第4話 親子のケンカ

今回はかなり長くなってしまいました。申し訳ありません。もし話分割して欲しかったらコメントをください。

今作で初めての戦闘シーンを執筆しましたが、今回の話を読んでなにかご意見名があればお寄せください。

今回も面白く出来上がっていることを祈る……









「改めて、“アルヴァン”の最高指揮官。翔司紅蓮だ。よろしくな」

「――――」


凛の脳内が、自動的にリセットを掛けた。

彼の脳内パーソナルコンピュータの先ほどまで開いていた記憶プログラムを終了させ、一度記憶を消去。その後バックアップファイルをダウンロードして完了。

消した記憶が戻ってきた。


「ええええええええええええええええっ!!」


現実を改めて直視して部屋全体に響き渡る叫び声をあげた。


「おいおい、驚き過ぎだぞ」

「いや、驚くだろ!だって、性格的に一番合わないタイプの立ち位置だろ!?」


紅蓮がまだ警察官をやっていたころは、上の権力者ではなく普通の立ち位置だった上に、父の性格を知っている以上それが似合わないこともよく分かっているためそう言いたくなってしまうのも無理はなく、また紅蓮本人もそれは同じだったらしい。


「いや、俺もそうは思っていたんだけどな。どうにも、この組織って実力至上主義なところがあってな。組織で一番強くなったら、なんかいつの間にかこの席にいた」


このアルヴァンには序列の制度があり、それは本人のその戦闘力に加えて自身の功績も加算されたその総合点で決まる。それで紅蓮は今一番上に立っているわけだ。因みにその序列は上がれば上がるほど給料は高くなる。


父の簡潔的な説明に一応納得はいく凛。

しかし、それにしたってこの人を一番の権力者にしてしまうのはどういうものかと、その実力至上主義の単純さに少しばかり呆れてしまうのだった。


ふと、後ろの扉がノックされ開かれると、スーツを着ており、また手にはクリップボードを持っている黒髪の長い髪をサイドに結った若い女性が現れた。大きな扉を閉めると、一礼して口を開いた。


「失礼します。翔司最高指揮官」

「おお。おはよう美鈴みすず


彼女は最高指揮官という立ち位置である紅蓮のサポートを務める秘書である美鈴だ。彼女は横の人影に気づきその方を向くと、紅蓮と顔立ちのよく似た若い少年がいることに気が付いた。


「最高指揮官。あれが件の?」

「ああ。俺の息子だ」


すると、速足で凛に近づき顔をじっくりと眺める。

とんでもない近距離に顔を近づけてきて、じっくりと見る彼女に一歩後退るが困惑が強くどうすればいいかもわからずに、硬直したまま彼女が離れるのを待つ。


しばらくすると、彼女は凛と一定間隔の距離を置いた。


「確かに、物凄く似ていらっしゃいますね」

「だろう」


親子であるためそれは当たり前ではあるが、赤い瞳にその顔は父親そっくりの者と言える。唯一違うのは髪色程度で、凛は母親譲りの純黒と行っても過言ではない綺麗な髪色だがその一方で紅蓮は白髪だ。


「それでは、公式にて依頼の『翔司凛捜索』は完了ですね。依頼ごとなので色々と資料をまとめてもらわなければいけないので、頑張ってください」


彼女は紅蓮の目の前にある机のパネルキーボードを打ち込むと、山の様な書類が机の上に現れた。


「うええ…この量かよ……凛はそこの椅子で待っててくれ。一時間もあれば終わる」

「わかった」


紅蓮にそう言われ、部屋の中に置いてある高級感の漂う黒色の革製のソファーに、その高級感故に躊躇いつつも座り、イヤホンで音楽を聴き始めた。その際、父の紅蓮の方を見る。


そこまでえらくもない警察官だった父親が、机の前でたくさんの書類を整理し忙しそうにする姿。あまり見る機会のなかったもので、とても新鮮な光景に聞いている音楽のことは忘れていた。


