人外同士の警戒心
周辺の地形も把握したので、ランたちはダンジョン前まで戻ってきていた。
ランは、酔っ払ったおっさんがよく持っている寿司折のテンションで、鮎の入った魚籠をぶら下げて満足げだった。
横のタタンは『本当に聖女かコイツ……』という表情だ。
「お、もう家ができてるじゃーん!」
ランの脳内にはナレーションで――何ということでしょう、あの更地だったダンジョン前に、こんなにもオシャレなログハウスが――という声が響き渡っていた。
本当はもっとボロボロのほったて小屋になるかと思っていたが、ゲートキーパーの三人が頑張ってくれたようだ。
「ラン様、お帰りなさいませ」
「それっぽい家を作っておいたぜ!」
「中もラン様がくつろげるように丹精込めておいたのです」
人間の服に着替えていたゲートキーパーたち。
タタンに見られても平気なように配慮したのだろう。
牧歌的な服だが、それぞれの人外めいた美貌は隠しきれていない。
ちなみにパンクラの特徴的な巨大なガントレットも消滅している……というかそれを支える腕や肩の骨格すら変化している気がする。
人外恐るべし。
「ありがとう、みんな! お土産に鮎を釣ってきたので、あとで食べてくださいね」
「ラン様、手ずからお釣りになった鮎を!?」
「オレたちが!?」
「食して良いのです!?」
なぜかゲートキーパーたちは雷に打たれたかのような表情をして、固まってしまっている。
ランは自分がどんな人物として見られているのか考え直した方がいいのかもしれないと思った。
彼女らがオーバーすぎて怖い。
「あ、それでこっちはタタン。何か仲良くなった」
タタンの紹介を大雑把にしてみたのだが――彼は見たことのない険しい表情をしていた。
「……ラン殿。このおなごたちは……?」
「えーっと……」
魔王の私に付き従うゲートキーパーです、とは言えない。
事前に打ち合わせをしていた偽の設定を話すことにした。
「ここらへんに住んでいる方々で、私を聖女と知って色々と協力してくれるようになったの! そっちの金髪ボンキュッボンのお姉さんがイコールル、褐色筋肉がパンクラ、知的ロリ可愛いのがディーテフロン」
――という紹介をしたのだが、ゲートキーパー側もあまり友好ではなさそうな表情をしている。
ランはワケもわからず首を傾げるばかりだ。
その沈黙を打ち破ったのはタタンの方から。
「……どこの間者だ。ラン様を狙っている大商人の跡取り〝フィナンジェ・ルベール〟辺りに金で雇われたか?」
その言葉を聞いた瞬間、普段は冷静なイコールルが世界中の悪鬼羅刹を集めたかのような恐ろしい表情を見せた。
「妾たちを金程度で動くと言ったのか、
「くっ!?」
尋常ではない殺気に当てられ、タタンは片膝を突いた。
防衛本能として、銀色の狼男へと変身してしまっている。
「あら、あらあらあら? 人間ではない?」
イコールルの値踏みするような視線。
何かもう色々とヤバいと察したランが間に入ることにした。
「えーっと、これはプライバシーの問題で秘密にしてほしいことなんだけど、タタンは王国の偉い人に仕える狼男の忍者で……なんというか、ちょっとした事故でテイムしちゃったの」
「ラン様……これは失礼致しました」
ランがテイムした――すなわち信頼の置ける人物と判断したであろうイコールルは、謝罪の一礼をして一歩下がった。
他のゲートキーパー二人も、どうやら納得してくれたようだ。
「妾たちと〝同じ〟ようなものというわけですね」
「あはは……。あ、そうだ。タタンも住む家とかあった方がいいかな?」
何となく一緒に過ごしたいと思っていたランの口から自然に出てしまった言葉だったが、タタンは否定を口にした。
「いや、拙者は一度、報告に戻らなければならない。その後もラン殿を監視するかも不明であるからして……」
「そっかー。タタンって頼りになるし、作る焼き魚も好きなんだけどな~。でも、お仕事の都合があるのなら仕方がないよね……」
「う、うむ……。では、さらばだ!」
なぜかタタンは後ろ髪を引かれるようなそぶりを見せながら、忍者特有の瞬発力でその場を離れた。
完全に気配が消えたあと、イコールルがボソッと呟いた。
「あの者、ラン様のテイムした〝所有物〟でなかったら跡形もなく消滅させているところでした」
クレイジーすぎる発想にランは耳を塞ぎ、新築のログハウスを観察することにした。
「あんな短時間なのに、作りもしっかりしていて、可愛い感じの家ができるなんて! さすがね!」
「パンクラの奴が『もっと超巨大な魔王様らしい家にしようぜ!』とか言ってトゲトゲのパーツを作り始めたのを止めるのが大変だったのです」
「あ、てめぇ! ディーテフロン! バラすなよ!」
(止めてくれてありがとうディーテフロン。世紀末みたいな魔王城が誕生するところだったかもしれない……)
ほどほどの家でなければ、色々と悪目立ちしてしまう。
ダンジョンの前に魔王城が建っていたら、聖女が住んでいたとしても、ついうっかり破城槌でドアをノックされる場合もあるだろう。
「中はどうかな~っと」
ログハウスのドアを開けようとしたのだが、鍵がかかっていた。
「あれ?」
「ラン様、お待ちをです。指紋認証、虹彩認証、魔力認証でロックがかかってるのです」
「は?」
ピピッという電子音が響き、ドアが開かれた。
現状を認識できないランは、続けざまに内装を見せられた。
「ガス電気水道、テレビ洗濯機冷蔵庫エアコン炊飯器パソコンゲーム機……すべて最新の物をご用意致しましたです!」
「嬉しいけど……あの……このファンタジー世界の基準で作ってください」
こうして、聖女が住む普通の家が誕生したのであった。
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