運命の日

――昼休み。


「はぁ~」


 お気に入りの屋上に向かいながらレイは大きく溜息を吐いていた。脳裏に浮かぶのは先ほど教師が説明していた学位戦アカデミーリーグについてだ。


 そんな学位戦アカデミーリーグの内容とは――


・一年間を一期として上から順に規定通り一部~四部に振り分けリーグ戦を行う。

・各部において勝率七割以上は昇格。三割以下は降格となる。

・三部のみ二期連続で三割以下となった時点で退学とする。

・一部に通算二期在籍した者のみ正式に騎士、及び聖女の資格を得る。

・通算五期を通して資格を得られなかった者は退学となる。


 そんな実力至上主義を体現する内容に憂鬱な表情のまま屋上に繋がる扉の前に辿り着いたレイは不意に立ち止まった。


「ん?」


 屋上に繋がるドアから身を滑り込ませたレイは耳を澄ませるようにその場で固まった。今までこの屋上に来る者はいなかったのだが、今日で終わりらしかった。 


「……誰か来てるのか?」


 面積の広い屋上の端。


 四、五人ほどの男子生徒達が何かを囲むように立っている。クラスが違うのだろう見知らぬ男子生徒達が思い思いに言葉を吐き出していた。


「いつまで黙っているんだ?」

「ん」

「シャリー。ようやくその気になったのかい?」

「……」

「なに、心配はいらない。この僕が君と組むという話さ。君もこの屋上を話し合いに指定したんだから乗り気なんだろ?」

「内容しだい」


 高圧的な少年に対して淡々と告げる少女。


 男たちの影に隠れている為に姿を窺い知る事もできない。だが、内容から学位戦ペアのお誘いと言う事だけは理解できた。


 そして、五人のうち話していたリーダー格らしき少年が一歩踏み出す。


「この僕の誘いなんだよ? 君にとってはかなり良い話だと思うんだが……どうかな?」


 レイの位置からはその少年の後ろ姿しか確認できないが、声音からどこか粘着質なものを感じていた。周囲が囃し立てるように口々にリーダーの少年を持ちあげる賛美が聞こえる中、不意に少女が一歩を踏み出した。


 少年達の隙間から僅かに見えた少女――シャリーの姿が見えた。


 レイと同じように前髪で顔を覆うその姿から陰気な雰囲気を感じる。長い黒髪の隙間からは瓶底のようなへんてこな濁った眼鏡が此方を見つめていた。


 目があった瞬間――少女の口が笑ったような気がした。

 

「いいの?」


 押し黙っていた少女が小さな声で問いかけた。


「もちろんだとも」

「なら、よろしく」

「うんうん」


 その返答に満足そうに頷くリーダー格の少年。


「あ、一つ聞き忘れていたよ」

「……なに?」

「君の入学成績は最下位だったよね?」

「……」


 遠目から見ていたレイにはその押し黙る仕草が悲し気なものに見えていた。


「ほら、早く答えてよ」

「……ん」


 その問いかけに対して少女は言葉少なく答えた。


「……それがなに?」

「ぶふっ」


 その返事を聞いて肩を震わせる少年達。

 レイの脳裏に不快な想像が思い起こされていた。


「ああ、そうだった。最下位だったんだよね? そんな君が僕と対等のペアを組めると思うかい? そんな訳がないだろう?」

「……」

「君みたいな無能・・とこの僕がペアを組めるなんて本気で考えていたのかい? 実力のある者……僕の価値と君の価値が釣り合うとでも?」


 自分と全く同じ事をされていたのだ。告げられる度に頭が下がっていくシャリー。ちらりと見えた悔し気に歪む少女の口元を見てレイは目を細める。


「チャンスをやるよ。僕を喜ばしてくれよ」

「……」


 もはや言い返せずに俯く少女という光景が決定的なものになった。


 扉付近に立っていたレイは歩き出す。


 足音はその内面に呼応しているのか荒々しい。

 

「ん?」


 足音を聞き取った少年達が振り返る。


「自分がやられても何も思わなかったんだが。人がやられているのは……どうにも許せそうにない」

「なんだい? 僕に言いたい事でもあるのかい? 圧倒的な実力者のこの僕に?」

「実力至上主義か……不快だな」

「おかしな事を言うんだね……幻想世界では実力以外は何も意味を持たないと御父上から教わったからね。それに……もしかしなくとも君は有名な地味男君かな? 僕に意見したいなら格を上げてからにしてくれないかな? 下の者の意見は無価値だよ」


 脳裏に過るのはかつて戦場で出会った様々な幻装騎士達であった。


 幻獣という人類の脅威がある世界ではどれだけ内面が腐っていようと討伐数や実力で全てをねじ伏せる事も可能だ。結局のところ強ければ必然的に人類を守っている事になるのだ。


