黄金世代と色々

「素晴らしいわね」


 そう言って女性が手を叩きながら面白そうに笑っていた。 


「ロートヒル商会の専属記者アリアナ・ウォールセンよ。よろしく」


 スーツを着こなす妙齢の女性の出現に困惑するレイ。


 そもそもロートヒル商会という名はレイとてよく知るものだ。国内最王手の総合商会であり商の雄である。


「……えっと、レイ・クロムウェルです」

「クロムウェル……聞かない家名ね。どこかの貴族かしら?」

「いや、貴族じゃないです」

「なら財界関係なの?」

「いえ」

「そうなの……益々気になるわね」


 呟くアリアナ。


「あの……貴方はどうしてここに?」

「ロートヒル商会と聞いて分からない?」


 レイの質問に対して困惑した様子で尋ね返すアリアナの態度にレイはますます分からなくなる。


「はい」

「……最初から説明した方が良さそうね」

「すみません」

「ルノワール幻装学園アカデミーは地元で天才、神童だと持て囃されてきた中から選抜された本物達が文字通り命を削って戦っている場所なのは知ってるわよね?」

「それは……知っています」


 国内最高学府という肩書は伊達ではない。


「それに現時点のルノワールは歴史に名を残すだろう黄金世代。聖女なら薔薇の姫世代。騎士にはルノワールの三銃士なんて呼ばれてる神童がいるわ。しかも、今年はあの金冠が入学するって言うからには来ない訳にはいかないでしょ?」

「金冠? 王族の誰かって事ですか?」

「r……そこまで知らないのね」

「無知ですみません……」

「気にしないで。話を戻すけど金冠王子はアンクス・ド・リエステラ王子殿下よ」

「王子殿下……」

「第三王子なのに幼い頃から進んで戦場に出ては多大な功績を残してきた本物の中の本物。実力が突出しているから二つ名が金冠王子なの」

「へぇ~。アリアナさんって物知りですね」


 そう言って尊敬した眼差しを向けるレイだった。


「こんな情報は知ってて当たり前よ。それに……」

「それに?」

「これは噂程度だと思っておいて。二、三年ほど前に一斉に発行したオッズ誌があるの」

「オッズ誌? ブックメーカー?」

「いいから聞きなさい。後で説明してあげるから」

「はい」


 どこか疲れた様子のアリアナはレイの無知さに頭痛を覚えつつも説明を続ける。根は良い人なんだろうな、とレイは心の中で呟いていた。


「まず……さっき話した薔薇の姫ローズプリンセスは知っているわよね?」

「一応は……同世代で実力が突出している聖女のことですよね?」

「そう。各色にちなんだ姫で構成されているわ。中でも赤薔薇の煌姫セレスティーナは有名ね。それに比べて銀薔薇の雪姫シャルロット・ネーゼルステインは社交界に一切出てこないから詳しい事は不明。まあこんな感じで薔薇の姫にも色々あるの。でも、一つだけ言える事がある」

「それは?」

「さっき話したけど、大手ブックメーカーがその実力を保証しているってこと」

「なるほど……で、ブックメーカーってそのまんまの意味ですか?」

「ええ。ブックメーカーは幻装騎士達の戦いで賭けを催す企業の事よ。そして、ロートヒル商会は最王手のブックメーカー社なの。私は専属記者って所ね」

「なるほど……」

「今年は盛大に盛り上がりそうだから今日は取材に来たってわけ」


 幻装騎士はそれこそスターの集まりだ。


 狭き門を潜り抜けた正式な幻装騎士達によって行われる幻位戦プレミアリーグは、リエステラ王国最大の催しであり、民衆が最も楽しみにしている娯楽である。


 各試合で盛大な賭けが行われているのがその証拠。そういった賭けを王国公認で催すのが各大手ブックメーカーであるのだ。


学位戦アカデミーリーグにもブックメーカーが入っているの。そうしてオッズ誌に記載された上位陣に二つ名が与えられているってこと。ちなみに金冠王子は一番人気よ。私も一度だけ見た事があるけど別格だったわ」


