1章第3話
リオンに連れてこられた魔界の街なるものは、言うなれば地下街であった。ニュアンスとしては町というよりは商店街に近い。一体どういう用途があるのか人間の頭蓋骨にしか見えないものだけが山と積まれて売られていたりする。もっと分かりやすいテイクアウトフードの店などもあるが、うっかり注文などしてどんな得体の知れない食材が使われたものが出てくるか分からないから、大人しくしている。
「着いたぞ」
一軒の、カウンターを備えた店の前でリオンは立ち止まる。店番をしている怪物がこっちを見てウィンクした。見た目の割に愛嬌のあるやつだ。
「こいつはヴァプラ。余と同じ、ソロモン七十二柱の一柱だ。ヴァプラ、こっちはダンテ」
「半名を貸したのか。また珍しいことをしたもんだな、大公爵」
「今はリオンだ」
「はいはいよっと。それで、御用命は?」
リオンは商談を始めた。おれは口を挟める筋合いではなし、ほったらかしである。周りを見渡してあっちに行ったりこっちに行ったりしていたら、やがて、嫌な目を向けられる。
「そんな近くでちょろちょろするんじゃない。ほら、小遣いをやるから買い食いでもしていろ」
銀貨を数枚渡された。仕方ないから、道を忘れないようにして離れるが、おれが喰っても平気なようなもの、売ってるかなあ。知った顔の一つもあるでなし、事情も不案内だし……と思っていたら、忘れていた、知った顔を見つけてしまった。
イシュタムだった。
そりゃあ、考えてみればまだその辺にいても不思議ではなかった。クレープのようなものを食べながら、誰かと話をしている。
「あれ、イシュタムじゃないか。出不精のあんたが、街まで出てくるとは珍しいな」
「ちょっと、捕り物……いや用事があってね」
おれは逃げるべきか悩んだ。しかし、こちらは姿も何も変わっているのだからして、気付かれないかもしれない。その場合、下手に走って逃げたりする方が気取られてやばい。素知らぬふりで、歩みの歩調を変えず、そのまま脇を通り抜ける。どうでもいいが、イシュタムが喰ってるもの、クレープじゃなかった。トルティーヤだな。ほんとにどうでもいいけど。
「正体不明の何者かが、この魔界に入り込んだって? そりゃ、おエラ方はおかんむりだろうな。俺たち下級悪魔の知ったことじゃあないが」
「まあね。私も、これ以上追いかけまわそうって気があるわけじゃあないんだけど。だいたい、久しぶりに走ったりしたから足が疲れた……」
朗報を耳にした。
「ま、すぐ手配書が回るだろうから。もうわたしには関係ない」
そうでもなかった。大回りしてヴァプラの店に戻ったおれは、リオンに告げた。
「というわけで。とっとと魔界から逃げた方が良さそう、っていうか……これ以上巻き込んで、大丈夫なのか?」
「余にとって、好奇心は全てに優先されるものだ」
「そうか。感謝する、と言うべきなのかな」
「そなたが感謝しようがするまいが、望もうが拒否しようが、余は汝をおのが好奇心のままに追い掛け回す。そういうものだと思っておけ」
「そういうものか」
「そういうものだ」
そこで、ヴァプラがこほんと咳ばらいをする。
「あー、ダンテさんよ。リオンから聞いたが、自分が何なのか分からないんだってな。そこで一つ、このヴァプラ様から忠告がある」
「なんです」
「心の中に未来を描け。過去という迷信を捨てろ。未来の生を思えば、工夫し発明すべきことは無限にあるものだ」
「分かるような分からないような」
「要するに、過去なんて大して意味はない、自分がどう生きたいかが全てだってことさ」
「忠言、感謝します」
正直よく分からんが、とにかく礼だけは言ってみた。
「うむ」
そして、おれたちは魔界を発つ。
【ヴァプラ】キリスト教悪魔学
ソロモン七十二柱のうち序列第六十位にある魔王。階級は公爵。ライオンの身体にグリフォンの翼を持つが、その姿に反して手先が器用であり、また哲学にも通じている。
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