 富も名声も実力で決まる。


 そうなれば僅かではあるが一定数の人間は実力をひけらかし誇示するようになるのも人間のさが


 幼かったレイが幻装騎士の世界を離れようとした数ある要因の一つでもあった。精神が未成熟な子供にとっては余りにも欲に塗れた世界。


「そうか……。なら実力で教えてやるよ。実力至上主義なんだろ?」

「この僕に……アルヘン家の嫡男であるこのムムア・アルヘンに勝てると言っているように聞こえたんだけど? 間違いかな??」


 学園に入学した騎士は帯剣を許される。

 腰に下げた騎士剣に手をかけたムムアはレイを睨みつけていた。


「抜くなら抜け。ブランクがあるせいで手加減はできそうにな――」 

「後悔するなよっ!!」


 初手はムムアだった。


 レイの言葉が良い終わる前に力強く一歩踏み込むと騎士剣を鞘からはしらせる。


 流石に殺す気は無いのか剣の腹を向けていたが当たればそれだけで昏倒する威力。流石は天才が集う学び舎に所属しているだけはある。


 高速の斬撃は既に不可避。


「もう間に合わないぞっ!!」


 踏み込みで加速された力を利用した剣は首筋へと綺麗な線を描きながら向かっていた。


「そうかな?」


 腰を僅かに落としたレイ。


 今から抜剣したとて間に合わない。ムムアは笑みを更に深めて剣の軌道を眺めていた。


「しっ」


 レイの下半身がブレると同時に右腕がしなる。


 そして、銀光が先に煌めいたのはムムアの首元であった。

 ムムアには何も見えなかった。


「ぅ……」


 首にピッタリと添えられた騎士剣。


 後出しにも関わらず抜剣から振りぬきまでにかかった時間は刹那。


「……な、なんで」


 ムムアは余りの出来事に尻餅をつく。


「腕で剣を抜くんじゃない……全ての動きで抜くのが基本だ」

「なにを……」

「腰の動きがなってないんだよ。一番大きな捻りを生み出すのは腰だぞ」


 そう話すレイの表情はいつもより覇気があった。


 剣が手に馴染む感覚、己の体を支配している感覚、研ぎ澄まされ集中力。


 全てが懐かしく感じる。


 故にかつてのレイが僅かに表へ現れる。


「まだやるか? 全ては実力……なんだろ?」


 学生が持ち得る筈のない圧迫感。

 レイが纏う雰囲気が激変した。


 重厚な闇に押しつぶされるかのような閉鎖感がムムアを襲う。レイが見せた片鱗を感じ取ったムムアは恥も外聞も無く後退った。


「ひっ……」

 

 頭上を見上げればレイの長い髪に隠された顔が露になっていた。整った顔立ちに浮かんだ怜悧な瞳がムムアを射抜く。


 最初に浮かんだのは只の疑問。


 なぜレイが地味男と呼ばれているのか? ムムアから見たレイは天上に存在する天才……一種の化け物であった。そして、そう思えば彼が地味男と呼ばれている現状に恐怖する。


 理解できない。


「な、なんなんだよ……お前は……」


 生殺与奪を握られ身動きを封じられたムムアからは荒い息遣いしか聞こえてこなかった。周囲の少年達はその異様な雰囲気に呑まれ本能から視線をレイから外す事ができない。


 だが、一人の少年が狂乱気味に頭を振った。


「ㇺ、ムムア様から離れろっ!!」


 取り巻きの一人の叫びが動き出す合図となった。


 思い思いに拳や蹴りを繰り出す。学園に入学した彼らの動きは並ではない。天才と呼ばれた少年達が一人を相手に渾身を繰り出す。


 だが、全ての攻撃は寸での所でレイによってスルリと避けられる。


 まるで霞でも殴っているかのような現象。いつの間にか取り巻き達はタイミングを外され、間合いを滅茶苦茶にされ、お互いで衝突しもみくちゃになって倒れ伏す。


「はぁ〜」


 立て続けで面倒に巻き込まれた遣る瀬無さを吐き出すように長い溜め息を吐いたレイは倒れ伏す彼らを一瞥もせずに立ち尽くす少女を見つめた。


 既に彼らに戦意は無かった。


「シャリーさんだっけ?」

「ん」


 騎士剣を腰になおすとレイはその場でそっと片膝をつく。


「僕とペアを組んでくれないかい?」

「……でも……最下位」


 ムムアとの会話が後に引いているのか消極的な言葉を紡ぐ。


「順位はどうでもいいんだ。聖女を活かすも殺すも契約した騎士の腕次第。騎士は聖女の盾となり剣となる。騎士の心構えってことさ……まあ、これは受け売りなんだけど……」


 そう言って笑いかけたレイは俯くシャリーに抜き放った騎士剣の柄を差し出した。


「僕に君の力を預けてくれないかい?」


 俯いたまま肩を震わせ始めたシャリーはそのまま動かない。


「……どうかな? もしかして迷惑だったかな……」


 かっこつけたレイであったが柄をとってくれないシャリーを見て少しばかり居心地が悪そうな笑みを浮かべる。


「くふ……ふふふ」


 押し殺したように笑うシャリー。


「……えっと、どうかした?」

「ん。なんでもない」


 そう言って口元に笑みを浮かべたシャリーはレイの剣をとった。


「よろしく。レイ君・・・


 レイの名を呼ぶ少女はゆらりと剣を持ち上げる。


「剣に誓って――――聖女の盾となり剣となる」


 たどたどしく剣の腹が交互左右の肩に添えられる。




「じゃあもう行く」


 そう言ってシャリーは騎士剣をレイに返すと照れたようにはみ噛みながら駆けていった。パタパタという足音はあっという間に出口へと近づいて行く。


「……ん?」


 その後ろ姿を眺めながらレイは何故か浮かび上がった違和感。何かを見落としているような言いようの無い感覚に首をかしげるのであった。


 だが、考えても思い出せないものは思い出せない。


「疲れた……」


 いつの間にか姿を消していたムムア達を確認したレイ。すると次の瞬間、誰かが屋上にやってきた。

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