エピソード7 あさりの炊き込みご飯
8-8=N
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あれ? 今日って何かの記念日だった?
風呂を済ませてキッチンのテーブルに座った僕は、母に向かって言った
母は僕を見て意味ありげに微笑むと、あいみょんの歌を鼻で唄いながらテーブルに夕食を並べた
母が土鍋の蓋を開けると、あさりの香りがキッチンに広がった
この香りがする日は、母にとって大切な日なのだと身体が記憶していた
僕はそれ以上の追求をせずに、グラスにビールを注ぎながらテーブルの夕食を眺めた
*
冷えたビールを飲みながら夕食をつまんでいると妹が帰ってきた
おかえり、母と僕が同時に言った
妹は鼻をクンクンとさせてテーブルの夕食を見ていた
あなたも先に食べちゃって
母が妹に声をかけた
はーい
妹は上着をソファに置き、手と口をゆすいで僕の隣に座った
妹は顔を僕に近づけて、今日は何の日だっけ?...と僕に小さな声で聞いた
僕は肩をすくめて わからない とジェスチャーで首を横に振った
*
僕がソファで仕事の資料を見ていると、妹が髪をタオルで乾かしながらリビングに入ってきた
二人ともちょっと来て
と母の呼ぶ声が聞こえた
妹と僕は目を合わせて無言の会話をした
けれども答えは見つからなかった
*
*
母は隣の部屋の灯りを消し、庭に通じるガラス戸を開けて畳の上に正座をしていた
僕たちは母の近くに寄った
あれを見て
母は庭の奥を、指と腕を真っすぐに伸ばし指した
普段気に留める事のない庭の奥には大きな緑葉の茂みがあり、その株の中央から細っそりとした一本の茎が2メートル近く真上に延びていた
茎には大きな赤い花穂が10個程ついてうなだれていた
*
アルカンタレア・インペリアス...皇帝アナナスっていう植物よ
母が月あかりの庭を真っすぐに見つめながら言った
二人とも覚えていないと思うけど...10年前にお父さんが持ち帰ってきてあそこに植えたの
あの植物はね、10年に一度だけ花を咲かせて...花が散ると徐々に下の葉株も朽ち枯れていくのよ...
*
花穂の先端が夜風に揺れていた
*
妹が仏壇にある父の写真を手に取り、母の横に正座をした
僕たちはしばらくの間何も言わずに赤い花穂を見つめていた
*
*
ねえ、あさりのご飯がまだ少し残っているからみんなで食べない?
母はゆっくりと立ち上がりながら、優しい声色で言った
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