1章/知識を司る魔王ダンタリオン
1章第1話
登場人物紹介
「おれ」:この物語の語り手。自分が何者であるのかを知らず、また誰も彼の正体を知らないが、性自認だけは持っており、男性である。他の存在に憑依し、その体を奪う能力を有している。
イシュタム:魔界に住まう死神のひとり。突如として自らの領域に現れた正体不明の存在である「おれ」を敵視し、追跡している。
「貴様、余を大公爵ダンタリオンと知っての狼藉か?」
プレートなど見ている場合ではなかった。部屋には主がいた。形は人間に近いが、なんだか顔がたくさんある。男の顔もあれば女の顔もある。
「正直に言うが、知らなかった。というか、おれが今いるここはどこなんだ?」
「言った通り、大公爵ダンタリオンの屋敷だが」
見渡すと、いちめんの壁という壁が本棚だった。そしてどの本棚もぎっしり本が詰まっている。というか、本しかない。本屋や図書館でもここまでではないだろう。それくらい密に書物で埋め尽くされた部屋だった。テーブルの上も、デスクの上も、椅子の上までも、立派な装丁の本が無造作に乱雑に山積みになっていた。
「その手前」
「そなた、おのれで知りもせずに魔界におるのか? そもそもそなたは……いや、言わずともよい。そなたが何であるのか、余の汲めど尽きせぬ智識で当ててみせよう」
そう言うと、ダンタリオンはこちらを凝視した。いくつあるのか分からないが、無数の顔の無数の目が一斉にこちらを見る。自分でもその質問の答えは分からないが、勝手に当てて勝手に教えてくれるというのならそれは有難い。だが、それらの全ての顔が一斉に首を捻った。
「その霊体は、古代マヤの生贄のそれのようだが……それに憑いている存在は、分からん。余の知識を以てしても、思い当たらぬ」
なんだ、知識自慢もたいしたことがないな。
「そうではない」
心を読まれた。
「この余の知識を以てしても分からぬということは、貴様の存在はそれだけ謎と神秘に包まれており、この魔界にとっても重大な問題だということだ」
嫌な汗が流れるのを感じる。イシュタムは問答無用だった。こいつも攻撃を仕掛けてくるのだろうか。
「要らぬ心配はせずともよい」
また心を読まれた。
「余の存在の核を為すは戦意に非ず、好奇心である。貴様は六百年ぶりに余の好奇心を掻き立てる存在だ。しばし、貴様の謎を探求させてもらおう」
そいつは有難い。
「そなた、自分の名は分かるか?」
名? そういえば今まで意識してもみなかったが、名前も分からないな。
「名が分からぬでは、不便である。よって、余の名を半分、貸し与えてやろう。男名と女名、いずれがよいか」
「じゃあ男名で」
「ならば、これが余の存在の本質の片割れだ。有難く受け取るがいい」
そう言われた途端、おれは自分が肉体を得たことに気付いた。感覚で分かるが、男性の身体だ。同時に、ボン、と音がして大公爵が煙を吹いた。もくもくもくもく。姿が見えない。
「ダンタリオンさん?」
「
「では何と」
「それより、そなた、自分の名が分かったろう。あくまで余が貸し与えたものに過ぎぬとはいえ、今は確かに汝の名だ。名乗ってみよ」
「ああ。俺の名は——ダンテ」
「そして余の事は、この姿にあってはリオンと呼ぶがよい」
煙が晴れると、そこには『頭がいっぱいの大公爵』はおらず、頭一つに目が二つ、つまり人間そのものの姿の、一人の少女がいた。黒目に黒髪だった。レディというにはまだ明らかに満たない、小さな身体だった。だが顔は結構可愛い。
「いかん、少し魔力を分けすぎた。ダンテ、少し戻す故に、
「ん?」
おれが頭を下げると、リオンは細い両腕を俺の首の後ろに回して、いきなりおれの唇を奪った。ぷは。体が離れる。
「何をする」
「魔力はこうして移譲するのだ。ああ、もっと大量に移譲する際の手段もあるが——」
「いい。皆まで言うな、だいたい分かる。それより、これからどうするんだ」
そういうとリオンはニヤリと笑った。
「大公爵ダンタリオンに分からないということは、魔界の知識を総動員しても分からないということだ。だからもちろん」
細くしなやかな指が天を指す。
「行くのだ。地上へ」
【ダンタリオン】キリスト教悪魔学
ソロモン七十二柱のうち序列第七十一位にある魔王。地獄の大公爵であり、三十六の軍団を率いるとされる。老若男女複数の顔を持ち、また常に片手に書物を携えていて、契約者にあらゆる知識を伝授する。さらに人間の心を読み取り、自在に操るという能力を持つ。
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