2章第5話
「
「何が」
「八坂神社の祭神は、スサノオを筆頭に十三柱に及ぶが……そのうちの誰かが、今ここにいるということだ」
「神様ってそんな気やすく顕現していいものなの?」
「我々悪魔が地上に出るとき主に“地獄”を経由するように、かれらは自らを祀る寺社仏閣を媒介に地上に顕現するのが最も一般的だ」
「寺社仏閣ならもう既に何か所も詣でてきたような気がするが」
「ここに、何か“居る”理由があるのだろうな。用も意味もないのにわざわざ地上に起居する神は稀だ」
「まさか……魔界からの、おれに対する追っ手か?」
悪魔などは“魔界”という呼称を好んで用いるが、より広範には
「分からん。その可能性は低いとは思うが……まあいい。ここでじっとしていても始まらん。境内を回るぞ」
例によってリオンの観光ガイドが始まった。八坂神社の由緒などを聞かされるが、お互いうわの空だ。緊張感に包まれている。明らかに、何者かが、境内に入った当初からずっと、こちらの動静を伺い続けている。
広い神社だが、広いといっても神社だ。いつまでも同じところをぐるぐる回っているわけにもいかない。入ってきたのとは別の、隣にある大きな公園に通じる道に足を踏み入れた、その時だった。
「よぉ」
後ろから、声をかけられた。
「他所様の神域に足を踏み入れておいて、挨拶もなしかい?
上半身裸、片手に大剣を携え、一目で“古代の武人”と分かる姿の男、いや男神がそこにいた。明らかに人間ではない。
「二礼二拍手一礼。神社じゃそれが作法だぜ」
「……それは失礼した。いなや、久しいな
「スサノオ? こいつが?」
リオンは返事をしなかった。その身体は震えている。怯えているのだ。
「白々しいことを抜かすんじゃねえ、毛唐。今度の悪巧みは、そうか、またてめえの仕業だったか……!」
「今度の悪巧み? 何のことだ?」
「しらばっくれてくれるなよ」
もしかしておれの逃亡を手助けした一件のことを言ってるのだろうか。でもそれにしてはなんか話が変だな、と思っていると。
「わが姉上に手を出した罪、万死に値する。滅せよ、
スサノオが纏っていた闘気が、剣が纏っていた神気が、一瞬でぎらつくような殺気へと変じる。イシュタムのそれなんぞとは比べ物にもならなかった。こいつは……強い。桁外れだ。そんなに大勢神や悪魔を知っているわけじゃないが、それでもそれが分かった。そして、何か気になることを喋ってはいたが、これ以上会話を続ける余裕はもはやない。こいつ、さっきからおれには目もくれていないからそうだろうとは思っていたが、狙ったのはリオンだった。その動きが予測はできたから、かろうじて、ギリギリだが対処はできた。つまり。
ドカッ!
「わあ!?」
おれは思いっきりリオンを蹴飛ばした。小さなその身体が思いっきりつんのめって、転ぶ。そして一瞬の差で、リオンのいた空間をスサノオの剣が
「何だ、テメェは。そこの毛唐の
のんきに解説している場合ではないが中間とか小物とか言うのは従者という意味である。スサノオはおれと会話をする意志があるわけではない。殺気がこちらを向く。次の瞬間には、おれの首のあった空間に刃が奔った。ダンテの肉体に備わった反射神経だけでかろうじて対応しているが、しかしこちらにはほぼ反撃手段がない。武器もないし、また仮に剣や或いは鉄砲があっても勝ち目はないだろう。
「待て! 話を——」
聞いてくれ、と言う余裕すらなく次の斬撃が飛んでくる。躱しきれなかった。斬られた。
その瞬間だった。おれには分かった。スサノオが草薙と呼んでいるこの剣は、自らの意思を持った剣だ。この剣自体が、神や悪魔の眷属なのだ。ということはつまり。ダンテの脳みそをフル回転させて、おれは窮余の一策を考える。
「スサノオ!」
「気やすく呼ぶんじゃねえ」
「上段から来い! 真剣白刃取りを見せてやる!」
「は?」
毒気が抜けすらしなかったが、しかしその顔には怒気が浮かぶ。
「舐めるな。死ね」
一か八かだったが、確かに上段から剣閃が来た。真剣白刃取りなどという技は、物語の中だけの虚構である。現実には、速度と重量の載った刀剣の斬撃を手のひらだけで受けることなど絶対に無理だ。頭から断ち割られて終わる。ただの人間ならば。だが、おれはそうではない。
「憑依ッ!」
草薙が腕ごとおれを断ち切ろうとしたまさにその瞬間、おれは草薙剣の“意識”を乗っ取ることに成功した。結果的には、スサノオの側から見れば、白刃取りが成功したように見えるかもしれない。しかしそうではない。おれは、剣の中に意識を没入させる。そして、その秘められた神力を解放した。
「ぐあっ!?」
具体的に何をやったかと言えば、神通力でスサノオの身体を弾き飛ばし、ダンテの手に収まったのだ。しかしおれの意識は、まだ剣の中にある。この剣自体の意識が、おれの意識の動きに対して抵抗し、そしておれの意志の力を上回れば、おれは追い出される。つまりおれの能力は、上位者相手には通じない。仮にスサノオの身体の何処かに触って、スサノオ本人の神威を相手の意志に逆らって丸ごと乗っ取ろうとしてもそれは無理だろう。
結果としては、弾き出されたりすることはなかった。剣が持つ数々の神通力に関する知識が、おれの意識の中に流れ込んでくる。恐ろしい剣だった。だが今必要なのは、この場から逃げるための能力だ。そういう力もあった。この剣は、空を飛べるのだ。
具体的にどういう風に発動する能力なのか、認識している暇はなかった。ダンテの身体がリオンの胴を脇に抱え、片手に持たれた草薙が能力を発動する。
「ぎゃあああああああああああああああああ!」
蹴っ飛ばされてひっくり返ってからようやく我に返った途端に、ジェット噴射みたいな勢いでかっとんでいく剣に引っ張られて空を飛んでいく羽目になったリオンの、色気のない悲鳴が響き渡る。
スサノオが追ってきているのかどうか、おれには確かめるすべもなかった。適当なところで降りる。そして、草薙からダンテの身体へと意識を戻す。この剣このまま盗んでいったらスサノオに追跡されるだろうし、いらぬ余計な恨みも買うだろうからここに置いていくつもりだったのだが、そうしようとすると、頭の中で声がした。
(待て)
「わっ」
草薙の声らしかった。
(事情を説明する故、一時我を持ってゆけ。大丈夫だ、わが主に対し気配を遮断することが我にはできる)
随分と主体的にものを考えて行動する剣だなあ、とおれは緊張の糸が切れるのを感じつつ思った。
【草薙剣】日本神話
古事記・日本書紀などに登場する神剣。スサノオがヤマタノオロチを退治してこの剣を入手したとき、オロチの居た場所には雲がかかっていたため、はじめ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます