エピソード3 厚切り豚肉の丼ぶりごはん と 中華スープ
8-8=N
--------
母と僕が座っている席の斜め前には、大きな液晶テレビがあった
音が消された画面の中では、お昼の料理番組が放映されていた
食材をサクサクと切り軽快に料理をしている女性を見ていると、僕にもこの料理が簡単に出来そうな気がした
*
地元の食材を宣伝する物産展の為に上京した母は、僕のアパートで数日を過ごした
物産展が無事に終わり地元に帰る母を、僕は空港まで見送りに来ていた
*
僕たちは出発ロビーの椅子に座り液晶テレビの大画面を見ていた
不意に
お母さんね、お腹に赤ちゃんがいるの
母が液晶テレビに向かって突然言った
母はそんな冗談を言う人ではなかった
僕が驚いた表情で母の横顔を見ると、母も僕にゆっくりと顔を向けた
ただ事ではない発言なのだと理解をした僕は、思わず立ち上がった
僕は完全に我を失っていた
母はそんな僕の行動を見てケラケラと笑った
*
母が20歳の時に僕は生まれた
父は僕が幼い頃に病死してしまい、僕が大学へ通うために上京するまで母とは二人で暮らしてきた
母はもうすぐ40になる年齢だった
*
母は落ち着いて座るように僕を促し、僕の座っていた場所を手のひらの先で優しくトントンと叩いた
*
お腹にいる赤ちゃんの...父親は、同じ職場の人で私より2歳年上のとても誠実な人
母は地元の商工会議所に勤めていた
腰掛けた僕に体を向けて母は続けた
お母さんね、私、決めたの...赤ちゃんを生むって
微笑む母の瞳には、何の迷いもないことがわかった
*
病院には行ったの?
僕の声は上擦っていた
母はその質問に答えず、ショルダーバックから写真のようなものを取り出し僕に見せた
この小さい空洞みたいな所に赤ちゃんがいるのよ
僕は超音波エコーという白黒の映像写真を生まれて初めて見た
*
写真を持つ僕の手は微かに震えていた
無情にも母の乗る便の搭乗案内アナウンスが流れた
その写真、持っててね
母はお腹の赤ちゃんを気遣うように、ゆっくりと立ち上がった
それじゃあ行くわ...着いたら夜にでも電話するから
*
僕は混乱したまま母の荷物を持ち搭乗ゲートまで一緒に歩いた
搭乗券を見せゲートに入った母は振り返り
ねえ、彼からの提案なのだけど
赤ちゃんの名前はあなたにお願いするから、男の子と女の子 ふた通りを考えておいて
と言い母は片方の手を肩のあたりまで上げ、グーパーグーパーをした
僕は、な...なまえ?...とだけ小さく声にして、腰のあたりで床に向かってグーパーグーパーをした
*
母がボーディングブリッジに見えなくなるまで僕は力弱くグーパーグーパーをしていた
母が視界から消えてしまうと、僕は我に返り自分の手が無意識に動いていた事に気づいた
先ほどの席まで戻りヘナヘナと座り込んだ
*
斜め前のテレビ画面には、美味しそうな 厚切り豚肉の丼ぶりごはん と 中華スープ が完成していた
--------
8-8=N
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます