幕間 フィナンジェ・ルベール
『フィナンジェ、お前は兄のスペアだ』
その言葉がフィナンジェの耳にこびりついて離れない。
――この世のすべてのモノには価値が存在する。
そこらの石ころには石ころ程度の価値しかないし、同じような形をしている金鉱は大きな価値がある。
その違いは何か。
価値を認めている〝人間〟がどれくらいいるか、ということだろう。
石ころに価値を見いだす人間は少ないし、金鉱なら加工して貨幣にもなるくらい魅了されている人間が多い。
一説では田舎でしか食べられていなかったトリュフが世間で多く求められると、高騰して高級品の代名詞になったという話もある。
価値とはそういうモノなのだ。
(じゃあ、オレ様の価値って……)
フィナンジェはローネ村で生まれ育った。
父親の顔は知らず、生活は貧しいが、それなりに満足していた。
愛情を注いでくれる母と、年の離れた双子の妹がいたからだ。
フィナンジェには商才と呼べるものがあった。
品物の価値を目利きしたり、他者とのコミュニケーションが上手かったり、計算が素早いなどだ。
なぜかそういう教本も数多く家にあって、どんどん才能を伸ばしていった。
そんなフィナンジェ子ども時代のある日――王都にある豪商タンディンの屋敷に呼び出された。
当初はフィナンジェの才能を見込んでのことだと思ったが、実際は違った。
その豪商はフィナンジェの父で、ルベール商会の跡を継げと言ってきたのだ。
フィナンジェはそれに返答するよりも先に、なぜ今まで会いに来なかったのか聞いた。
すると――
『跡取りにと思っていたお前の腹違いの兄が死んだ。……なので数多くストックしている息子の中から、その次に商才がありそうなお前を選んだわけだ』
まるで人間を物扱いするような言い方に唖然とした。
『フィナンジェ、お前は兄のスペアだ』
フィナンジェの価値が決まった瞬間だった。
この豪商は莫大な財力を保有し、王と肩を並べるほどの権力を持つ。
断ることは出来ない。
断ったら母と双子の妹がどうなるかわからないし、商人として成功すれば楽な暮らしをさせることができる。
その日からフィナンジェは豪商の下で勉強を始め、血の滲むような努力をした。
父の手腕は他国――実質敵対しているゴルディ帝国すら商売相手にするような凄まじいものだった。
亡くなった兄の商才も遙か高みにあったそうだ。
フィナンジェは悟った、今までの自分は井の中の蛙だったと。
村で少し本を読んで勉強して出来る人間だと勘違いしていただけなのだ。
ひたすらに努力に努力を重ね、商人としてのリスクをいくつも経験しながらも、実際の大きな商談も乗り越えてきた。
そして――弱冠十六歳にしてルベール商会の跡取りとして認められるほどにまで成長したのだ。
父にだけではなく、数多くの人間に認められる――つまり価値ある人間になったのだ。
しかし、同時に心境に変化が出てきた。
物だけではなく、人すらも値踏みするようになってしまったのだ。
すると世界はどうだろう――価値のない人間にあふれかえっている。
価値のある服で着飾っているが、中身は価値のない人間。
価値のある地位に強引に居座っている無能で、価値のない人間。
価値のある外見の美しさしか持たずに、数年で無価値になった人間。
上に立ってみると、世界とは思った以上につまらない風景だった。
本当の価値というモノがわからなくなってきた。
そんなとき――聖女ラン・グ・シャゾンに出会ったのだ。
絶対的に価値ある聖女として崇められている彼女を試してみたくなった。
その価値とは高そうな聖女の衣装か? それとも聖女という地位か? はたまた外見の美しさか? 聖女だけが使える聖魔法による回復という線もある。
(どうせ他の人間と一緒だろう)
そう思い、気を引くために高価な宝石を贈った。
しかし、ランは興味を示さない。
好みの品ではなかったかと思い、フィナンジェは次々と金をかけた贈り物や、催し物などで持てなしたが、ランの好感度は一向に上がらなかった。
ワケのわからない価値観にイラつきながらも観察を続けると、あることに気が付いた。
(何やってるんだ、コイツ……)
ランは無償で、無価値であると思っていた貧しい人々や、ただの城の兵士などを手助けしていたのだ。
理解ができなかった。
なぜ価値ある人間が、無価値の人間を助けるのか。
そこに利益はあるのか? 否、一銭の得にもならない。
聖女という立場は絶対的なため、維持するために計算された偽善をする必要もないし、特にメリットがあるとは思えないのだ。
我慢できなくなり、どうしてそんなことをしているのか聞いてみた。
返ってきた答えは――
『……何となくですが?』
その聖女があっけらかんと呟いた言葉に意味はなかったのかもしれないが、価値という基準に呪われていたようなフィナンジェは胸が苦しくなった。
価値を見定めて行動しないランという異端の存在。
その美しい
同時に懐かしくなった――どこかで見覚えがあったからだ。
それはただ泣くことしか出来ない無価値な赤子を――自分をずっと育ててくれた母の価値観――人間を慈しむ心だ。
フィナンジェは、そのときからランという存在に世界で一番の価値を見いだしていた。
そして今も――商売のために犠牲にしようとしていた故郷のローネ村のことを救おうとしてくれているランを見て、再びその気持ちを思いだしたのかもしれない。
ルベール商会の損失になろうとも、フィナンジェは村を――家族を救うと決めたのだ。
そのために帝国兵に村から撤収するように持ちかけたのだが、聞く耳を持たれていない。
接収された家の中でフィナンジェと兵士長のやり取りが続いていた。
「ったく、村人に危害を加えるなとかは毎度のことだが、今回は特にうるせぇなぁ。いくらルベール商会の跡取りの頼みでも、そんな聖女とやらの与太話を信用できるかよ。それに村人たちとはうまくやっているし、居心地も最高だしよぉ」
「くっ」
この兵士長率いる帝国兵の部隊は、お世辞にも模範的な帝国兵とはいえない。
貴族の不良息子が強引に地位を得て、ならず者のような兵を率いているのだ。
それに王国と違って、帝国では聖女というものはあまり知られていないらしく、価値を見いだされてはいないようだ。
いくらフィナンジェでも、このようなバカバカしい相手に交渉を行うのは難しい。
「オレたちに指図しない方が身のためだぜ? ああ、そうそう。そういえばさっき、お前の双子の妹の片方――アレにケガをさせちまった奴がいたなぁ」
「なっ!? おまえら……!!」
「アハハハ! 早く見舞いにでも行ってやれよ。もう二度と歩けないくらい脚が酷いことになってたけどなぁ」
いつもの冷静さや余裕を失ったフィナンジェは、青ざめた顔をしてドアから出て行った。
その後ろから大声で下品な声が聞こえる。
「フィナンジェ~! コレに懲りたらもう二度と逆らうんじゃねぇぞ。お前たち王国の人間は、その程度の価値しかないんだからなぁ!」
愛しい家族にケガをさせられても、数十人の兵士に対抗する力がない。
フィナンジェは自らの不甲斐なさと同時に、内臓が裏返りそうなほどに感情が昂ぶったが、今は大切な妹の無事を祈るしかない。
強く吹く風が不安を煽るようだった。
――――
あとがき
面白い!
続きが気になる……。
作者がんばれー。
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