一時間がたつことなどすぐで、気づいた頃には紅蓮の机にあった書類は全て片してあった。


「終わったー……」

「大丈夫か親父?」

「ああ、問題ない……この立ち位置になってから結構経つが、やっぱり慣れないな」

「最高指揮官という立ち位置になって一年です。いい加減に慣れてください」

「相変わらず辛辣だなお前………」


父が秘書の言葉にそう言いながら、顔をぱちぱちと叩いて椅子から立ち上がった。


「もう仕事も終わったし、ここからは自由時間だ」


紅蓮は自身の腕を上にあげて軽く伸びをすると、凛へと話を持ちかける。


「さて、凛。今日ここに連れてきたのには、実はもうひとつ理由があるんだが……」

「もう一つ?」

「そうだ。………ここ最近なかっただろ?」

「…………ああ、なるほどな」


凛は紅蓮の言葉を聞くとその顔に不敵な笑みを浮かべ、父の紅蓮も同じようにそんな表情を浮かばせる。これは秘書であるだけの美鈴には、この二人が何を思っているのかなど到底わからない。一体何を考えているのか興味本位で彼女は二人に訊いた。


「あの、お二方。そのやる?というのは……」

「ああ」

「それはですね――――」


二人が共に放ったのは“喧嘩”という単語だった。





       ※       ※       ※






この“アルヴァン”の本部には、建物その大きさ故に様々な施設が存在しその場所を組織の隊員達は自由にそれを使うことができる。


それぞれが鍛えられるように作ったトレーニング施設や、己の成長を知るための計測施設。また、それぞれの地形に合わせた戦闘を鍛えるための訓練施設などその施設数は数多である


その中で、よく使われる施設は訓練施設だ。その施設は、それぞれの動きを鍛えるために市街地は勿論凸凹の岩が多く並ぶエリアや、人工的に作り出した自然的なものとほぼ一緒に近い植物でできた草原や森のエリア、他にも海を想定したエリアなど様々なモノがある。


そんなこの訓練施設の人気の理由、それは対人戦も行えるという点にある。事実、この施設の中に一対一で戦える施設ならある。ならば何故、その場所が人気なのか。それは、その地形を利用して戦いを行うことができるから。


使えるものは使うべきだという人間の本能か、この組織の者たちはそう言った人物が多くそれを使っての対人戦を行うことが多いのだ。またこの訓練施設はどの施設よりも広い場所であるため自由に使うこともできる。


そのため、人気があった。


そんなこの訓練施設も先ほどまでは人が多くいたが今は、その殆どがその場所にはおらずその者たちは皆、施設の一つである食堂へと足を運んでいたからだった。


現在時刻は午後の十二時を回る直前、訓練もすれば腹は減るしそれ以前にこの時間帯はお腹の空くころでもある。食堂には、多くの隊員達がそれぞれ食事を始めていた。


「相変わらずここの飯ってうめぇよなー!まじでうまい!」

「本当だよな!うまいったらありゃしねえ!」

「ここって本当にいいところなのに、序列がそう上がらないからつらいよな……」

「「食事中だろうが!黙ってろ!」」

「ご、ごめんなさい!」


食事をすることで忘れたかった現実を忘れられるのに、それを思い出してしまっては困ると、二人の隊員は一人のその隊員の言葉に叫んで恐喝するようにして黙らせた。


「おいお前ら、もう少し静かに食え。他にも人は大勢いるんだぞ」

「そうだぞ、貴様ら」


その三人の元に現れたのは、序列25位の男、赤髪の短髪である仁禎秀じんよしひでと序列21位の氷坂雫ひょうざかしずくであった。両者とも何十万もいる隊員の中での序列百番以内に入る実力者。格下である彼らは二人に驚き、


「はっ、じじじ、仁さん!雫さん!」

「「す、すみません!」」

「わかればいい。隣いいか?」

「はい構いません!」

「雫さんはむしろ座ってください!」

「そうか?ならお言葉に甘えるとしようか」


仁と雫はそれぞれその隊員の隣に腰を下ろしテーブルにトレイを置いて食事を始める。雫は、数ある隊員の中でも一際目立つの存在でそれは実力に加えてその顔の美貌にもある。顔はまさに花の様な華麗さを持っている上にその厳しい性格上からクールビューティーとして隊員たちに人気がある。


