小田急線無差別刺傷事件について
先日起こった小田急線無差別刺傷事件について色々思ったので、久しぶりに書いてみようと思う。
まずは被害に遭われた方々が身体的に回復し平穏な日々が送れるようになることを願っている。身体の傷が癒えても理不尽な殺意に晒された心の傷の回復には相当な時間が掛かるだろう。また直接の被害者だけでなく、その場に居合わせた恐怖から大きな精神的ダメージを負った方も多数いたであろう。死者が出なかったことは不幸中の幸いと言えるだろうか。また被害者を助けるためにその場で救助に当たられた方もいたようである。緊急時に冷静で的確な判断が出来ることは並大抵のことではない。敬意を表したい。
近年こうした大規模な無差別殺人事件(今回は死者は出なかったわけだが)が増えてきているように思う。思い付くだけでも幾つかの事件を挙げることが出来る。そして多くの人がこうした事件が起きる度に「キチガイはとっとと死刑にしろ!」という反応しか示さないことも定型化してきたように思う。いや、昔からそうだったのかもしれないが。
しかし、一見どんな異常な人間であろうとこの社会から生まれてきたことは事実だ。人間社会において他の何とも関連していない独立した事象などは存在しない。彼らを単に『頭のイカレたモンスター』としてしか見ないならば、同様の事件はまた出てくるだろう。犯人たちはもちろん特殊な考え方や歪んだ認知を持った人間かもしれないが、その歪んだ認知で蓄積したストレスが爆発するか否かは間違いなく当人の精神的余裕と相関性がある(もちろん金もあり、恋人も居て、社会的にも成功しているのに殺人を犯す純粋なサイコパスは実際に存在するだろうが、それはもっと稀だ)。世情が不安定になれば、潜在的にそうしたものを抱えていた人間が爆発する可能性は高まる。私が言いたいのはこの点だ。
さて今回の犯人が特殊な点は「幸せそうな・勝ち組の女性を殺したいと思うようになった」という供述をした点だろう。実際に直接のターゲットとなり一番酷い傷を負った被害者の方は20歳の女性だったようだ。犯人がある程度本心を語っていたと仮定して、どうしてこうした思想を抱くようになったのか、そもそも思想と言えるほど一貫したものを持っていたのか……に関しては専門家の分析を待ってからでないと何とも言えないだろう。
私が今回の事件で特に関心を持ったのは、犯人についてというよりもこれに対するTwitter上の反応だ。ある共産党議員が「容疑者が派遣労働者であり、同様の事件を起こした犯人も派遣労働者だった」と述べたところ多くの批判が集まったのだ。
「派遣労働者がみな犯罪者予備軍かのような物言いだ!」と共に多かったのは「明らかに女性を狙った犯行なのにフェミサイドであるという視点が抜けている」「派遣の多くは女性なのに女性による無差別殺人者が出てきていないのはどう説明するのか?」といった点である。
私自身はこの議員の発言をそれほど奇異とは感じなかった。
言うまでもなく派遣労働者全員が犯罪を犯すわけではないが、やはり派遣などの非正規労働者は現在では社会的弱者という側面が強いと思う。収入も不安定で雇用自体も限定的な彼らがその要因だけで多くのストレスを抱えていることは間違いないだろう。犯人像がまだ明確になっていないため、本件においてこの要因が強いのかを論じるのは早計かもしれないが、貧困と犯罪の相関関係が高いのは統計的に事実だ。
また女性派遣労働者が同様の凶悪な事件を比較的起こしていない、という指摘に関しては、そもそも凶悪事件の犯人は男性の方が圧倒的に多いという点で説明が付く。それがなぜかと言うと、要因の一つとして「男性の方がコミュニケーション能力が低く心理的ストレスを溜めやすい」というものが挙げられていた。これも確かにそういった側面はあると思うが、やはりもっと根本的な要因は生物学的な性差だろう。男性ホルモンの一つテストステロンは活力の源であり欠かせないものだが、攻撃性とも大きく関連している。人類がまだ狩猟を生業としていた時代においてそうした攻撃性はオスとしての優秀さに直結していたし、そしてこれは現代においてもある程度受け継がれており、テストステロン値が高い人間の方が社会的に成功している割合が高いようだ。……まあつまり、生物学的に男性の方が攻撃性が高い・衝動的に暴力に走りやすい、というのは間違いないということだ。
しかし上記の議員の投稿に対するTwitter上の反応はとても興味深かった。
男女の分断がこれほどまでのものとは思っていなかった。そして私自身が女性側の視点に対してあまりに理解が足りていなかった、という点に気付かされた。
一番大きな指摘は「なぜ犯人は『幸せそうな女性を殺そうと思ったのか?』そこには日本社会全体に潜在的に大きな女性蔑視の思想があるのではないか?」という点である。私は当初この点に関しては犯人の個人的な生い立ち等による女性像の形成に問題があった……と単純に考えていたが、なるほど確かに日本社会にある通奏的な女性蔑視の思想が犯人の志向を定めた可能性は否定できないと思った。しかしとにかく、当該の投稿に寄せられたリプ等を見ていると、女性の「ただ女性であるだけで強いられてきた差別」というものが、ここまでのものであったのか、と思い知らされた。
ただこうした男女お互いの理解の無さ・分断というのは、当事者同士で煽り合っている内にさらに溝が深まっていくだろう。というか果たして溝が埋まることなど有り得るのだろうか?という気すらする。結局のところ多くの人は他者を理解しようともしていないし、それがさして意味のあることと思ってもいないように見える。近年は特にその傾向が強くなっていっているように見えるし、そしてそのこと自体がこの切迫した時代の表れでもあると感じている。
男女間の対立という部分だけでなく、格差社会という部分についてもだが、結局のところ人は自分の視点からしかモノを見ることは出来ない。私自身がこうした事件が起きると加害者の心情に興味を持つのは(事件を起こすのは加害者であり、被害者ではないという単純な順序があるにせよ)、やはり「自分自身がそうした事件を起こし得たかもしれない」という意識があるからに他ならないだろう。
現在の日本社会においては「格差がある」ということを認めることすらタブー化しているように感じる。収入だけでなく、教育、人間関係……生まれつきの環境によって大きな格差があるという単純なことが認められないのは、社会にそれだけ自己責任論が根付いているからだろう。
どう考えてもここからすぐに世相が好転する要素は見出せない。同様の事件はきっと出てくるだろう。警備体制の強化では『無敵の人』を防げない部分がどうしても残る。皆様もどうか気を付けて下さい。……いや決して不安を煽りたいわけではないのだが。
PS:さっきワイドショーを見ていたら事件が取り上げられていた。たかだか1~2日の取材で犯人の人物像を作ってしまうのはあまりに安易で煽情的だが、まあ見てしまった以上自分も同罪か。私が見た二つのワイドショーではフェミサイド的な側面にはほとんど触れられていなかった。
(了)
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