至高の劇場



 学園の講義も終わり早々に帰り支度を済ませたレイが校門を出た時だった。


 ちょんちょんと誰かに袖を掴まれる。


「ん?」

 

 顔を向けるとそこには既に見慣れたシャリーが立っていた。

 

 いつでもどこでもどんな時でも現れるシャリー。なんて変な考えがよぎったレイは軽く頭を振る。


「……」


 何も話さないがレイに用事があるのは明らかな雰囲気。そして、やはりと言うべきか制服のポケットからごそごそと何かを取り出す仕草を見せた。


「これ」


 言葉が少ない彼女の真意を知ろうと差し出された手に視線を巡らせれば何かの紙が握られていた。


「これ?」

「ん」


 受け取れと言わんばかりにもういちど突き出された紙をまじまじと確認するレイ。


 文字を読むにつれてレイの表情が見る見る間に変化していく。


「こ、これってA級幻位戦のチケット?」


 幻位戦プレミアリーグとは正式なF級〜A級の幻装騎士が所属する各リーグ戦である。学園が執り行う学位戦の上位互換。リエステラ王国が執り行っている大きなリーグと考えればわかりやすいだろう。


「A級って英雄の試合だよなっ!?」

「ん」


 A級まで昇格した幻装騎士は神の如き大スターである。国民人気は圧倒的に高く、彼らが街を歩こうものならそれだけでお祭り騒ぎになるような存在だった。


「これを……どうしたいんだ?」


 そんな試合のチケットを徐に手渡され困惑気味なレイ。


「ん。今から一緒に行く」

「えっ!? いいの? かなり高いんじゃない?」

「お金は問題ない」


 サムズアップするシャリーは小さな手でコインを形作っていた。お金があるアピールをしたいのだろうが無表情で行うシャリーは何とも間抜けなものだった。


「……これはステップを踏むためのデート」


 最後の小さな呟きは風に吹かれて消えていく。


「レイ君。見たいでしょ?」


 名実共に国内最高峰とされるA級幻位戦のチケットをひらひらと揺らすシャリーに対して、観戦チケットの価値を正しく知らない世間知らずなレイだったからこそ小さな反応ですんでいた。


 一般観戦チケットは発売後すぐに完売。転売屋ではプレミア価格で取引される代物。殆どの者にとっては眉唾ものの一品なのだ。


「そりゃ誰だってそうだろう。行かせてくれるならすぐに行こうっ!」


 レイとて男の子。英雄の戦いは見てみたいものだ。


「王立第一闘技場でやってる」


 最も格式が高い歴史ある第一闘技場は学園から馬車を使えばそれ程かからない距離にある。


「近いな」

「ん。時間も無いし急がないといけない」

「じゃあ急ごうか」

「ん」


 二人はちょうど良く校門前に止まっていた馬車に駆け足で乗り込む。


 走り出した馬車の車窓に流れる景色を目で追いながらガタガタと揺られること暫く――すぐに目的地に辿り着いた。


 立地も良く馬車から降りたすぐ先が目的地だ。



「これが第一闘技場」

「っ……!!」


 目の前に広がる第一闘技場の威容にレイは言葉を失っていた。


 輝かんばかりに陽光を反射する純白の闘技場。


 行きかう人混みの多さすら霞むような存在感。


「別名――至高の劇場とも呼ぶ」


 ポツリと告げられた言葉に確かにと頷くレイ。


 巨大な円形闘技場を形作る純白の柱にはびっしりと精緻な彫刻が施されており、まるで天上世界の建造物と思わせる出で立ち。王都の一等地に建てられた至高の劇場はリエステラ王国を象徴するモノ。


「すごい……」


 国内最高峰の幻装騎士達によって歴史に残る数々の名勝負が生み出された事から至高の劇場と称される建物に感動すら覚えていた。


「はやく」


 だが、シャリーにとってはどうでもいい事なのか感動するレイの袖を掴むとグイグイ引っ張る。


「えっ! あ、うん!」


 シャリーに急かされるまま人混みの中をスルスルと歩いていくレイ。


「こっち」

「お、おう」


 慣れた様子で歩き続けるシャリーに連れられて、いつのまにかレイは受付の元へとたどり着いていた。長いカウンターでは沢山の受付嬢が応対していて混んでいるように見えるが、ちょうど空いていた窓口があった。


