変化する日常

 六つの街区からなる王都リエステラ。


 中心に聳え立つ王城から放射状にのびる街並みの上流区画を順に紹介すると、王城、貴族街、そしてレイが暮らす寮が設置された学園区である。


 そんな学園区の一角に設置された駅に一台の馬車がやってきた。通常よりも遥かに大きい馬車をひく四頭の立派な馬が嘶き停止すると、降りてきた御者が恭しく扉を開いた。


 ぞろぞろと降車する生徒達に混じって地味な見た目の少年――レイもゆらゆらと駅に降り立つ。通りで徒歩の生徒達も合流する。


 こうして制服に身を包んだ生徒達が溢れかえるのはいつもの光景だった。


 そんな生徒達に紛れてレイは一人で歩く。

 もくもくと歩くレイの周囲だけは静かなものだ。

 

 すると、ちょうど十字路から女子生徒の集団が前方に現れた。ぶつかる前に立ち止まったレイだったが、ばったりと出くわした女子生徒達が此方を見ると一斉に顔を顰めた。


「うわ……地味男」

「落第候補の地味男だ……」


 それはレイのあだ名だった。


(地味……そう俺は普通なんだ……)


 地味と言う言葉にレイは笑みを浮かべそうになる。


「なにあの口……きもっ!」

「いやぁ! こっち見た。てか前髪長い!! 暗いし……きもすぎ……」

「うそっ! またメイナのこと見た!! もしかして……好きなんじゃない?」

「ちょっと本気で辞めてよ」


 メイナと呼ばれた子が真顔で抗議する。


「きゃははは! ごめんってメイナ」

「んもう~」

「はやくいこっ!」

「そうだね~」


 何がそんなに楽しいのか大声で笑いあう女子集団。


 もうレイいじりは終わったのか何事もなかったかのように歩き始めた四人の女子生徒達に続いて、すこし間をあけてレイも歩き始める。


 相手は様々だがいつもの光景であった。


 前方を歩く女子集団の会話は一人で歩くレイの耳に否応なく聞こえてくる。


『学位戦かぁ〜。正式に聖女になれるかな……。なれたらどんな風なのかな??』

『憧れの聖女とかいるの?』

『もちろん、私は赤薔薇の煌姫セレス様ッ!! 他の姫は見た事ないからだけど……』

『赤薔薇は社交界にもよく出てくるからね。私も見た時は綺麗すぎてびっくりしたよ……同じ人間とは思えないよぉ~』

『あっ!! それ、わかる!! 召喚する幻装も凄いって言うしね』

『そう言えばさ、同じ学年に銀薔薇の雪姫がいるって噂知ってる?』

『それって噂でしょ〜。探したけどいなかったじゃん!!』


 絶大な人気を誇る聖女候補――薔薇の姫の話題で盛り上がる女子生徒達。


 その中でも赤薔薇の煌姫は他の薔薇姫と比べて露出が多く、アイドル的な人気を誇る彼女の話題で持ち切りのようだった。憧れの聖女を語るのはどこでも同じ。


「……セレス」


 その名に反応を示したレイ。


「いや、それは無いか……あり得ないだろう。いくら何でも……」

(それに聖女……煌姫? 薔薇姫?? なんだかめちゃくちゃ凄そうな奴だし……アイツは泣き虫だったし……)


『七薔薇の姫に会いたいなぁ〜』


 前方を歩く女子生徒から最後に聞こえてきた言葉。


 赤い薔薇の被り物から顔を出して元気一杯に笑っている少女が、色とりどりの薔薇を被った少女達に囲まれている姿がレイの脳内に浮かんでいた。


「いや、それはないない」


 ここ最近一人でいる事が多い故に増えだした独り言を呟きながら数分のあいだ歩くとすぐに大きな校舎が見えてきた。


 壮麗なアーチを潜るとそのまま所属している教室へと向かう。


 教室の扉越しでも聞こえてくる騒がしい声は舞踏会についてが多いようだった。


ガラガラガラ


 レイが引き戸を開けて室内へと入ると示し合わせたかのように騒めきがピタリと止んだ。


 レイへと一斉に集まる視線。

 これもまたいつも通りの光景であった。


「地味男が来たぞっ!」


 学年に一人はいるお調子者が上げた声に吊られて冷笑と嘲笑があがる。


「また学園を間違えてるぞぉ〜?? ここは選ばれたエリートだけに許された場所だぜ??」


 ウケをとろうとお調子者が更に声を上げる。 


「まぁまぁ」


 嘲笑を浴びせる集団の中から声が上がった。立ち上がったのは綺麗な金髪をカールさせ、整った顔立ちに爽やかな笑みを浮かべた少年。


 このクラスで最上位の発言権を持つロイン・キンバリーであった。


「えっと……クズ……いや、クロムウェル……だよね?」


 わざとらしく尋ねるロイン。


 クラスのリーダーであるロインの言葉に再び嘲笑が沸き起こった。名門キンバリー家の長男である彼は成績優秀、眉目秀麗というハイスペックな少年は人気者のようだった。


「レイ・クロムウェルだけど?」

「すまない。ずっとレイ・クズだと思っていたよ」


 どっとクラスが沸く。


「そうか」


 レイは特に気にした様子もなくロイスの横を通り過ぎると自身の席へと座る。しかし、ロインは笑みを浮かべたままレイの席の前までついてくる。


 吊られて他の生徒達も周囲に集まってきた。


「あぁ、そうだ。明後日から舞踏会が始まる事は知ってるよね?」


 どうやらコレが本題のようだった。


「ああ」

「どうするんだい?」

「どうって?」

「君みたいな生徒とペアになってくれる人がいるのか心配になってね。このままいけば君は退学になるんじゃないのかい?」


 レイの反応を楽しむように言葉を紡いでいく。


「ロインは相変わらず優しいな。こんなクズにまで優しさを与えるなんて……。流石はキンバリー家の御曹司だ」


 わざとらしく取り巻きの一人がロインをよいしょする。


「当たり前さ。例えどんなゴミにでも慈悲を与えるのが僕なんだよ」

「ぶふっ。ゴミって地味男の事だよな?」

「そんな訳ないじゃないか。ゴミが可哀想だよ」


 打ち合わせをしていたんじゃないかと思えるようにスラスラとやり取りを続ける二人。学園が始まってからずっと同じような事をしていればスキルは上達するようだった。


「……えっとちょっといいか? さっきの質問にだけどそれなら問題ない。キンバリーも知ってるだろ??」


 その返答に不快そうな視線が集中する。


「ん? どうしてだい?」

「リーガルさんがなってくれるみたいなんだ。キンバリーがそう言ったって……」

「いや初耳だね」


 満足な答だったのか、笑みが一層深まったロインは何度も頷きながら後ろを振り返った。吊られて周囲も同じように振りかえる。


「ルーナ。お呼びのようだよ」

「え? どうしたの?」


 可愛らしい声で返答したルーナはちょこちょこと此方にやってくる。そして、レイを見ると華が咲き誇るような満面の笑みを浮かべた。


「君に尋ねたいんだけど……地味男君とペアを組むのかい? 僕が言ったなんて口にしているんだが」

「えっと……なんの話?」


 首をコテンと傾げるルーナ。初耳だと言いたそうな仕草だった。


「君がクズとペアになるって話さ」


 ロインが尋ねると、ルーナは悲壮な表情を浮かべて後ずさった。そして、いやいやと頭を振りながらロインの片腕に抱き着く。


「そんな……こ、怖い……」


 ぶるぶると震えるルーナの頭を優しく撫でるロイン。


「えっ!?」

