エピソード6 カンパリロック と セロリ
8-8=N
--------
ホテルのバンケットホールには200人近くの同級生が集まっていた
当時仲が良く今でも付き合いのある数人の友人からの誘いで、20年ぶりに開催された同窓会に僕は参加をしていた
友人たちに付いて会場内を回っていると懐かしい級友や先生と話をする事ができた
けれど、20年以上会っていない人が大半なのでそれほど話も弾まず、僕は来た事を少し後悔していた
*
飲み物を取りにバーカウンターで順番を待っていると後ろから名前を呼ばれた
振り返ると、背丈が僕と同じくらいの女性が僕に近づいてきた
僕の前で止まると
久しぶり
と彼女は微笑んだ
僕は記憶の回路をフル回転させながら笑顔を作った
整った顔立ちをした目の前の女性が誰なのかを、瞬時に思い出す事はできなかった
その顔、私の事覚えていないでしょう
彼女は嬉しそうに言った
*
彼女は皆が付けているネームプレートを外していた
ごめん、同じクラスだった?
彼女は笑顔のまま首を横に振った
実は今日、あなたに会えるかなと思って...ここにきたのよ
意味ありげにそう言うと彼女は
カンパリのロックをダブルでください...レモンスライスを入れて
とバーカウンターのスタッフに言った
彼女は少しだけ僕に顔を向けて、2つくださいとスタッフに言い直した
*
僕たちはカンパリロックで乾杯をした
僕は気の利いた言葉が思い浮かばず少し困っていた
そんな僕を見透かすように彼女はクスクスと笑いだした
思い出せないのは当然なのよ
私ね、15年前から何度か整形手術をして別人になったの
ここにいる人 は、私の事を全員が分からないと思う
彼女はカンパリを一口飲んだ
僕も同じくらいの量を口に含ませた
だからね、今すごく私は不安なのよ
僕を見つめる瞳はそれが本心であることを語っていた
ねえお願い、他の人が来たら適当な事を言って私を守ってくれないかな
男性が絶対に断ることが出来ない表情を彼女は心得ていた
*
案の定、友人たちが僕の所へ来て彼女の事を聞いてきた
彼女は同窓会の参加者ではなく、僕の知人でパーティーの運営スタッフとして偶然ここで会ったと説明した
彼女は一言も喋らずに、業務的な笑顔を作っていた
*
ありがとう
彼女は小さくため息をついた
ねえ、卒業してからのあなたの事を聞かせて
彼女は安心した様子で僕を見つめた
航空会社に勤めている事、都内の大学を卒業後に結婚をしたけれど5年前に離婚をした事、両親は既に他界してこの街には実家も親族もいない事
僕の20年の履歴書は所詮こんなものかと、話をしてみて改めて思った
そんな話でも彼女は相槌を打ちながら、真っ直ぐに聞いてくれた
*
*
僕たちは校長先生の口癖や修学旅行の話、当時の共通の話題を楽しんだ
3杯目のカンパリロックを飲み終わる頃
あのね、覚えてる?
と彼女は何かを決心するかのように切り出した
部室の裏で、覚えたてのギターをあなたが弾いて SMAPの "セロリ" を卓球部の仲間で歌ったの
*
部室? セロリ?
と僕は口に出し、右脳の引き出しが大きく開くのを感じた
...カトウ?
彼女は恥ずかしそうに下を向き頷いた
カトウは同じ男子卓球部で、当時は親友と呼べる数少ない友達だった
*
思い出した?
彼女は、懐かしい友達とやっと再会できたような眼差しで優しく笑った
彼女のはにかんだ微笑みを見ながら、今の僕は ほろ苦いカンパリの後味とセロリの香りが交じり合ったような複雑な表情をしているのだろうな...
と素直に思った
--------
8-8=N
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます