音楽について②

さて思春期真っ盛りの高校生だった私は、当然GRAPEVINEのような渋い音楽だけでなく、もう少し衝動的な音楽を求めていた。

その欲求を満たしてくれたのは、私にとってfra-foaとART-SCHOOLという二つのバンドだった。


fra-foaはCMで知った女性ボーカルのロックバンドだ。音楽ジャンルとしてはWikipediaを見たらエモコアとされていた。当時はグランジとも呼ばれていたように思う。

JPOP的な波形のかっちりしたサウンドとは真逆の生々しい手触りのサウンドが私にとっては新鮮だった。ドラム、ベース、ギター一本、女性ボーカルというオーソドックスな編成なのだが、迫力があって重たいリズム隊と、ギターが一本のため轟音とアルペジオとを行き来し隙間が多いサウンドなのが特徴だろう。

ボーカル三上ちさ子の書く歌詞は死を連想させるものが多い。歌唱も命を削るようにエモーショナルなものだ。それに合わせるようにバンドの演奏も静と動を激しく行き来する。

テーマ的にもサウンド的にもとても重たい楽曲なのだが、私はfra-foaにキラキラした部分を見ていた。それが純粋に楽曲の芯の部分によってなのか、三上ちさ子の存在感によってのか、テンションコードのアルペジオによってなのかは分からない。恐らくはそのどれもだったのだろう。

fra-foaはアルバム二枚しか出していない。一枚目のアルバムはニルヴァーナなどで有名なスティーブ・アルビニが数曲エンジニアを務めたということで、前述したようなとてもラウドで生々しいサウンドが特徴だ。二枚目のアルバムは前回触れた根岸孝旨プロデュースの作品で、もう少しポップでキラキラしたサウンドがより際立っている作品だ。


一方のART-SCHOOLというバンドを知ったのはラジオだった。以前の稿でも書いたNHK-FMのミュージックスクエアという番組だ。

「なんてボソボソと話す人だろう!」というのが私の第一印象だ。楽曲を聴くよりも先にボーカル木下理樹の話す声を聞いた。公共の電波でこんなにボソボソ話す人は初めてだったし、しかも間をたっぷり使って話すものだから、放送事故になるんじゃないかとヒヤヒヤした。でもそのボソボソした話し声と考えられた言葉が、とても誠実なものに私には感じられた。

やがて曲が流れた。ポップなギターロックに「君のぬるい子宮の中……」という歌詞がとても印象に残った。「こんなこと歌って良いんだ!」というのが良い意味でとてもショックだった。

それからすぐにCDを買って聴き込んだ。どの曲もポップさと死を感じさせる世界観が両立していた。

ART-SCHOOLの音楽はシンプルだ。演奏自体はしっかりしているのだが、難しいことをしているわけではない。バンドスコアを渡された軽音部の大学生ならば、数回練習すればとりあえず形にはなりそうな曲ばかりだ。木下理樹のボーカルも上手くはない。クラスに何人かいる歌の上手い人の方が多分上手い。

でもそんなところもとても魅力的に映った。子供の頃から音楽の道をずっと歩んで来た人間ではなく、悲痛な叫びの自己表現の手段として音楽を利用した、という感じが私はとても好きだった。同時代の人間の自己表現としてとてもリアルなものを感じていた。

あとはやはり曲が良い。歌詞の世界観もだが、メロディがとてもエモい。ギター二本のアレンジもシンプルだが巧みだ。そんな突飛なことや難しいことをしなくても心に響く音楽は作れるんだ、ということを教えてくれた。


その頃からラジオと雑誌で知った様々なバンドを(ほとんど邦ロックだが)聴くようになっていった。東京に出てきてからはタワレコに通うことでさらにその頻度は増していった。

ストレイテナー、バンアパ、BURGER NUDS、ACIDMAN、BRAHMAN(私が聴き始めたのは2007~8年頃だった)……数々のバンドを知った。

当時はそんなこと思いもしなかったが、今振り返ってみると、音楽そのものというよりも作者自身にこそ興味を向けていたのではないか、と思う。

これは完全に音楽雑誌を読みすぎた弊害だと思う。当時すでに音楽雑誌を立ち読みする習慣が出来ていた(音楽雑誌の立ち読みはすぐにエスカレートして、ほぼ毎月丸々一冊を立ち読みしていた記憶がある。今にして思えば書店や出版社に申し訳ないことをした)。

当時の雑誌では、バンドマンの生い立ちから根堀り葉掘り聞いていくインタビューが多かった。『10万字インタビュー』と銘打って大々的に特集を組まれていたアーティストも多かった。

