聖魔法2

 修道院の奥に行くと物々しいベッドがあった。

 現代の洗練されたものではない、中世の手術器具が横に置かれている。

 処置したばかりなのかハサミなどに血が付着しているのが見えた。


「……ッ」


 ランは小さく呻くような声を出してしまう。

 ゲーム画面を通してなら平気なのだが、現実では血の臭いなどが鼻を通して体内に入ってくる気持ち悪さや、周囲の人間の雰囲気に飲まれてしまうからだ。


「フリン! どうしたのフリン!!」


「……あれ? フリン、どうして喋らないの?」


 母親のヴィジーは半狂乱でベッドに横たわっている我が子――フリンに近付こうとするも止められ、双子の姉のフリアは状況を把握できていないようだ。

 一歩離れたところにいるからこそ、ランは現状がどうなっているのか理解できた。


「……酷い」


 そのベッドに横たわっている小さな女の子は、フリアとうり二つだった。

 ただ、ショックからか両手で顔を覆ってしまい、隙間から涙が溢れ出ている。

 太股から足の先まで血の滲んだ包帯が硬く巻き付けられていた。

 足に大けがを負ったのだろう。


「ヴィジーさん、よく聞いてください。このままでは脚が腐ってフリンちゃんは死んでしまいます。助けるためにはすぐにでも切断するしか……」


「切断……!? もう二度と歩けなくなるってことですか!? そんな……どうして神は試練ばかりをお与えになるのですか……」


 医者からの無慈悲な通達にヴィジーは崩れ落ちてしまう。

 フリアもようやくわかってきたのか、表情を動かせずに震えている。


「うそ……フリン、歩けなくなっちゃうの? 一緒に、世界中を回る行商人をするっていう約束したのに……」


 この世界では医療は現代ほど進歩していない。

 いや、現代の医療でも脚をグチャグチャにされてからの処置で、元に戻すというのは難しいだろう。

 命だけでも助けられる選択肢があるというのは、修道院に優秀な医療知識を持った者がいたという証左でもあるのかもしれない。


「薬草! そうだ、薬草はないんですか!? 高級な薬草ならどんな重傷でも治るって聞いたことが! お金ならなんとか――」


「すみませんヴィジーさん……ストックもないし、今から王都まで探しに行くのにも時間が……」


 ファンタジー世界なので薬草というものは存在している。

 しかし、一般的な薬草は現実と同じで消毒作用などの補助として使われる程度だ。

 高級な薬草は傷を強制的に癒やす物もあるとされているのだが、希少価値から伝説のような扱いになっている。

 庶民にどうなるものでもない。

 残る手段は――


「あ、あああ……魔法……なら……」


「……それは……」


 魔法と口に発したヴィジーですら、無理だとわかっていた。

 当然、周囲の人間も押し黙ってしまう。

 その沈黙が続くかと思ったが――場に呑まれかけて思考停止してしまっていたランはハッとして口を開いた。


「あ、私、聖魔法使えます」


「せ、聖魔法が使えるだって!?」


 その一言に全員の注目が集まった。


「ママ、聖魔法ってなに……?」


「それは――」


 そもそも、この世界で人間が使える魔法は四属性である。

 火、水、風、土。

 この四属性を魔法使い――あまり数多くない魔法適性がある者たちが行使することができる。

 大抵の効果は攻撃系、補助系といった単調なものだ。

 そこに人体の再構成を促すような高度な魔法は存在しない。

 高度な魔力を扱えるエルフが改良を重ねて、より効果を高めたり、応用して生活魔法にしたりが限界だ。

 だが――そこには例外の属性があった。

 聖女が扱える聖属性、魔王が使える闇属性だ。

 他の属性とは明らかに効力の高さが異なる、特別な属性。


「お願い……治って……ホーリー・ヒール!」


 ここまでの重傷に使ったことのなかったランは緊張の面持ちだ。

 痛々しい幹部に手を当てて、力ある言葉をトリガーにして聖魔法を発動させた。

 優しく温かな光が広がり、幹部を照らしていく。

 周囲が緊張の面持ちで見守る中、治療が終了した。


「どう……かな?」


「……も、もう痛くない」


 驚いたような声を発しているフリン。

 顔を覆っていた手を取って、見えたのは泣きはらした目。

 医者が包帯を慎重に取り去っていくと――そこには傷一つ残っていない脚が見えていた。


「動く、自由に動くよ!!」


「し、信じられない……肉が裂けて、十箇所以上の骨が折れていたんだぞ……!?」


 きちんと膝や足の指の関節も動いている。

 どうやら聖魔法は成功したようだ。


「うん、大丈夫そうですね。ただ、数日間は違和感が残っていて歩くのに苦労すると思うので、少しずつ慣らしていってください」


 ランはホッと一安心した。

 一応、身体は元に戻せても、精神的な部分ですぐに歩くことができないかもしれないので、そこだけは注意しておいた。

 そういうメンタルケアはランではなく、側にいる家族が行ってくれるだろうと安心している。


「フリン……よかった、フリン!!」


「フリンが治ったー!!」


「ママ!! フリアお姉ちゃん!!」


 家族三人で抱き締め合っているのを満足そうに見届けたあと、ランは何も言わずに立ち去ろうとした。

 ランが好き勝手にやったことなので、称賛も報酬もいらないのだ。


「ま、待ってください! ランさん……あなたは……もしかして本当に……」


「だから言ったじゃないですか。私は通りすがりの聖女です」


 誰からも見えない角度で聖女っぽくないニッとした微笑みを浮かべ、これまた聖女っぽくないラフな仕草で背後へ手を振った。


「ランちゃん……カッコイイ……」


 フリアの尊敬するような声が聞こえたが、実際は照れ隠しでそちらを向けないだけだった。

 ――その後、遅れてやってきたフィナンジェが、ヴィジーの息子で、フリアとフリンの自慢の兄だというのを知った。



――――


あとがき



面白い!

続きが気になる……。

作者がんばれー。

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