先ほど隊員がむしろ座ってほしいと言ったのはそれが理由でもあった。


そんな雫と仁が席に座り、その三人も共に食事を再開した時の事。ふとモニターに目を移すとそこには訓練施設のエリアの一つ、市街地エリアが映されておりそこに二つの人影があった。


「ん?昼から戦うやつがいるのか?」

「そうか。そういえばお前まだ入って間もなかったっけ。偶にいるんだよ。昼休憩の時にも一対一のタイマンで戦ってる奴」

「そうそう。そういう時は、よくこうしてモニター越しでその戦い見て盛り上がったりしてるよな」

「へー……」

「っていうかあの人よく見たら、翔司最高指揮官じゃね?」

「本当だ!じゃあもう一人は……」


そこで三人は今朝耳に入った情報を思い出し、それを確信づける言葉が序列上位の二人から発せられた。


「あれは行方不明になっていた最高指揮官の実の息子らしい」

「どうやら、誰もいない時間を使って戦闘を行うらしいぞ」

「ま、まじですか?」

「一体どんな戦いになるのやら……」


ここにいる五人だけでなく、この他の食堂にいる隊員たちは皆モニターでそれを見ていた。そして、モニターに映る二人は――――











「ここでやるのか?」

「そうだ。ここは、市街地でしかもすでに被害にあったことを想定された場所。ボロボロの瓦礫とか鉄骨とか、お前のになりそうなやつは山ほどある。戦闘にはもってこいだろ」


翔司家の二人は、共に対峙しながらそんな会話を交える。凛は元からラフな格好で来ていたため、精々長袖の服の袖をまくる程度で準備を整え一方の紅蓮はコートを脱ぎ棄てシャツの袖をまくり、締めていたネクタイを緩めて準備を整えた。


二人が共に準備体操をしているときも、こんな会話が交えられる。


「ったく、早速始めるかと思いきや、建物の中をこんな時間になるまで案内しやがって」

「しょうがないだろ、そうしたかったんだし。それに人が多くても嫌だから時間つぶしにはちょうど良かったんだよ」

「はぁ……待たせた分、存分にやらせろよ?」

「当然だ」


準備体操を終えお互いに目を合わせ対立する。お互いにプレッシャーを発して張り詰めた空気がピリピリと唸り、地面に落ちる小石は小さく揺れている。


「久しぶりだよな、“ケンカ”するの」

「ああ。俺からすれば四年ぶりだ。随分と待ったものだ」


二人の言うこの“ケンカ”は拳と拳を交え合うお互いの実力を試し合う試合のことを示している。この二人は、凛がいなくなる前から三か月に一回はこの“ケンカ”を行い共に実力を競い合っていた。


この二人はこの“ケンカ”がとても好きでいつも楽しみにしていたのだが、凛が異世界に行ってしまったため、紅蓮は四年もそれを待ち凛は一年、それを我慢していた。そして今日、遂に二人の久々の“ケンカ”が実現される。


「お互い、容赦なしだ」

「ああ、いつも通り。行くぞ!」

「来いよ親父!」


二人は同時に構える姿勢を取ると、刹那の間に距離を縮めて己の拳と拳をぶつかり合わせた。その衝撃は伝播され地面は揺れ、建物は震える。二人は共に交える拳の中で不敵な笑みを浮かび合い、


「いつも最初はこうして、拳をぶつかり合わせるところから始めたよな!」

「ああ!いつも親父に押し負けてたけど…今のオレはそう簡単に押し負けたりはねえぞ!」


二人のせめぎあいは尚も続く。

ヒバナが散るのではないかという程の両者の力の勢いに、モニターから眺める者たちは皆見入ってしまっていた。


「うおおおおおおっ!」

「おらぁぁぁぁぁっ!」


両者は気合で声を上げ勢いは更に増していく。そしてこのせめぎ合いに遂に決着がつく。これに勝ったのは―――――


「くっ!」

「力はまだまだの様だなぁ!どんどん行くぞ!」

「…調子に乗んなこの野郎!」


せめぎ合いに勝ち紅蓮は凛を殴り飛ばす。飛ばされた凛を追うように紅蓮は飛び出し拳を構えると、凛は空中で態勢を整えてそこから剣を振るうかのような鋭い蹴りを繰り出した。紅蓮の拳はそれと激突するも、


