第3話 四年後の異能世界

朝日の光が部屋のカーテンの隙間から差し込み、そんな眩しい日光が凛の目元を照らし彼に朝の訪れを知らせていた。一度その眩しい光に閉ざした目を更にギュッとつむるが、光から自身の目を庇うように腕を持ってきてそれを遮りゆっくりと目を開けた。


「……眩しい……」


ふと、隣から聞こえた声にその方を向くとそこには寝息を立てるアリスがいた。そこで、そういえば昨日は一緒に寝たのだったと凛は思い出した。


「……今回限りで勘弁してほしい……」


心の声を漏らしつつ彼女を起こさないようにベッドから抜け出し、掛け布団をかけてやると部屋のドアを開け外に出て自室のある二階から階段で一階へと降りていく。寝ぐせの目立つ黒髪を掻きながら、口を大きく開けて欠伸をしていると一階からの香ってきた香ばしい匂いが凛の鼻孔をくすぐった。


一階へと降りリビングに入ると、そこには外出用の服に着替えた父の紅蓮と丁度テーブルにできた料理品を並べる母の秋桜の姿が目に入った。


「あら、おはよう凛。ちょうど朝ごはんで来たわよ~」

「早く顔を洗ってこい。顔、眠たそうだぞ」


紅蓮にそう言われた凛は洗面所へと向かうと目を覚ますために冷水で顔を洗い、タオルでそれを拭うと鏡で自分の顔を見てちゃんと起きたことを確認してリビングに向かった。テーブル椅子に座ると翔司家三人は共に手を合わせて言った。


「「「いただきます」」」


合掌を終え、箸を手にした三人は一斉に朝ご飯を食べ始めた。因みに今日のご飯は特産の米で炊いたご飯と魚、それに味噌汁とごく普通の家庭的なモノだった。


「アリスちゃんは?」

「まだ寝てる……と思う。ここに来ないのもそれが理由だろうし」


危なげなく、凛はアリスと一緒に寝たことを明かすところだった。もしそんなことがばれたら、紅蓮に「うらやまけしからん!」だとか秋桜に「あらあら~」とか言われるかもしれない。


めんどくさいことになることはしっかりと回避する凛であった。


「そういえば、ずっと思ってたんだけど。母さん、いつも朝ごはんできるのオレが起きるのと丁度だったよな。なんでわかるの?」

「ああ~それは、母の勘ってやつよ~」

「母が新たな異能が目覚めてた……」


でも逆に母親って凄いと彼は思うのだった。


「というか、親父はなんで外出服に着替えてんだよ。休日だからオレに色々教えてくれるんじゃなかったの」

「しょうがないだろ。職場に用で電話したら急遽仕事が入ったんだもん」

「だもんて……てか親父、警察官だろ?そんなラフな格好でいいのか?」

「ああー……そのことについても、移動の時に話す」

「移動?何オレも付いてくの?」


それに頷く紅蓮に凛は、まあ久々の自分の世界だしドライブ気分で行くのも悪くはないと、残りの一品の味噌汁を口の中に全部流し込みごちそうさまと手を合わせるのだった。






       ※       ※       ※






父と共に家の車庫に向かうと、そこには有名な車メーカーのセダン車が止まっていた。


「……あれ、うちの車こんなお高そうな車でしたっけ?」

「早く乗れー」


独り言を残して運転席の父の隣の助手席に彼は座ると、紅蓮はエンジンをかけて家から車道に出た。そのまま運転を続け住宅街から出ると大通りに出た。凛は黄昏る様に窓の外の建物をぼーっと眺めていた。そんな様子の息子に紅蓮は訊いた。