 アリアナが話す内容は幻装学園の学位戦も賭けが盛んに行われているというものだった。各生徒達を対象に国内王手のブックメーカー達がこぞってオッズを発行しているのだ。


「へぇ〜。学生の賭けも人気なんですねぇ」

「幻装騎士の卵と言えどスター候補には変わりないからね。で、ようやく話が戻るんだけど……以前に一度だけ若手騎士に関するオッズ誌で金冠王子が抜かれた事があったの」

「それって凄いことじゃあ――」

「凄いなんて事じゃないわ。当時は騒然となったもの。それこそあの絶対的な金冠王子を抜いたのは誰だってみんな探してたわ。私もその一人ね……」


 そこで勿体つけるように口を閉ざした。




――そして




「記載されていた二つ名、伏龍の聖騎士というものだったわ。結局そこから一度もオッズ誌に乗ることは無かったの。そうね……二つ名通り伏しているのかしら?」

「……伏龍の聖騎士」

「凄い二つ名よね。幻獣の上位存在って言われる神獣の一角……龍を冠しているんだもの」

「……確かに。素性も不明なんですよね……」

「ええ。年齢から考えて今回この学園に入学していてもおかしくないと私は考えているわ。だから、開幕を控えた今日こうして取材に来たの」


 そう語るアリアナはまるで探るような視線をレイに向けていた。


「さっきの戦い、たまたま見させて貰ったわ。無名なのにその実力。もしかして今年のダークホースになるかもね、あなた」

「そんな事はないですよ」

「さっきのムムア・アルヘンは入学試験の騎士序列が十四位よ??」


 鞄から書類を取り出したアリアナはパラパラとページを捲っていく。


「レイ・クロムウェル君……騎士序列は最下位……みたいね」

「はい」

「ムムア君をあっさり倒せる貴方は一体何者なのかしら?」


 確信に踏み込んでくるアリアナ。


「……ただの平民で平凡な騎士です」

「ふふ、そういう事にしておくわ。ああ、あと入学試験の序列はどうでもいいのよ。だって、本物は初めから本気を出さないもの……能ある鷹は爪を隠すの」


 そう言うとアリアナは満足した様子でクルリと振り返ったが、何か言い残したのか立ち止まる。


「ああ、それと……この学園で銀薔薇・・・の姫を知らないかしら? それと赤薔薇・・・の事も何か知らない??」

「いえ、知らないです。銀薔薇なら噂があるそうですが……赤薔薇は噂もありませんね」

「そう。ならいいの。時間をとらせてしまってごめんなさいね。じゃあね」

(金冠王子、赤薔薇、銀薔薇……そしてレイ・クロムウェル。今年は本当に楽しくなってきそうね)


 振り返ったアリアナが笑みを浮かべていた。


「はい、色々とありがとうございました」


 そうして今度こそ去っていくアリアナを見送るのだった。





 そんな変わった出会いがあった昼を過ぎれば特に何かある訳でもない平凡な日常が戻っていた。


 講義が終われば早々に帰るレイ。

 自分だけの空間――寮に帰れると思えば自然と表情が緩くなる。そう時間はかからずに豪華欄間な寮の前までついていた。



 天才児たちが集うリエステラ幻装学園の名に恥じない寮の大きさに圧倒される者も多いが、レイとて何度も見ていれば自然と慣れるものだ。


 遠い地域からやってきた天才達を迎える為に用意された無駄に豪華な階段を昇った三階にある部屋へと向かう。


 いつのまにか癖になった姿勢。背中を曲げて前髪がだらりと垂れ下がったままに寮の鍵を取り出そうとした時、ふとレイの動きが止まった。


 いつもは静かな寮だというのに今日は何故か騒がしい。


 地面を見ていた顔を上げればその原因はすぐに分かった。少し離れた隣の扉が解放されていたのだ。そして、出てくるのは慌ただしそうな作業員らしき男達。


「隣に誰か入ってくるのか?」


 学園の三割程度が寮に入っているのだが、無駄に豪華で広大に建築された寮には空室が目立つ。現に今までも隣室は空だった。


 お隣さんとなればレイもそれなりに気になってしまう。


「すみませーん。新しく誰か入寮するんですか?」


 タイミング良く部屋から出てきた男に声をかける。


「ん? ここの学生さんかい?」

「はい」

「騒がしくしてすまんなぁ〜!!」

「いえいえ」

「おっと、質問の答えだけど入寮するみたいだぞ」

「へぇ~」


 中年ほどの男は疲れた様子で右肩を回しながら答えてくれた。親しみやすそうな笑みを浮かべた男だったが、よほど疲れているのか顔には疲労が色濃く浮かんでいる。


「随分とお疲れのようですね……」

「まぁね。こっちも急な仕事の依頼で大変だったんだ。それも今週中に荷物を運びこんでくれなんて無茶な要望でびっくりだったんだ」

「それはまた大変ですね」

「流石に他の依頼との兼ね合いで親方には断ってくれって言ったんだけどなぁ〜」


 そこで区切ると会話が他に漏れないようにとレイに近づく。


「どうやら依頼してきた人がかなりの名家……それも高名な幻装騎士家らしくて断り切れなかったみたいなんだよ。はぁ~、全く下の者の苦労を分かって欲しいねぇ~」


 そう言い残すと腰を叩きながら作業員は階段を降りて行った。その姿を見送りながらレイは権力者という言葉を反芻させる。


「何事もありませんようにっと」

 

 そんな面倒そうなお隣さんが来ると知ったレイは一言呟くと自室に入っていったのだった。

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