「くぅっ……!」

「昔は蹴りが苦手だった。でもあっちでなんども練習して極めたんだよ!どう―――――だっ!」


凛の蹴りが彼の拳を弾く。拳が横にズレるとそこから凛は踵落としを炸裂させる。腕をクロスさせてその攻撃から身を守る。その蹴りの力強さに、父は

驚愕しつつもここまで強くなったその凛の強さに喜びもあり、それが顔にも浮かんでいた。


「やっぱり……お前は最高の息子だ!一年でよくここまで強くなった!だが、俺もまた強くなっているの――――だっ!」


踵落としを腕でではじき返し、凛は一度地面に着地すると紅蓮の身に変化が起こる。体から何かが発せられそれが彼の辺りを包み込んだ。その何かとは“炎”だ。


紅蓮の異能、それは大まかにいうなら身体から炎を生み出す異能だ。その炎の火力は常軌を逸したものであり、これに凛はいつも苦しめられていた。紅蓮の異能で生み出された赤く染まる炎が彼の拳に纏われると、


「はっ!」


それを地面にたたきつける。

すると、炎が道を描くように爆発し続けていきそれが凛へと一直線に向かっていく。


これに凛は避けようと跳躍するが、その威力と規模故にもろでその爆発を喰らってしまう。あたりが爆ぜ黒煙をまき散らす中、ボロボロになった服で凛は手に拳を作る程度の岩を持つ。


すると、その岩に模様のようなものが浮かび上がり、それがパリィ!と赤いスパークを唸らせる。それを煙る空間から父に照準を定めて投げつける。それは本来の力とは思えない程の威力で、定めた紅蓮という獲物の腹に直撃した。


「くはっ……!」


その威力に腹の痛みで紅蓮は声を発した。


凛が持つ異能、それは“物体を強化する異能”である。


凛が手にする物体の本質を引き出し、本来出ることのない力を発揮させ自身の武器と化す。それが彼の持つ異能の力だ。


しかし、あくまでもその異能の力は物体の強化であるため、決して武器になるわけではない。

故に、たとえ痛みがあってもそれが大きなダメージになることはなく、紅蓮の勢いが止まることはなかった。


彼は近くにあった、ビルの大きな欠片の瓦礫を掴むとそれをあろうことか持ち上げて見せた。


「おいおい、まじかよ……」


一年前はそんな事すらできてなかっただろ……と進化した父の力に驚きを示す凛。しかし、これもまた流石親子と言ったところか、不敵に笑みを浮かばせると自身の握った拳でそれにぶつけ破壊した。


すると凛は紅蓮へと突っ込んでいき彼の飛び蹴りが、紅蓮の蹴りとぶつかり合う。凛はそこから飛びあがり地面に着地すると紅蓮との距離を縮めて蹴りと拳を次々と繰り出していく。


それに対抗するように紅蓮もまた同じ様にそれを繰り出す。時にぶつかり合い、時に避け合い、時に喰らい合う。それが高速で繰り返されていく。お互いに体力が消耗されそこを鋭く突いたのは凛だった。


「おらぁ!」

「ぐっ!」


凛の会心の一撃が紅蓮の腹の中心に炸裂した。

彼はそれに耐えられず、そこを抑えながら一歩、また一歩と後退る。


そして彼が頭を上げた時、


凛は拳を構えて、とどめの一撃を決めようとしていた。







       ※       ※       ※





「うっわ、なんだよあれ……」

「親がバケモンなら息子もバケモンかよ…あれ俺より強ええぞ……」

「オーマイゴッツ」


その試合をモニターから見ていた食堂の者たちみんながその戦いに夢中になり盛り上がっていた。そして、同じ様にそれを眺めていた先ほどの隊員三人は、紅蓮の実力に改めて実感し、息子である凛の力に唖然としていた。