「やっぱり、まだ帰ってきた実感はないか?」

「……いや、実感はある。でも、まだ信じられないっていうか……異世界で過ごした一年は、凄い濃いモノだったからな…」

「なるほどな……」


ハンドルを右に回し一度曲がると、それを片手に紅蓮は先ほどまでとは全く別の質問をした、


「凛。今、見る風景を見て何か思うことはないか?」

「ん?なんだよ藪から棒に」


と、言いつつも父の言うことの意味も分からず外を眺める。至って今までとは変わっていない情景な気がするが、しかし何故だかほんの少し違和感を覚えた。


「第一印象は何も変わらない。でもなんだか………違和感は感じる」

「ま、それが普通だ。違和感を感じただけお前の感覚は凄いぞ……俺から説明させてもらうとだな、実は外見は変わっていないがその使っている材質は違う。今の建築物に使われているのは全て、従来のモノより遥かに強度も硬度も高い」

「へー……え?それだけ?話下手過ぎません?」

「こら話を最後まで聞け。そもそも、なんでその材質のモノを使うようになったのかっていうとな、それは――――――」







――――――戦闘が頻繁になったからだ。






彼はそう言った。

そもそも、この世界は異能世界。勿論、憲法が定められているとは言ってもその自由度はかなり高い。故に、それを悪用する者もいる。必然的なことだ。とは言っても、その者の例を挙げればどこにでもいるような増殖型の不良だったり、暴走族だったりで、凛がこの世界にいる頃はそう大きな問題にはならなかった。


だが、今はそうではないことを紅蓮は説明し始めた。


「そもそものことの始まりはお前が居なくなってから一年後に起こった大事件が原因だ」


それの名を「717の悲劇」。

七月十七日、朝日が昇り始めた頃にそれは起こった。

凛たちの住む街とは遠く離れたとある街に突如として謎の異能軍団が攻め込み、街を蹂躙した。


死亡者は数知れず、重軽傷者もまた同じく。


そのむごさと残酷さから、それはいつしか悲劇と呼ばれるようになったのだ。


「それからというもの、その者たちを真似したのか、はたまた憧憬を抱いたのか。世界中で一気に異能による事件やら、組織やらが爆発的に増加したんだ」

「――――――」


凛はただ唖然としていた。

まさか、自分がいない間にそんなことが起こっていようとは―――――

次々と明かされるこの世界の今の事情に頭をなんとか追いつかせながら、父の話に尚耳を傾けていた。


「そんなこの世界の情勢に対処するために、新たにその街を脅かす奴らを食い止める組織が作られたんだ。今、オレはその組織に入ってる」


実はその組織を作る上で、警察官や自衛隊といった職業の中で異能も含めた実績と実力を持っているものは、強制ではないができる限りその組織に入ることが呼びかけられていた。それに紅蓮は答え、その組織に入ったのだ。


「そして、敵と戦う上で、恐らく激しくなるだろうということで進化した技術で作られた材質の建物を作り事前に被害を防ぐことが義務づけられた。建物の材質が変わった大まかにはこれが原因だ」

