3章第6話

(喚いている場合か)

「草薙!? 居たのか!」


 何処かと思えば、ソファの下に隠されていたというか、無造作に突っ込んであった。リオンがやったんだろうか。しかしよくこんなんで見つからなかったな。


「リオンは」

(天狗が来てさらって行った。天狗というのは)

天魔雄あまのさくか」

(よく知ってるな)

「スサノオに聞いた」

(あいつも来ていたのか……リオンは貴船神社だ。ここからだと山一つ越えた先にある)

「神社……何でそんなところに」

(貴船神社の祭神は、高龗神たかおかみのかみという女神でな。主から見ると、大御神より上の姉に当たる。つまり身内だ」


 親戚だらけだな、あいつ。って、そんな話をしている場合じゃないが。


「追うぞ」

(勇敢なことだな)

「冷やかすな。急ぐぞ!」

(そうまで慌てることはない。向こうが殺すつもりならとっくに殺されているし、そうでないなら無事であろう。その前に。魔方陣は完成している。ティーウを召喚しろ)

「あ、そうか」


 処女の生き血とやらは既に注がれているわけで、魔方陣は淡い燐光を放っていた。すぐにでもべる状態にあるというのが分かる。


「天空神ティーウよ。我が呼びかけに応え、その姿を現せ!」


 そう呼ばわると、部屋の中だというのに一筋の稲光がどこからか魔方陣目掛けて落ち、そしてその光が晴れるとそこには、“蛮族”を絵に描いたような大男がいた。赤ら顔に、斜めに刻まれた深い切り傷。そして右腕が無く、左手には奇妙な文字が刻まれた大剣を持っていた。


「なんだァ……おめぇは。おれっちをティーウと知っての召喚か……ヒック」


 酔ってるらしい。こんなのが元は最高神だったのか、北欧神話。


「ダンタリオンを知っているな」

「ああ、古い付き合いだァ……そういうお前は何だ?……魔術師? とも思えねえな」

「説明している暇はない。スサノオを倒す。協力してくれ」

「なんだと。あいつと戦うのか。だったら、協力しないわけにはいかねェな……ヒック。このティーウ、汝に従うと誓おう」


 ティーウがそう言うと、魔法陣がすうっと薄れ、まもなく綺麗さっぱり消えてなくなった。ロウソクも。なるほど、これなら旅館の人に怒られなくて済む。そんなこと考えてる場合じゃないが。


「しっかしおめェ、そのなまっちろい身体で、スサノオと戦おうってのか? 無茶だぜ」

「無茶は承知だ」


 おれは草薙の上に飛び乗った。


「飛べ、草薙!」


 草薙剣が、おれの身体を乗せたままふわりと浮き上がる。


「ティーウ、ついてこれるか? 外は嵐だが」

「なめるんじゃねェ、小僧……これでもこちとら、堕ちたりと言えど天空神だぜ」

「なら、往くぞ!」


 おれたちは嵐の中を飛翔した。さほどの時間もかからず、貴船神社だと思しき場所の上空に到達する。そこは奇妙な霊気に満ちていて、まあ嵐のせいもあるだろうが人間の姿は見えなかった。


(人払いの結界だな。スサノオらはすぐ近くだ)


 果たして、地上に降りるとそこにはリオンとスサノオ、そして見たことの無い奴だが明らかに天狗だ、その三人がいた。そして、どんな力の為せる業なのか、そこだけは雨が降っていなかった。地面が乾いている。


「リオン! 無事か!」


 緊張の面持ちではあるが、リオンがかすかに頷く。詳しく確認はできないが、ぱっと見た限りでは怪我なども無さそうだ。一方、向こうの側で口火を切ったのは天狗だった。


「来たか。この娘は……いや、正体を知っていて娘などと言うのも白々しいがともかく姿は娘だからな、草薙と交換――」


 そのときだった。畏るべきものだとおれにでも分かるほどの量の神威が、場を覆った。その神威の主は、草薙だった。


(お黙りなさい天魔雄。そしてスサちゃん、おイタが過ぎますわよ。正体は何であれ、か弱い乙女の姿の分霊わけみたまに手を出すなど)


 す、スサちゃん? 主とか言ってなかったか?


「く、草薙が……喋った……?」


 驚いて言葉を発したのは、スサノオだった。


「え? 草薙って喋る剣なんじゃないの?」

「なんだ、そりゃあ。寝言は寝て言いやがれ、そんな筈があるか」


 え? え?




【タカオカミノカミ】日本神話


 国産みの神話において、イザナギがヒノカグツチを斬り殺した際に生まれたとされる龍神。水や雨を司り、日本各地で広く信仰されている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る