『バクマン』について

久しぶりに『バクマン』を読み返した。

人気作品なので当然知っている方も多いと思うが、2008年からジャンプで連載していた漫画で、原作と作画をそれぞれ担当する中学生男子2人組が人気漫画家を目指してマンガを描いてゆく……という作品だ。


とにかく面白かった。

自分がこうして小説を書くきっかけにもなった作品だったということを再確認もしたが、それ以上に何度読んでも純粋に物語として面白い。

マンガならではの裏話や苦労話、ジャンプならではの人気獲得のためのハウツー的な部分もあるが、それ以上に熱いバトルマンガなのだ。マンガを連載してゆくというのは何よりも闘いである!という点を強く感じさせられる。やはり私がこれだけ心動かされるのは、そういった熱い部分があるからだ。

そして作中のスピード感が一切衰えないところがすごい。部分ごとに明確なテーマを設定してそれに向けて一切無駄なく書いているのが伝わって来るから、冗長に感じることが一切ない。コミックス全20巻という決して短くは無い分量だし、書かれている内容はその何倍も濃いものだが、一気に読ませるだけのスピード感がある。




しかしその熱さや濃さは、今の若年の読者とってはちょっと暑苦しいのかもしれない、という気もしてくる。

作中でも時々言及されているが、王道作品として提示されているのは『あしたのジョー』や『愛と誠』といった梶原一騎作品だ。「とにかく死ぬ気で書け!」というこの暑苦しさがどれほど今の読者には伝わるのだろうか?いや、伝わるだけの作品性と熱量とがバクマンには間違いなくある!と私は思うが、受け止め方は当然各人によって異なるだろう。


なにせ今ライトノベル界で流行しているのは、異世界転生してのチートかスローライフなのだ。私自身はそうした流行作品に詳しくはないので、その傾向を語るのは的外れな可能性も高いが、最近の読者は「面倒くさい部分はとにかく避けて、気持ち良いもの・心地良いものを得よう」とする傾向が強いように思う。

バトルものなら、七面倒くさいバトルへの動機づけや主人公の強さの秘密などは別にどうでも良く、如何に気持ち良く主人公が無双するかがポイントだし、物語的展開もあくまでその無双能力があった上で起こる課題をどう解決するか、といった大枠を崩すことのない作品が多いように思う。

そもそも「異世界もの」という設定からしてとにかくリスクを避けたい、という願望が表れているように思う。フィクションの世界の中でさえ、主人公の命が本当に危険に晒されることの無いように異世界を設定するのだ。

その上さらに最近は、異世界に行ってスローライフを送ることを目標とする作品も多い。いや、勿論のんびり過ごすことを目的とする作品があっても良いし、私自身も本来そうしたものが嫌いではない(毎週『世界ネコ歩き』を録画してるし)。

……だがそうした作品がここまで流行るのはどうなんだろう?と思ってしまう。王道の作品があって、あくまでその対比としてそうした作品があるから面白いんじゃないのか?と思うのだ。


しかし今回バクマンを読み返して思ったのは、私のそうした『王道』『邪道』といったイメージはこの作品によって形作られているのではないか?という点である。

バクマンの主人公であるシュージンとサイコーは担当編集者を相手に、何度もこの『王道』『邪道』ということを話し合う。この作品のテーマの一つと言えるほどだろう。

『ドラゴンボール』『ダイの大冒険』『ワンピース』『BLEACH』……王道と呼べるジャンプ作品には間違いなく一つの類型がある。私は最近の『鬼滅の刃』や『呪術回戦』についてはほとんど知らないので何とも言えないが(恥)、『DEATH NOTE』以降「邪道の王道」と呼べる作品で大ヒットした作品はほとんどないように思う。……いや、近年の『ざまぁ系』などは邪道そのものか。とにかくもうそういった対立を設定することに意味が無くなってきているのかもしれない。




バクマン自体の話に戻るが、『王道』『邪道』ということで言えば、本作は「マンガを描くことをマンガにする」という一見メタな作品のように見えて、実に王道バトルマンガと言える。マンガを……特に『週刊少年ジャンプ』に連載を続けることが如何に闘いであるか、という部分は作品を読めば十二分に伝わるだろう。結局必死になって闘っている様にしか本当の意味で心惹かれることは無いのだ、と私は思う。


魅力的な数々のキャラクターも王道的だ。

主人公のサイコー、それにライバルである天才新妻エイジはある意味で完璧過ぎて人間的深みはあまりないとも言えるが(だがこれもジャンプ王道作品の傾向とも言える。悟空やルフィ、ダイなどは正にそうだろう)、原作担当の主人公シュージンはめちゃくちゃ悩んでいるし、その他の数々のサブキャラクターは大人なら共感せざるを得ない人物ばかりだ。

アシスタントとして随一の技術を持ちながら、その技術をひたすらモテるために利用しようとするクズ中井巧朗の浮き沈みほど読者の心情に訴えかけるものは無いように思う。

そして「とにかく働きたくない」が口癖の、26歳にして初めてマンガに触れ「自分も出来るかも」と思って投稿したらあれよあれよという間にプロになってしまった、というある意味作中一番の天才である平丸一也ほど読者に応援されるキャラは居ないと思う。

その他、恐らく実在している人間をモチーフにした編集部員たちも魅力的だ。 


もう一つバクマンが提示している明確なメッセージとして「売れているからといって作品をダラダラと引き延ばすことは、その作品の価値を貶めるだけだ」というものがある。

これは一時期のジャンプにとても強かったとして批判されることの多い傾向だが、実際はどの雑誌でもそうだし、何もマンガ業界に限った話でもないだろう。

これには完全に同意するしかない。ムダの無い作品、完成して完結した作品は本当に何度も見返したくなるものだ。




小説を書いていると、いつの間にか自分なりのメッセージ性みたいなものを優先してしまっていることがある。それはそれで一つの書き方だし、ある意味で本当に価値のある作品はそうして作られたものにしかない、という気はする。

だが今回バクマンを読み返して思い出したのは何よりも「面白い作品を描きたい!」という気持ちだった。そう思ったから自分は小説を書き始めたのだった(マンガを描いてみたいという気持ちも当然あったが、不思議なことに私は絵が描けなかった)。


いつかまたモチベーションを上げる必要を感じた時には、この作品に手を伸ばすだろう。






(了)

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