「………少し待ってくれ…」


頭を追いつかせながら話を聞いていた、がしかし追いつかせても追いつかせて話の整理をさせるには幾分の時間は不可欠であった。そして頭を整理させること約三分。


「ふう……」

「やっと整理がついたか?」

「ああ………正直こんなことが起こってるとは思わなかった」

「俺も信じられないさ。だが、敵と戦うたびにそれをよく実感するんだ」


赤信号で車を一時停止させた紅蓮は、家から持ってきた炭酸水の入ったペットボトルを開けそれを口に流し込みボトルを締めると、改めて喋り始めた。


「今の学園じゃ、異能を成長させることの趣旨も少し変わりつつあるし、しかも戦闘の訓練まで入るようになった。世界は本格的に戦闘に力の入れた時世だな」

「……そうか…」


それからしばらく、間ができる。

少々重い話を長くし過ぎたからか、空気が実に重い。

それを察して紅蓮は少し元気のよい声で言った。


「ま、まあ!安心しろ!お前のことは俺が守ってやるからな!」

「………それはいらねえよ」

「えー!なんだよお前!せっかくツンデレの俺が久々にデレてやったのに!?」

「親父のどこがツンデレなんだよ!……守られる必要はねえよ。だって今のオレは親父より強いからな」


そう言って凛は紅蓮に不敵な笑みを見せつけた。それを横から見た紅蓮は、同じ様に笑みを浮かべた。


「よく言うものだな。父より勝っている子など存在しないのだよ!」

「いいや存在するね、このオレという存在がいるからな!」


先ほどの話が、決して凛の頭から離れたわけではない。だが、今はこの父との楽しい時間を満喫することを決め、それは紅蓮も同じだった。しばらくして、車を走らせること約一時間半。


「な、なんだあの建物……」

「すごいだろう!世界を脅かす敵に対抗するべく作られた組織、“アルヴァン”の本部だ!」


車の窓から身を乗り出してしまいたくなるほどのその建物の大きさは、未だに一キロ近い距離があるというのに、その建物の姿が見えてしまう程。四角柱の形をした黒いその建物は周りに並ぶ高層マンションを優に超すとんでもないものだった。


しばらくして、その建物の目の前にまで移動してきた。

上を見上げてもその頂上は見えず、より一層その大きさに驚愕する。


“アルヴァン”が本部の地下へと通じられた専用の道を通り、その道を抜けるとそこには広い駐車場があった。そこの空いている場所に車を止めエンジンを切ると、紅蓮と凛は共に車から外へと出た。


「こっちだ」


紅蓮の誘導の元、地下の駐車場にあるエレベータに乗り上へと上がっていく。その際、


「そういえばさ、結局なんでオレをここに連れてきたんだよ」

「そういえば説明してなかったな。実はこの“アルヴァン”の奴らには行方不明になった凛の捜索を行って貰っててな。見つかったわけだから、その捜索を取りやめる理由として、しっかりと本人がこの場所に来る方がいいと思ってな」

「ここに来る理由がオレには無駄骨過ぎる上に、オレの捜索までしてくれてるこの組織に感謝しかない……」

「はっはっは!そうだ、ちゃんとみんなにお礼は言うんだぞ。それと、ここに来たことはきっとなんかじゃないぞ」

「?まあいいけど…」


どういう意味かはおいおい知ることになるだろうからと深く追求することはなかった。


「というか、このエレベータ。いつになったらたどり着くんだ?」

「ああ。最上階だからしょうがない。一度、この組織のお偉いさんにあいさつする必要があるから」

「なるほど」


組織で一番偉い人だというのなら確かに最上階に部屋があるのも、凛は納得がいっていた。エレベータから見える景色を見ながら数分もすると先ほどまで物凄いスピードで上がっていたエレベータがゆっくりと止まった。ドアが開くと、その目の前に大きな扉がありそこには「最高指揮官室」と書かれた板が張ってあった。


「さて……と」

「…ちょ、おい?」


気でも迷ったのか、最もこの組織での威厳を持つ人物の部屋の扉をノックすることもなく、豪快に扉を開いた紅蓮に戸惑いを見せる息子の凛。父の後を追って中に入ると、大部屋の窓側には大きな机といすが並んでおりまた部屋の周りは資料らしきもので一杯だった。


しかし、一つ気になることが。


最高指揮官であろうその人が、部屋の椅子にいなかったのだ。


「あれ、いない……今席でも外してるのか―――」

「なーに言ってんだよ。にいるぞ。最高指揮官がな」

「は?何を言って―――」


本棚を見回していた凛が紅蓮の言葉に反応し窓側に目を向けると、いつ着替えたのかスーツに似た黒を基調とした服を着てその上に黒いコートを着た紅蓮が大きなその椅子に座っていた。


「改めまして、俺がこの“アルヴァン”の最高指揮官。翔司紅蓮だ」

「―――――――」


嘘やん。

心でそうつぶやいた。

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