「新作のアルバムの歌詞が暗めなのは、こういう事件がアーティスト自身にあったからだ」とか「明るくなろうと頑張っているけど根本で変われないのは、やはり暗かった学生時代の影響が残っているから」とか、そういった深読みの仕方を提示していたのだが……まあこれはとても野暮なものだよなと今になってみると思う。

でも好きなバンドのことなら深く知りたいものだし、そうした表現に理由があるのならその方が真実と思うのがリスナー心理だろう。

バンドマンに抱いていた当時の印象は、芸術家というよりも書生という方が近かったように思う。音楽に純粋にのめり込んで気付けば作品を作っていたというよりも、自己表現の手段として音楽を選んだというイメージだ。

私自身が当時それだけ色々なバンドに手を出したのも「今の若者のリアルな感情を知りたい、今の時代を感じたい」という欲求があったからだと思う。


とまあ、この様に非常に理屈っぽく音楽を聴き、そしてこうして自分の音楽体験を文章化するという野暮ったい行為に精力を費やしているのも、全てはこの時期の『音楽と人』と『JAPAN』のせいだろう。


前述の通り自分はどこかバランスを取ろうとしてしまう人間だ。それが良いことなのか悪いことなのかは分からないが、批判的に捉えるならば、ずっと何かを平行して追ってゆくよりも、一度何かに全力でハマり、そこの熱が冷めたらまた別の何かに全力でハマってゆく方が、トータルで得るものは大きいのではないかという気もしている。

……ま、何が言いたいかというと、この頃は邦ロックにハマっていた時期だが、そういった音楽だけを聴いていた訳でもない、ということだ。


SPEEDのhⅰr oのソロ曲の後半期は、近未来のポップス、みたいな感じがしてとても好きだったし(あれから20年近く経つわけだが、似たような感触を覚えたのはschool food punishmentくらいか)、数少ない洋楽でハマったのは、ビョークとシガーロスというどちらもアイスランドのアーティストだった(民族音楽が好きなのはこの辺りの影響と、あとはBRAHMANのライブのSEでブルガリア民謡が流れていたことが大きいと思う)。

あとは女性シンガーソングライター系の音楽である。Coccoも自分で曲を書くという意味ではそうかもしれないが、音像的にもう少し柔らかいアコースティックな音楽も好きだった。

柴田淳、Fayray、SNoW、熊木杏里、RYTHEMという女性デュオも大好きだった。

改めてなぜそこに行き着いたのだろう?と不思議な感じがする。

柴田淳などは高1の時から聞いていた。ピアノを中心とした柔らかい音とポップで伸びやかなメロディ、そして赤裸々で時にキツイ女性の本音を描いた歌詞が特徴である。

バランスを取ろうという意識が働き、そうした音楽も聴いておいた方が良いと思い手を出したのかもしれないが、そういった意味で手を出した洋楽のバンドにほとんどハマらなかったことを考えれば、何らかの要素に心を動かされたことは確かなのだろう。

むろん複雑な恋愛心理など高校生男子に理解出来る訳もないのだが、単純な意味で内省的で暗い心理を描いたそうした曲の雰囲気に惹かれたのかもしれない。

あとは女性への漠然とした憧れもあっただろう。男から見た性の対象としての女性という意味ではなく、自分自身の内にある女性性の発露というか。同様の意味で文章を読んでも「これは作者は男性かな?女性かな?」ということを自分は意識してしまう。当たり前と言えば当たり前だが、男性と女性の表現は違う。女性的な表現への憧れが常にあるのではないだろうか、ということだ。


まあ当時の邦ロックバンドと女性シンガーソングライター、どちらにも共通しているのは内省的な音楽ということだろう。

ハードロックやメタルという音楽が自分はあまり好きにはなれなかった。ギターをちょろっといじっていた身からすると、速弾きのギターソロや重低音の迫力あるリフ(リフレイン。曲中で繰り返される印象的なフレーズ)などは無条件で憧れるものだし、それがカッコいいという気持ちに変わりはないのだが、トータルの音楽的にはマッチョでネアカな音楽が多く、また様式美的に「こういう感じさえやっとけばお前ら好きなんやろ?」という表現が多いような気がして、あまり好きになれなかった。……もちろん探求不足というか、探せばそうではない表現のハードロックも沢山あるのだろうとは思うが。


まあそんな音楽遍歴を音楽雑誌とタワレコと共に歩んできた私だったが、2006年だか07年だかに(振り返って調べてみたがはっきりしなかった……キレが悪い)衝撃的な出会いを果たす。

「のっちです、かしゆかです、あーちゃんです、3人あわせてパフュームです」

という訳でPerfumeである。




(続く)

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