「やっぱりすげえな……ねえ、雫さん?」


一人が、雫にそう呼びかける。

しかしその雫と言えば、途轍もなくつまらなそうな表情をしており、仕舞いには食事を食べ進めていた。


「あ、あの、雫さん?」

がバケモノだというのなら、貴様らの目は節穴だ」


彼女の言葉に三人は騒然とする一方で、仁は共感を示した。


「確かに最高指揮官は相変わらずの強さだ。だが、一方でその相手……最高指揮官の息子殿はただ力を取って手に付けたようなものだ」

「基本しか知らない、弱者の証拠だな」


仁に続けるように雫は答える。そして、雫は続けて、


「故に、この試合の勝敗は決まっている」













空中で拳を構える凛は落下して紅蓮にとどめの一撃を決めて勝利を手にしようと試みる。そして、その攻撃を振るおうとした時、紅蓮は小さく笑った。これに気づいた凛は驚きを見せるものの、止めることもなく攻撃を放つ。


しかし、その拳は紅蓮の右手で掴み取られてしまった。


「なっ!」

「油断したな」


紅蓮のもう片方、左手を凛の胸元に近づけていきそこに掌底を炸裂させた。


「かっ……!!」


そして、その攻撃と同時に炎をそこから発して凛に獄炎をたっぷりと浴びさせた。その炎の勢いで飛んでいく凛はそのまま地面に落下すると、ボロボロのまま満身創痍で動けなかったのだった。


凛にとって一年ぶりとなり、そして父の紅蓮からすれば四年ぶりとなる二人の“ケンカ”は父の勝利で幕を閉じたのだった。










雫の予言が的中し、三人は先ほどとは違う意味で唖然としていた。


「恐らく最高指揮官の息子であると、自分の実力に自負しているのだろうな」

「あれは恐らく、すぐに堕ちるだろうな」


そう言って二人は共にトレイを持って食堂から去っていくのだった。






       ※       ※       ※







「いや~、やっぱり親父強いわ。今日こそは!って思ったんだけどな」

「ふん!まだまだ甘かったな!」


時刻は四時を過ぎ夕日があたりを照らすころ、帰りの車で親子二人でそんな会話をしていた。激しい戦闘で怪我をした凛の身体には所々に包帯を巻いており、紅蓮も同じように腕にだけ包帯を巻いていた。住宅街に入り、家へとついた二人は車から降りて家の中へと入っていく。


「「ただいまー」」


二人は同時にそう言ってお互いに靴を脱ぎそろえると、リビングへと向かう。


「母さん、アリス。いまもどっ―――」


二人がそこを見ると、


「キャぁぁぁーーーーー!かわいいわ!かわいいわよアリスちゃん!」


そこには、黒のゴスロリを着るアリスの姿があった。


「「……………………」」

「あら、二人ともおかえり~。アリスちゃん、この服装よく似合ってるでしょう?」

「うん…いや、似合ってるけども」


凛は困惑しつつ思ったことを述べた。

実は、アリスは起きて朝ごはんを食べてから、今に至るまでずっと秋桜の着せ替え人形にされていた。かわいいモノと小さいモノにはとことん目がない秋桜なのだ。


「あ、夜ご飯はもうすぐ作るから、待っててね~」

「お、おう…」

「わかったよ…」


最初に凛が、次に紅蓮が困惑しながらそう反応を示し、リビングから出ていく。


「アリス、一応オレと同い年なんだけどな……」

「え、そうなのか!?すっかり俺は十二歳にもいってないのかと……」

「まあ、無理もないよな。あの見た目だし」


アリスは異世界でもよく子供と間違われ、色々な人達を血祭りにあげてきた。それは凛の記憶にもよく残っている。


「さて、時間もあるみたいだし……少し見せたいものがあるから着替えたら俺の部屋に来てくれ」

「?分かった」


理由はわからないが、ひとまず頷く。父の部屋へと行くことになった凛は着替えを終えて一階の紅蓮の部屋へと向かう。入ると、大きなベットに小さなソファーが置かれ周りには本棚が設置されている、変わらない父の部屋だった。


