5章第4話

「おれだ。ダンテだ。捕まえてきたぞ」


 イタクァと名乗った、背の高い女の姿をしたやつに宿った状態のまま、おれはリオンと会話をする。


「で、こいつは何なんだ。ハスターの眷属のイタクァだと名乗っていたが。分かるか?」

「ああ。イタクァというのは、“古きものども”と名乗る連中のひとりだ」


 イタクァの身体を乗っ取っているので、その記憶を読みだせる。で、古きものどもとは何かということだが。


「かつて宇宙を支配する存在であった、恐るべき邪神の一群。今は封印され力を失っているが、その真なる力が解放されれば地球の文明などひとたまりもない……恐ろしい話だな」


 おれがイタクァの口でそう呟くと、リオンは半眼になった。白けているらしい。どうしたんだ。


「……それなんだがな」


 あまり語りたくない、という感じの雰囲気を漂わせつつ、リオンは説明する。


「そいつらは、古きものどもと自称してはいるが……実は違う。生まれてまだ百年になるかならないかくらいの、ひよっこのような妖魔の群れだよ」


 ええ?


「20世紀の初頭に、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトという売れない怪奇小説作家がいてな。そいつが、古きものどもと呼ばれる一群の怪物を創出した。ラヴクラフトは生前特に有名にもなれぬまま死んだが、その後、その作品群が再発見されてな。面白がって設定が付け加えられたりなんだりして、やがてそれは一つの『神話』となった」


 ふむ。


「神話のあるところ、神もまたある。そもそも、神や魔というのはそういうものだからな。そういうわけで、人間たちが共同の幻想を持ち、信仰の力を発するところとなったがために、その“古きものども”は本当に地上に出現するようになった。これが今から数十年前のことだ。魔界ではとんだ騒ぎになった。せっかく我々が人間界と折り合いをつけ、あまり相互干渉が起こらないようにして魔界という世界に暮らしているのに、そいつらは地上つまりアッシャー界に忽然と現れ、暴れまわるようになったからな」


 へぇ。


「それで、一部の者たちは本当に魔界の奥底に封印された。地上に残っている残党は、よほど巧緻に長けた立ち回りのうまいやつと、そこらへんの野良妖怪と変わらない程度の力しかないから見過ごされているやつだけだ。で、そのイタクァは、たぶん後者だ」


 道理であっけなくおれの憑依能力の支配下に置けたわけだ。


「で、どうする、こいつ。害がないなら逃がしてやるか?」

「害がないと言ってもそれは魔界の魔王クラスの立場から見ればそうだというだけで、このイタクァはたまに人間を宇宙に攫って行って眷属に加えて、二度と地球に戻れないようにしてしまったりはするぞ。どうするかは、お前が決めろ」


 む。




【ハスター】クトゥルフ神話


 クトゥルフ神話に登場する、古きものどもの一柱。クトゥルフ神話において風の神性を持つものたちの首領格とされており、「邪悪の皇太子」「名状し難きもの」などの異名を持つ。その真の姿は謎に包まれているが、黄衣の王と呼ばれる人間形態の化身があると言われる。

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