「二人は初めてかな? ここは貴賓――」

「初めてじゃない。チケットも持ってる」


 二人を見てそう告げてくる受付のお姉さんの言葉を遮ったシャル。お姉さんの完璧な微笑みが僅かに崩れた。


「そ、そうなの……では観戦チケットを確認していいかしら?」


 どこか微笑ましそうな視線を向けてくる受付のお姉さん。


「ん」

「拝見するわね」


 シャリーが渡したチケットを照合し始める受付のお姉さん。


 偽造防止の為に何かしら色々と細工がしてあるのだろう。手慣れた手付きで念入りに確認していく。


……すると。


「……?」


 手を止めて首を傾げるお姉さん。


 そして、先ほどと同じようにもう一度チケットの確認を始めた。


「え……うそっ……」


 今度は表情を険しくさせるお姉さん。


「あ、あの何かありました?」


 心配になったレイが問いかけると緊張した面持ちでぎこちない微笑みだけが返ってくる。


「レイ君……そっち見ちゃ駄目」


 ゴキリと音が鳴りそうな勢いでレイの頭を自分に向けるシャリー。


「……なんだよ??」

「ん。私だけを見て」


 意味不明な行動がまた始まったか、と溜め息を吐きかけたレイの思考がお姉さんの声によって遮られた。


「……え、えっ!?」


 完璧な笑みが崩れ、チケットとシャリーの顔を交互に見つめるお姉さん。


「し、失礼ですが……お、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか……身分証明書などは……」

「ん」


 シャリーが差し出しのはレイにも見覚えがある学生証。


 学園が発行する学生証は特殊な処理がなされた逸品である。偽造は極めて困難なために身分証明書としての効力は絶大なものだ。


「っ!?」


 そして再び固まる受付嬢。


 レイは内心でお姉さんの百面相が面白くなってきたのは内緒の事だ。


「もういい?」

「は、はい……。大変……大変失礼致しました。………貴賓席はこの先の階段を昇った先にあります」


 そう言って指示されたのは手前にある混雑する無数の階段とは違って誰もいない階段だった。


「ん。ありがと」


 何故かしどろもどろになった受付嬢に首を傾げながらもレイは先に歩き始めたシャリーの後を追うと、階段の入り口付近で待機していた男性が入場ロープを取り払い恭しく頭を下げてきた。


「えっと……どうも……」


 足が沈むほどに柔らかな絨毯が敷かれた階段を上っていく二人。


「な、なあシャリー……ちゃん」

「なに?」

「……いま貴賓席って言わなかった? それにこんな待遇……」

「知らない。それよりもうつく」


 レイの質問に答える気が無いシャリーだったが、「もうつく」という言葉通りいつのまにか出口へとたどり着いていた。


 光が差し込む階段の先。


「す、すっごい!?」


 思わず叫んでしまう。


 何故ならここは至高の劇場の最上階。


 見晴らしはどの席より良い。


 さらに、下の階層にいけば行くほどにぎゅうぎゅうになっていく席の中でこの階層だけは個室のようになっていた。


 テーブルに並べられた色とりどりの食事や飲み物。

 誰がどう見ても貴賓席だった。極めつけは後ろに控える執事のような男性。


 思わず視線を泳がせていたレイと執事の目がばっちり合った。それが合図となったのか気品ある仕草でお辞儀をした執事がそっとレイ達の席を引く。


「どうぞお掛けください」


 促されるままに着席した二人。


「失礼いたします。こちらが本日のオッズになります」


 そっと差し出された紙を受け取ったシャリーがテーブルに広げる。


 レイは一連の優雅なやり取りに目を白黒させていた。


「この席ってもしかし――」

「レイ君。これ」


 レイの疑問などお構いなしにシャリーは広げられた紙の一点をトントンと叩いた。



「……これってオッズ?」

「そう」

「賭けるのか?」

「ん。賭けは礼儀」

「そんなにお金ないけど……」

「問題ない。小額から可能。それと、第三試合の単勝欄に書けばいい。……賭けるのはこっち」

「えっと……炎狼王――ロバートさんとエレナさんがペアの幻装騎士?」

「ん。相手の超新星も人気があって強いけどまだまだ若手。……炎狼王が勝つ」


 何故か炎狼王を呼ぶときに嫌そうな表情が髪の隙間からちらりと見えた。


「ふーん。ってか何で炎狼王が勝つのが嫌そうなんだ?」

「なんでもない」

「まあいっか」

「ん」


 記入用紙にはシャリーの言葉通り倍率は少しばかり炎狼王が低い。


「いろんな賭け方があるんだなぁ。へぇ〜、これなんて一日の試合全てを的中させるなんてのもあるんだ。……ってオッズが凄い事になってるっ!!」


 レイが様々な記入欄に目を通していると桁が凄まじいものに目が止まり驚きの声を上げていた。


「ん。他にも色々ある」

 

 シャリーの言葉通り二連続で的中を狙う連勝や三連勝や四連勝といった賭け方。玄人向けなら何日間に渡って勝ち負けを予想するものなど様々。そして、やはり予想が難しい賭け方ほどオッズも跳ね上がるという仕組みだ。


