2章/吹き荒ぶ嵐の神スサノオ

2章第1話

登場人物紹介


ダンテ:この物語の語り手。自分が何者であるのかを知らず、また誰も彼の正体を知らないが、性自認だけは当初から持っていて、男性である。他の存在に憑依し、その体を奪う能力を有している。魔王ダンタリオンから名前の半分を与えられ、現在はダンテと呼ばれている。


リオン:ダンテに名前の半分を与えた事で出現した、魔界の魔王ダンタリオンの分霊ぶんれい。有する知識のみはダンタリオンの時と変わらないが、リオンとしての身体は人間と変わらない少女のそれであり、またそれに伴ったシスジェンダー・ヘテロセクシャルの性自認と、身体相応の精神性を有している。



「次の方」

「うむ」

「パスポートを見せてください」

「これだ」

「入国目的は?」

「探求と究明」

「滞在期間は?」

「未定」

「宿泊先は?」

「未定」

「日本に来るのは初めてですか?」

「初めてではないが、百年ぶりくらいだな」

「職業は?」

「魔王」

「よろしい。そこのゲートをお通りください」

「うむ」

「次の方」

「はい」

「パスポートを見せてください」

「どうぞ」

「入国目的は?」

「観光です」

「滞在期間は?」

「未定です」

「宿泊先は?」

「未定です」

「日本に来るのは初めてですか?」

「分かりません」

「職業は?」

「分かりませんが多分無職です」

「よろしい。そこのゲートをお通りください」

「ありがとうございました」


 おれたちはそのゲート、というか“地獄の門”をくぐって魔界を出た。門の向こうは既に地球の日本という国であるらしいが、そこはもちろん空港の到着ロビーなんぞではなく、とある井戸の底である。井戸の壁面に沿ってタラップが打たれており、それを二人してよじ登る。


「さっきの古めかしい服装で似合わない質問してきたおっさん、何者だったんだ?」

「あれか。あれは小野篁おののたかむらと言ってな。閻魔大王の部下のひとりよ。昔から、日本と魔界との往来を司る役割を担っておる」

「昔というと」

「さて、千年にはなるか。あやつ自身がまだ生きた人間だった頃からだからな」


 井戸はそんなに深くはなかった。やがて地上に出る。なんだか、怪しげな場所だった。


「ここが日本?」

「そうだが、ここは寺と呼ばれる神域だ。このような場所が日本という国の標準だとは思わない方がいい」

「ふうん。で、これからどうする」

「知れたことよ。宿を取る」

「どうやって?」

「そんなことも知らんのか。予約はインターネットからしてもいいんだが、今日は急ぎだから直接電話をする」


 と言って、リオンは片手でスマートフォンを操作した。これもヴァプラのところで調達してきたらしい。


「百年ぶりという割には、手慣れているな」

「天地のことで余に知らぬことなどないからな」

「おれの正体は?」

「るーるーる~♪」

「まあ、それはいいとして。掛けないのか?」

「電話って、掛けるとき異様に緊張するな、と思っている。知っているからって、簡単にできるとは限らないな。また一つ余の知識が増えた」

「そうなのか。おれには分からん。使った記憶ないし」


 それでもこわごわとダイヤルをタップし、リオンはどこぞの宿に電話をかけた。


「あ、あああ睡雲閣さんですか? よ、予約をしたいのですが。今日これから、二名なんですが。え、ええ二食付きで」


 大丈夫なのか、この魔王。こんなんで。


「ふう。予約は取れたぞ」

「それは結構」


 睡雲閣なる旅館は京都の北、洛北とか言うらしいがそっちの方の、鞍馬温泉とかいう場所にあるらしい。というわけでそこに向かうことになる。


「ヘイ! タクシー!」


 近くの大きな通りまで出てタクシーを待ったのだが、こちらの人相風体が怪しすぎるせいか、なかなか止まってくれなかった。


「タクシー! タクシーってば!」


 リオンはしまいには涙目だった。




【小野篁】平安時代の公家


 その奇行から野狂ともあだ名された、9世紀に生きた日本の貴族。昼間日本の朝廷に仕えつつ、夜は閻魔大王の裁判の補佐をしていたという伝説が知られている。京都の六道珍皇寺ろくどうちんのうじには、彼が冥府と地上の往還に用いたと称せられる「黄泉がえりの井戸」なるものが今も現存している。

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