運動について


 頭脳・精神も身体の一部だと思っている。

 まあ字面だけ見れば「そりゃそうだろ」ということになるが、多くの人は頭脳>身体と思っている。頭脳が身体を操っているイメージだ。

 そうではなくて頭脳<身体ということ、身体の優位性を主張したい。

 もちろんそう考えるに至ったのは色々な思想的影響を受けているのだが、それよりも自分の実感の方が強い。


 子供の頃は、やる気が出ないし不安な気持ちの時が多かった。

 高校を卒業してからは「これではダメだ!」と気持ちを入れ替えようとして頑張ったが、ガス欠になることも多かったし依然として不安な気持ちは強かった。というか当時はそれが通常だと思っていた。後になって振り返れば「あの頃はあんまり精神状態良くなかったな」と思うだけだ。


 今の方が精神的にはだいぶ安定している。そうなった要因は、運動をするようになり食事に気を付けるようになったことだ。

 運動自体は子供の頃から好きだったのだが、家庭的な事情により部活をさせてもらえなかった。日常的に運動をする習慣がなかったのである。


 二十歳で東京に出てきた頃からジョギングをするようになった。時々腕立てとかもするようになった。きっかけを明確には覚えていないが、とりあえず何かを運動をした方が良いと思ったのだろう。

 腕立てで目に見えて筋肉が付いたという感じはしなかったが、ジョギングの方は継続していたし距離も伸びていった。とにかく気持ちが良かったのだ。走っている最中は苦しいが、終わった後は気分が良いし、飯も旨い。睡眠も深くなった。


 ただ、ジョギングというのは「結構がんばってやらないといけない行為」である。

 仕事が終わって帰ってきて、一息ついてからもう一回外に走りに出るという行為は中々ハードルが高い。冬の寒い日もだるいが、夏の暑さはもっとだるい(夜間でも)。

「今日は疲れているから休みにしよう」「ちょっと今日は時間がないなぁ」と言い訳を付けて走らない日が増えてくると、走る能力自体が衰えてくる。そうなると余計走りたくない……そんな悪循環だった。


 たまにフットサルをやったりして自分が動けないのを実感すると「走らなきゃ!」となるのだが、まあ日常の惰性の方が強いもので、サボりがちな傾向は強くなっていった。

 年齢的にも20代後半になってきて「今さら体を鍛えてもなぁ……」という気持ちは強くなっていった。ただそれでも完全にやめなかったのは、義務感もあったし、走る気持ちよさを覚えていたのだと思う。


 転機は20代後半になって就いた職場で訪れる。

 まずは仕事自体が思っていたよりも肉体労働だったことによる。最初はかなりキツかったのだが慣れてくると体力自体が増したような感じがする。

「あれ?30歳近くになっても体力って全然増やせるものなのか?」

 そんな矢先にダンベル・ケトルベルといったウエイト器具たちと出会うのである。

 職場はゴミの中継基地で、家庭から出る様々な不燃ゴミ集結する場所だった。捨てられていたそうした器具を利用しての筋トレが始まった。

 筋トレ好きな先輩に教えてもらったり、ネットで調べて様々な種類の筋トレをするようになる。後になると若い後輩も一人入ってきて、彼とも一緒に筋トレをするようになった。

 まあ環境に恵まれていたと思う。職場に行って……ほとんどの日は勤務時間中に……筋トレが出来るのだ。サッカーボールを拾って後輩とサッカーの練習もしたし、仕事後に敷地内でジョギングも出来た。さらには職場に風呂があり、入ってから帰宅出来るという最高の環境だった。

 仕事も肉体労働だったので、さすがに帰宅する時にはヘトヘトなのだがこれが気持ちよくて仕方ない。充実感が身体から溢れてくるのだ。


 そんなわけで私自身は運動が習慣化して精神的にだいぶ良くなった。運動の最中や直後だけでなく、常に何となく気分が良いのだ。食事や入浴、睡眠などの日常的な行為もすべて気持ち良さが増す。

 これは「そんな気がする」というレベルではない。有酸素運動や筋トレによってセロトニンやドーパミンといった幸せホルモンが分泌されてくることは科学的に証明されている。

 さらに、筋トレはテストステロンという男性ホルモンを分泌させることも知られている。テストステロンは、性欲や攻撃性とも関連しているが「やる気ホルモン」とも呼ばれるように気持ちを前向きに整え、さらには記憶力や集中力をも向上させることが知られている。

 食事の内容も大事だ。

 筋トレをしない人でもタンパク質を意識的に摂取した方が良い。特に日本人は「野菜さえいっぱい食べておけば健康になれる」という考え方をしている人がいまだに多い気がする。タンパク質は筋肉の材料になるのはもちろんだが、上記のような幸せホルモンの材料にもなるのだ。


 意味もなく不安な気持ちが強いとか、やる気が出ないとか、鬱っぽい……という人に知っておいて欲しいのは、そうしたものは気合いや考え方でどうにかなる問題ではないということだ。純粋に脳内物質が足りないのだから、まずは生理的な環境を整えるべきだ。

 すなわち栄養のある食事、十分な睡眠、可能であれば適度な運動だ(運動が過度なストレスになってしまう人もいる)。食欲が出ない、夜眠れない……という人は是非とも運動してみて欲しい。


 作家だと村上春樹がマラソンをしているのは有名だ。

『走ることについて語るときに僕のかたること』という、まさに走ることを題材にしたエッセイ集を私も読んだことがある。彼にとって走ることが作家生活といかに結び付いていたかを述べたものでとても興味深かった。

 カクヨムで書いているすべての人が同意してくれると思うが、一つの作品を完成させるのはとても労力のいることだ。村上春樹の言う通り、体力と書く力とは無縁ではないだろう。


 とはいえ運動の習慣がなかった人が、走ることを習慣にするのはかなりハードルが高いので、まずは家で出来る運動を試してみてはどうだろうか?

 おすすめはスクワットだ。しゃがんで立つ……というとてもシンプルな運動だ。

 下半身には全身の7割の筋肉が集中している。スクワットはその内のかなりの筋肉を刺激することが出来る運動だ。年齢・性別に関わらず筋肉は増量できることが科学的に証明されている。週に2,3回、一回につき10分だけでも効果はあるので、運動習慣のなかった人はぜひ試してみて欲しい。

 あとはストレッチだ。ちゃんとやればかなりリラックスする。身体の緊張をほぐすことで精神の緊張をほぐすことが出来るのだ。



 さて、今までの内容と熱量を見てもらえれば賢明な読者はお気付きかもしれないが、筋トレも一種のドラッグであり私はとっくにその中毒者である。

 おそらく二日間までなら運動を断つことが出来るが、三日目からは露骨な不調、イライラ、不眠といった症状に悩まされることだろう。酒を止められたとしてもなんてことはないが、筋トレを止められたとしても医者の言うことを守らないと思う。

 まあ副作用は筋肉痛と疲労くらいなので、死ぬまで付き合っていこうと思っている。



 



(了)

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