 ちなみに単勝が一番オッズが小さい賭け方であった。


「――えっとこれでいい?」

「ん」


 さっと目を通したシャリーが用紙を執事に渡す。本来ならば一階に設置されているカウンターまで持って行って賭けるのだが、流石はVIP席といったところだ。


 レイがキョロキョロと辺りを見回した時。


『お待たせしました!!』


 アナウンスに吊られて闘技場が騒がしくなった。


「栄えあるA級幻位戦第三試合!! 炎でじわじわと……徹底的に焼き尽くす攻めっ!! 計算されたそれはまるで狼の狩り!! 付けられた二つ名は炎狼王だっ!! 序列四位ロバート、エレナペア!!」


 熱狂的なアナウンスと同時に闘技場内に歓声が木霊する。


「続きましてっ!! 僅かな期間で天上に上り詰めたこの二人!! 突如として輝いた超新星!! 序列十八位ランス、リリアンペア!!」


 続いて湧き上がったのは若い者が中心となった歓声だった。


 二つの入り口から入場してきた二組。


 片方はまだ若い美男美女のペア。確かに若い世代に人気があるのも頷けるものだった。


 そしてもう一方は――


「あっ!?」


 見覚えのある二人に思わずレイは立ち上がっていた。


 父親に連れまわされた戦場。そして、幼い頃に何度か彼らの家に遊びに行った記憶もある。炎狼王は父親と関係が深い二人だった。


「レイ君?」


 訝し気な声音にしまったとばかりに座りなおすレイ。


 眼下で歓声に包まれている二人と知り合いとは口がさけても言えなかった。


「あっ、ごめん。なんでもない」

「……ん」

 

 いつも通りの素っ気ない態度にほっと胸を撫でおろしたレイ。



 そうして試合が始まる。


「動かない……」


 シャリーの言葉通り、開始の合図が鳴ってからも両者は動かない。

 緊迫した空気だけがひしひしと伝わってくる。


「読み合いか。さて、どっちが先に読み切るのか」


 レイとてよく知るこの現象。


 達人同士が戦う際は必ず読み合いが始まる。既に彼らの頭の中では苛烈な戦いが繰り広げられているのだ。経験から来る読み。彼らほどの実力者なら最善手を切り続ける。


 ならば、どちらかが最善手を外した時点で勝敗は決するのだ。


 膠着する両者。


 そして、先に動いたのは超新星だった。


 聖女リリアンが祝詞を唱えると周囲が淡く輝き始めた。


 幻獣が存在している幻想世界に超常の武器が存在している事を発見したかつての人々はある技術を確立させた。その一つが幻想世界から幻装を喚び出す聖女の技術――召喚儀礼だ。


『召喚儀礼が始まったあぁぁぁっ!!!』


 聖女は祈りを捧げ幻想世界より幻装を現世に引っ張りだす。


 経験、感覚センス、技術、才能が高い水準で要求される召喚儀礼だがA級ともなればノータイムで幻装をよびだせる。


 初めに召喚されるのは各色に因んだ始祖の幻装。


『超新星は始祖の赤剣!! 炎狼王に火系統で挑むとは凄まじい挑発だあぁぁっ!!!』


 アナウンスの声が鳴り響くと同時に炎狼王もまた始祖の赤を喚び出した。


 始祖の各色にはそれぞれ特色がある。赤なら火系統、青なら水系統、銀なら氷系統といったものだ。そして、始祖の幻装は聖女によって様々な形へと昇華されていく。


 始祖を呼び水として、幻装を強力なモノへと上塗りしていくのだ。始祖の赤から樹形図のように広がる様々な系統幻装を召喚儀礼によって手繰り寄せ召喚させる。


 幻装の階位が一つ違うだけで性能は天と地ほどの差が生まれる。速さ、正確性、そして召喚できる幻装の階位。優秀な聖女が必要とされる理由がそこにあった。


『流石はA級!! 驚く程の速さで幻装が昇華されていくぞっ!!』


 二組の幻装は始祖の赤剣から始まりどんどん強力になっていく。


 やがて、炎狼王の騎士ロバートの手には紅蓮の大剣。超新星の騎士ランスは赤熱した双剣を手にしていた。


 準備は整い、ここからは騎士の世界。


 駆け出す二人の騎士。


 一気に会場のボルテージは最高潮に達する。


 そこから繰り広げられるのは異次元の闘い。


 熱狂する観客達は我を忘れて叫び続ける。興奮が興奮を呼び熱気という渦が吹き荒れる。




――そして、レイは意図せず所持金を増やしたのだった。

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