「この嘘つきっ! 地味男なんかとペアになる訳ないでしょっ! このクズ!!」


 キッと睨みつけたルーナが鬼気迫る勢いでレイに罵倒を浴びせた。


「うんうん。そうだろう。 だって君は僕とペアになるんだから」

「ええ、そうよ。例え妄想でも怖い……」

「君のその妄言についてルーナが可哀想だとは思わないのかい?」

「えっ!? どういう――」

「まだ気が付かないのかい? ルーナは僕とパートナーを組むんだよ? クズと組む必要なんてないだろ?」


 やれやれと頭を振るロイン。


「おいおい、地味男がルーナさんと本気でペアになれるって思ってたらしいぞ!!」

「まじかよっ!? 地味男がルーナさんとペアになれる訳ないだろう」


 周囲はその流れに便乗しようと騒ぎ始めた。

 

「君は実力も無ければ家柄も良くない。キンバリー家やリーガル家の僕達と話せるだけでも感謝して欲しいくらいだ。まあ……君がどれだけ無能でも十大貴族・・・・ならば僕も礼を尽くしたんだけどね」


 キンバリー家は優秀な幻装騎士や聖女を数多く輩出した名家の一つ。そして、リーガル家もまた名家であった。


「家柄ね……」

「何か文句でもあるのかい?」

「……いや」

「まあ君には無縁な話さ」


 家名を聞き落ち込み始めたレイを見て、満足そうに目元を緩めたロインは見せつけるようにルーナを抱き寄せる。


「とにかく、君は退学予定のようだね」

「……これがしたかったのか?」

「うーん。それは誤解を生む言い方だな」


 ロインが薄く笑うのと同時にガラガラと扉が開いた。


「おい、講義を始めるぞ」


 教師の声にならってそれぞれが席に着き始めた。




◆◇◆◇◆




 銀色の髪がフワリと揺れる。


「ん。準備は万全」


 全ての計画が順調。


 いつもながらの完璧な計画に自分で自分に惚れ惚れしてしまう。いや、それは駄目だ。


 自分に惚れてはいない。


 そんな事はあり得ない。そもそも私の好きは一つだけ。


 だって――


「私はずっと――君が好き」


 自然と漏れ出た言葉に笑みが深くなるのが分かった。


 私だけが知っている。


 変な格好をしているけど私にはひと目で分かった。間違えるはずが無い。もし間違えたなら死んだっていい。比喩じゃなく、それくらい確信がある。


 だけど、思い出すのは昨日の出来事。


「あの女とペア……どうして……なんで……私がいるのに……おかしい……嫌だ」


 いや、もしかしたら彼はあの女が好きなのかもしれない。


 鏡に映る自分の顔は絶世の美少女と形容しても問題はない。今までだってそう言われ続けてきたし、雪のように真っ白できめ細やかな肌は誰よりも美しい自身があった。


「もしかして……私に飽きた? 忘れてる? でも、万が一にも美少女以外がタイプなのは否めない……」 


 こうやって言葉を吐き出しては思考を整理していく。


「ん。それは否める」


 昔に会ったときは私の可愛さに見惚れていた。開いた口が塞がらなかった幼い彼を思い出すだけでお腹がキュンキュンと疼く。


 ならば基準は一般的な筈。


「ん。ならアレは間違い。間違いは正さなきゃ。そもそもあれは貶めただけ……それに……ペアを了承したのだって……今の――君は深く考えていない筈。ん。そうだ」


 すっと冷たくなる思考。


 既に全ての準備を終えている。


 手のひらで弄っていたある部屋のを見つめるだけで口が緩むのが分かる。


「……やっとプランAを始められる。その次はプランB……」


 あとは実行に移すだけで成功は確約されている。


 今までだって計算が外れたことはない。


「時間が…………長い」


 いつもより遥かに流れる時間が遅い。


 何度も何度も時計を見てしまう。


 お昼が待ち遠しい。


 ずっと……朝からソワソワ、心が落ち着かない。


「待ってて。今日が運命の日になる」

(もう傷つかないように私がずっと側にいる……私だけが――君の全てを支えられる。だから、ね?)


 銀髪の乙女は人知れず動き出す。

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