思い出されるフィナンジェ破滅ルート

 少し霧がかった映像が見える。

 どこか俯瞰視点のようだが、それはゲームのような平面ではなく、血の通った人間たちがリアルに映し出されているモノだ。

 その中心にいるのは、今よりもずっと冷淡な眼をしたフィナンジェ。

 ルベール商会の紋章――〝糸束いとたばを咥えた鷹〟が飾られた執務室の中で、部下たちに商売の指示を与えている。

 書類に押し潰されそうな仕事量だが、それは大した苦ではないし問題ではない。

 それよりも他者に仕事を任せて万が一失敗した時の方がリスクが高いと考えている。


(あ……何か見えたと思ったら、子どもの頃に聖女と関わりを持たなかったフィナンジェ破滅ルートだ……。これは干渉できないVR映像みたいなものなのかな)


 自分がふわふわと精神体のような姿で浮いていると気が付いたラン。他の誰からも見えていないようだ。

 朧気ながら思い出してきたゲームの記憶によると、この世界線では聖女ランが隕石を予知してフィナンジェに伝えるも、口封じがてら地下室に監禁されたあとの場面だ。


「ククク……あの価値がないと思っていた聖女、こんなにも大きな商機をもたらしてくれるとはな」


 部下たちがいなくなった部屋で、フィナンジェは乾いた笑みで呟いた。

 ランが知っている優しいフィナンジェとは別人のようだ。


「帝国兵と村が消え去るような被害が出れば、帝国側も黙ってはいないだろう。隕石ということを隠して上手く情報操作をすれば戦争にだって発展する。そこで出てくる商機を予測して、売り物を用意しておけば……笑いが止まらないな」


 子ども時代の価値観を変える出会いがなければ、こんなにもルベール商会の冷徹な価値観に心を縛られた存在になってしまっていたのだ。


「母さんと妹たちはパーティーがあると偽って王都に招いてあるし、他は死んでも良心は全く痛まない。他の人間なんて価値のないゴミだ。金の方が偉いさ。金のために死ねれば本望だろう」


 正気ではないような発言だが、これがランと関わらなかったフィナンジェなのだ。

 唯一残った清い心が、母親と妹二人だけ避難させたことなのかもしれない。




 そして――数日後、隕石が落ちた。

 いや、正確には隕石が空中で弾けて、その途方もない衝撃波で村周辺が吹き飛んだのだ。

 地球の1908年にロシアで起こったツングースカ大爆発という隕石事故と同じようなケースだ。大型ミサイルで換算すると数百発分は下らない。

 当然の如くローネ村の生存者は0名。

 王都にまで届く破壊の光は眩しすぎて、フィナンジェも目を細めていた。


「オレ様の金になってくれてありがとう、価値なき人々」


 それは本心からだった。

 人間を金銭的な価値でしか計れないように豪商の父から教育されたのだから。

 その直後、フィナンジェの母であるヴィジーと、妹のフリアが執務室にやってきた。


「……フリンはどうしたんだ、母さん」


「あの子は……脚をケガしてたから村に……」


「……そんな……バカな……」


 フィナンジェはガクリと膝から崩れ落ちた。

 妹をこの手で殺したようなものだからだ。

 情報漏洩を恐れて詳細を話さずにおいたので、それが原因となって置いてきてしまったのだろう。

 たった少しの商売のリスク管理のために愛する妹を見殺しにしてしまったのだ。


「あ、あああああああああぁッ!!」


 二度と取り戻せない価値――命。

 後ろからトコトコ付いてくる、小さく暖かな存在は〝死〟という値札を死神に付けられて連れ去られてしまった。

 唯一残っていた僅かな清い心すら砕け散り、頭をかきむしるフィナンジェ。

 彼は歪んだ笑顔を浮かべ、貿易用の美術品である錆び付いた短剣を握りしめて地下室へ向かい、そこにいた悲しげな聖女をめった刺しにした。

 聖女は何かを告げていたが最後まで耳に届かなかった。

 フィナンジェの顔は血で汚れて艶めかしく輝き――その姿は女性ファンを増やしたという。


(たしかにちょっと危ない一面があるイケメンっていうのも人気よね……って、違う! 私がメッチャ理不尽に刺し殺されてるじゃない!? そ、そうだ……思い出した。ゲームでもこの流れだった。しかもゲーム世界特有の2Dからリアル3Dになってる……)




 ***




 ランはユニコーンに騎乗しながら、ハッと目覚めた。

 どうやらローネ村へ移動中に一瞬だけ意識を失っていたらしい。

 先ほどのVRもビックリなリアル映像は聖女のスキルに関連したものかもしれない。

 つまり、ゲームで回想が入るようなものがスキルになったのだろうか?


「って、そんなことより、ユニコーンに乗っている最中に強制的に気を失わせるとかすごく危ない! 聖女に人権はないのか!?」


「突然、叫びだしてどうしたんだい、ランちゃん?」


 鬼熊にしがみ付いているという、ちょっと可愛い格好のフィナンジェが疑問の眼差しを向けてきていた。


「な、なんでもないですよ!」


 いつもの優しさと強さを備えたフィナンジェの表情にホッとするラン。

 もう一つの未来を視て感じた悲惨さから、質問を投げかけてみた。


「……フィナンジェ様、今ならまだ引き返せますが……本当に隕石が降ってくるローネ村へ向かうのですね?」


 大切な妹のフリンが死んでしまったら、きっとまたフィナンジェは形容しがたい悲しさを味わうことになるのだろう。

 その先は破滅フラグ――再びランの巻き込まれ死が目に見えている。


「ランちゃん、なぜだかわからないけど、ここは自分自身で助けに行かないと絶対に後悔する気がするんだ。大切なモノをこの手で壊してしまうような……そんな……。誰かから告げられた気がして……」


「ふふ、そうですね。もし、腹いせで私が刺されることになったら嫌ですし」


「面白いことを言うな、ランちゃんは」


(……いや、違う。私が殺されるのも嫌だけど、もう私にとってフリンちゃんは友達の妹さんでもあるんだ。助けたい、絶対に助けなきゃ……)


 ランは強い決心をした。



――――


あとがき



面白い!

続きが気になる……。

作者がんばれー。

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