3章第5話
おれが目を覚ますと、リオンは既に自分の布団を脇に避けていて、旅館の和室の畳の上にペンキで魔方陣を描いていた。ちなみに外は、物凄い暴風雨のようだ。台風5号のお通りである。
「そんなことして後で怒られないのか? バレたら出禁ものだぞ」
「魔方陣というものは使い終われば綺麗さっぱり消えるのだ。だから問題はない」
「便利なもんだな。何か手伝おうか」
「いらん。邪魔だから風呂にでも入ってこい」
「へいへいっと」
朝風呂を浴びに行く。露天風呂には「本日荒天の為ご利用頂けません」との立て札が立てられていたが、もちろん大浴場には内風呂もある。おれはのんびりとくつろぎ、サウナでさっぱりと汗を流し、水風呂を決め、朝食の時間になったのを見計らって部屋に戻る。リオンはまだ魔方陣と格闘していた。
「朝飯の時間だぞー」
なお、夕食は部屋で取っているが朝食用にはそれとは別の食事用の個室がある。今日は台風で閉じ込められているので、宿泊とは別に注文した昼食もそこで取る予定だ。
「……手が離せない。一人で行ってこい」
「そういうわけにいくか。お前の身体は人間と変わらんのだろうが。朝飯は健康の秘訣だ」
「あ、こら!」
おれはリオンの首根っこを掴んでずるずると引っ張り、そのまま部屋の出口まで連れて行った。で、朝食。
「むぐむぐむぐむぐはぐはぐはぐはぐ」
急いでいるのは分かるが、もうちょっと落ち着いて食えよ。
「はぐはぐはぐはぐむぐむぐむぐむぐ」
「お前な。喉に詰まっても知らんぞ」
「ごっきゅごっきゅごっきゅごっきゅ」
冷ましてもいない茶を一息に飲み干し、リオンはそそくさと部屋に戻っていった。おれはゆっくり飯を食い、だいぶ遅れて部屋に戻ったが、リオンはまだ魔方陣を作り続けていて、また邪魔にされるのでしばらくロビーで新聞など読んで時間を潰した後、気が向いた頃に温泉に舞い戻る。
内風呂には誰もいなかった。おれ一人か、と思ったが、なんとこの嵐の中、露天風呂に浸かっている奴がいた。頭がどうかしているのだろうか、と思って、よく観察すると。そいつは振り向いて、
「よォ。昨日ぶりだな?」
大雨の中、露天風呂の中にいたのはスサノオだった。
「お前……!」
草薙は確か三日は保たないとか言ってたが、それにしてももう捕捉されたのか。その草薙はもちろん部屋にある。もっとも、あれがあったからといってダンテの身体で正面からやり合って勝てるとも思えんが。
「まァ、お前も入れ。風呂場で命の遣り取りをするほど、俺も無粋じゃあねェ」
「……」
「入れ」
圧力に負け、仕方がないから大雨の中外に出て、風呂に浸かった。当たり前だがぬるいし、身体に猛烈な勢いで雨粒がぶつかって痛みすら感じる。スサノオは平気な顔をしているが。
「……どうしてここが分かった」
「鞍馬山には身内がいてな」
「身内?」
「お前らが天狗と呼んでいるものだ。あれは本当の名を
それは知らなかった。
「草薙を取り返しに来たのか」
「当たり前だ。それからお前をブチ殺す」
「それは困るな。まだ消えるわけにはいかないんだ」
「なんだ、それは。というか、結局お前は何者なんだ」
「……自分でも分からない。リオンには、それを探す手伝いをしてもらっている」
「ケッ。何だか知らんが、けったくその悪ィ」
「それよりお前。何故、こんなところでのんびりと湯に浸かっている?」
「簡単なことよ」
スサノオは、改めて凶悪な形相の笑みを浮かべ、言った。
「お前らの部屋には、俺の連れが先に行っているからな」
「! お前……!」
おれはヤバいと知りつつスサノオに背を向けて、露天風呂から飛び出して走り出した。体を拭いている暇もない、浴衣だけ羽織って飛び出す。部屋に飛び込む。
「リオン!」
おれがそこで見たものは、もぬけの空になった客室と開け放たれた大窓、どうやら完成しているらしい魔方陣、そしてその上を横切るように畳を汚している一筋の鮮血だった。
おれは言葉にならない絶叫を上げた。
【天魔雄】妖怪
江戸時代に記された『和漢三才図会』という書物によると、あるときスサノオが体内から吐き出した猛気が
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