第2話 知らない気持ち
私が今見ている星の光は何億年も前のものらしい。
ぼうっとそんなことを思いながらティアは一人浜辺に座り込んでいた。誰もが寝静まるこの時間、海は真っ暗だが陸は月と満天の星に照らされて比べ物にならないほど明るい。
「私はこの海で一番美しい」
ティアがよく言うセリフだ。本当にそう思っているし肯定する親友もいる。それでも毎日浴びせられる醜いという言葉と冷たい視線。いくら気丈に振る舞ってもそれは確実にティアの心を傷つける。特に西の海での視線には堪えた。あそこではタコの人魚は珍しいから蔑みの目が向けられるのも想像に難くないが、それでも少し辛かった。
深い海色の瞳からほろりと涙がこぼれる。
涙を見せてはいけないと両親によく言われていた。タコの人魚の涙には魔力が込められていて、他の人魚や人間にとってはそれなりの価値があるらしい。自分たちの力を無作為に使わせてはいけないから、ティアは人前で泣くことはなかった。シュラウザとルゥルゥもティアの涙を見たことはない。泣きたいときはいつも夜中に今いる浜辺の岩陰で声を殺して泣いていた。この時間のこの場所なら誰にも見つからない。
見つからない……はずだった。
星を映すその瞳からこぼれ落ちる滴はダイヤモンドのようで、青年はその滴と、憂いを帯びた人魚に心を奪われた。視線を感じたティアは星々から目を離す。バチッと目と目が合った。
「まって!」
青年の声でティアは動きを止めた。
「えっと……僕はダンテです。あの、見ず知らずの僕ですがそんな僕だからこそ力になれることってあると思うんです。もし困っているならお話を聞かせてくれませんか。」
ダンテの言葉に嘘偽りがないことはティアにもわかったが、それでも警戒心を緩めることはできなかった。ティアはダンテの言葉に応えることもなく海底に消えた。
ティアは人間に捕まった人魚の末路を知っていた。たいていの人魚はオークションにかけられる。運良く逃げ出せても五体満足で帰ってきた人魚はいない。最悪の想像が頭をよぎり、自分と親友に何も起こらないことを願う。
同時に知らない感情がティアの心をかき乱した。ダンテの純粋な目に吸い込まれるような魅力を感じた。声を聞き心臓がはねた。そして今、また会えるだろうかと思ってしまう。人間に近づいてはいけない。でも、彼なら……。
矛盾する気持ちは夜があけてもくすぶっていた。
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