因みに、この紅蓮の部屋の奥にはもう一つ扉がありそこが秋桜の部屋である。夜は未だ一緒のベッドで寝る仲良し夫婦である。


「凛、少し見てろ」


入って来るや否や、そう言って本棚の一部を押し込む。すると、カチッと音が鳴り本棚と本棚の間がスライドして、地下へと通じる階段が姿を現した。


「――――――――」

「こっちだ」


開いた口が未だ塞がらない凛をよそに紅蓮はついてくるように指示し、その階段を下っていく。しばらくして、階段を降り切るとそこには、


「なんだこれ……」

「ここは、特別に作った所でな俺がよく一人でトレーニングするときによく使うんだよ」


一面が銀色の金属で覆われた目にしたこともなかった場所だった。すぐ横のテーブルにはデスクトップPCあり、他にも様々な機械類がそこにはあった。男の本能か、そう言ったものには割と目がない凛はつい見入ってしまっていた。


すると、紅蓮がとあるドアの前で凛を手招きし、彼は父の方に駆け寄るとそのドアを開いて共に中へと足を踏み入れる。電気がつけられ、凛の目に見えたその全貌はモノの一つもないただの部屋であった。


「……ここって?」

「トレーニングルームだ。トレーニングはいつもここでやっいるんだ………さてと、凛」


簡単に部屋の説明をした紅蓮は唐突に放つ空気をガラッと変えた。その変貌ぶりに驚く凛であったがそんな暇もなく、彼に紅蓮は言った。


「そこに正座」

「え、えっと?」

「正座なさい」

「は、はい」


一度聞き返したがその紅蓮の迫力に彼は押され、言うことを聞かざるを得ず膝を折って正座をした。すると、次の瞬間容赦もない拳骨が紅蓮から飛び出し、それは凛の脳天に見事に炸裂した。


「いったっ!」

「お前、なんで

「えっ……」


まさかバレていたとは知らず、凛はその図星を付いた言葉に黙ってしまった。それからすぐ、凛は口を開くがそれは決して弁解ではなかった。


「なんでわかったんだ?」

「あの基本しか使わないような戦闘の仕方に加えて、力をただ装備しただけの様な弱者を絵にかいたようなその動き。間違いなく演技だった。俺の目は誤魔化せないぞ」

「……流石わが親父……」


全てを見破られた凛は何も言えなかった。

しかし、そうやって演技したのにはちゃんと理由があった。


「お前なぁ、別に他の奴らが見てるからって俺の最高指揮官としてのその尊厳をわざわざ守ろうと手を抜かなくても良かったんだぞ?」

「……申し訳ないです」

「ったく、俺に似てたまに気を遣うよな、お前」


父のその言葉についツッコミたいところではあるが、どうしても申し訳なさが強くそれが言い出せない凛である、それを見た紅蓮は笑って見せる彼の肩に手を置いて言った。


「そんなに申し訳ないと思っているんなら。今、もう一回戦て見せろ」

「えっ?」

「そのためにここに連れてきたんだ。お前、その傷本当は痛くもないんだろ?俺も傷が癒えてきたところだから問題ないしな」

「……おう、いいぜ」


父も満足はしていなかったが、実のところ凛本人も全力で戦えなかったことに少し満足のいっていなかったところはある。今度こそ、ちゃんと“ケンカ”ができると彼の心は興奮状態だ。


「今度こそ、本気でいいんだよな!」


凛は立ち上がり先ほどとは全く違うその空気を出しながら、笑みを浮かべて構えた。


「ああ!今度こそ!正々堂々と“ケンカ”しようじゃないか!」

「ああ!」


紅蓮は構えると自身の身体に赤い煉獄を纏わせて最初から超本気モードである。

刹那、二人の拳が交じり合った。


この勝負の結果は、他に知る者はいない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る