを目指す。それがこの学園のモットーです。それをどうか忘れないように。問題が起こることも多々あると思いますが、どうぞよろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします」
美鈴が凛にそれを言いたかったのは、あの戦いを見ていて加減をしながら戦っていると気づき、そして奥から感じるその強さに対して、きっと更に強くなれるだろうとそう思ったからだった。
強い者でも、限界を超えられると彼女は信じているのだ。
「さて、私からはこれだけです。後は外にいるあなたのクラス――――2-Aの担任の先生が待機しているので、後は彼女についていってください」
「はい。失礼します」
凛は学園長室から一礼をして出る。
そして扉の向こうには、
「はーい!翔君のクラスを担当している、
ポニーテールに結った黒髪に、女性しか持たない部位において圧倒的重量感のあるそれを持つ女性だった。そこは気にすることもなく、凛が同じ様に「司波翔です」と自己紹介すると力強く握手(一方的)をされ直後についてくるように言われる。
そうしてたどり着いたのは、一つの教室。
「さあ、入って入って!」
凛はその声に頷いて、ドアにゆっくりと手を伸ばす。
遂に、凛の学園生活が幕を開ける。
極宮氏道です!
まずはここまで見てくださった皆さんに感謝を。
まさかまだ四話現在の中で、たくさんの星や評価をいただきまして感激しています。これからもこの作品を面白く書いていくので、今後ともよろしくお願いします。
コメントもジャンジャン送ってください。
これから返すようにしようか迷ってます(笑)
また星などもいただけると幸いです。
今後ともこの作品をよろしくお願いします。
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