2章第4話

「というわけで、ここが有名な清水の舞台だ」

「そうですか」

「現在の清水寺本堂は寛永十年、徳川家光の時代に建造されたもので、国宝に指定されており、また1994年にはユネスコの世界遺産に——」


 知識を司る魔王はいいが、これでは観光ガイドと変わらんな。


「清水の舞台から飛び降りるという言い回しは、現在でこそただの慣用表現だが、明治期に禁止される以前、特に江戸時代には実際に願掛けのために飛び降りる人間があとを断たず——」

「ふぅん。願掛けになるのか」

「無傷で着地できたら願いが叶うという迷信があったのだ。大勢死んだが」

「じゃあ一つ、おれも飛び降りてみるか」

「禁止だぞ」

「生身では、だろ」


 おれはダンテの肉体から抜け出し、久々に意識だけの状態になった。そこからさらに、一番初めにイシュタムのところで憑依した、マヤの生贄の霊体の姿になる。実はいつでもこの姿に移行することはできるのだ。ちなみにダンテの肉体の方は、ある程度の自律行動ができるので、卒倒して転がったりはしない。


「というわけで、ひょいっと」

「あーあー……そんなのありか」


 適当な場所に着地したおれは、その辺にいたハトに向けて手を伸ばす。こちらは霊体だから警戒されるようなことはない。おれの憑依能力には、いくつかの発動条件がある。その一つは、相手に直接触れるということだ。そうしておれはハトになった。くるっぽー。


 ばっさ ばっさ ばっさ ばっさ


 舞台の上まで飛んで戻ったおれは、呆れた顔をしているリオンの脇でぬぼーっと突っ立っているダンテの頭の上に着地する。そしてまた憑依。これで元の場所に帰ってきた。


「面白かったか?」

「特には」

「では、次に行くぞ。向こうにあるのが、弁慶の錫杖だ。重いが、持ち上げると願いが叶うぞ」

「またそれか」

「人は願いを叶えたがる生き物だからな」


 あとはごく普通に観光をして、適当なタイミングで出る。


「この産寧坂という参道は、古くは三年坂とも言ってな。ここで転ぶと三年以内に死ぬと言われている」

「三年か……」

「ただし、そこの土産物屋で売っている身代わり瓢箪を持っていると、転んでも大丈夫だ」

「商魂逞しいな」

「というわけで、買ってきた」

「いつの間に」

「持ってろ」


 瓢箪と言っても、ポケットに入るような大きさのミニチュアだった。


「ここ高台寺は、豊臣秀吉の正室であったおねの方の創建になるもので、秀吉の死後おねはここで静かに秀吉の菩提を——」

「ふーん」

「慶長二十年に夏の陣によって大坂城が炎上したとき、おねはここからその立ち上る炎を眺めたと言われ——」

「ふーん」

「で、こっちが某有名和風喫茶の高台寺店。本店では行列必至の大人気パフェが、ここではほとんど待ち時間なしで食べられるという穴場」

「ふーん」

「ふーん、じゃない。入るぞ」

「あ、はい」


 いい加減昼なので蕎麦など食して、しかるのち甘味を攻略する。もっともおれは茶しか頼まなかったから特に感想はないが、リオンはどでかい器に盛られた抹茶のパフェ(一番高いやつ)と格闘して満足そうであった。


「さて、そして高台寺からさらに歩くことしばし。ここが八坂神社」

「と言われましても」

「洛東を代表する大神社で、日本三大祭りの一つとして有名な祇園祭をやっているのもここだ。主祭神は」


 階段の下から見上げると、真っ赤でド派手な楼門が目に入る。


素戔嗚尊すさのをのみこと


 楼門をくぐって境内に入る。するとその途端、ぴいん、と空気が張り詰めるのがおれにも分かった。




【スサノオ】日本神話


 古事記・日本書紀に登場する荒ぶる神、また英雄神。イザナギの子であり、ともに生まれた太陽神アマテラス、月の神ツクヨミと並んで三貴子さんきしの一柱に数えられる。その神話はヤマタノオロチ退治譚を初めとする数多くのエピソードに彩られており、三種の神器として知られる草薙剣くさなぎのつるぎはスサノオがオロチの尾から取り出したものであったとされている。

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