森の中クマさんに出会った
ランは森の中を歩きながら隣をチラチラとうかがっていた。
妙に態度のおかしいタタンが気になっているのだ。
(タタンって、なんか意味深なことを呟く厨二病みたいなキャラだったっけ……? 割とマジメでお堅い性格だったはず。じゃあ、これはいったい……)
タタンと目が合った。
眉間にシワを寄せて、鋭い眼光を向けてきている。
そこでランはハッとして気が付いた。
(も、もしかして、この美少女な私に惚れてしまったとか!? そうすればすべての辻褄が合う……。なんて罪作りなの……聖女ランという
ランは勝ち誇った表情で、タタンに話しかける。
「フッフッフ、エクレール様には黙っておいてあげる。大変だものね、色々と」
「あ、ああ……先ほども言われたが、拙者の失態だからな……助かる」
主君と同じ相手を愛してしまうというシチュエーションを、失態として抑え込む――まさに忍び! 刀で心を隠している! とかランは一人でキュンキュンしていた。
一方、ニマニマしているランを、タタンは底知れぬバケモノを見る感じの目で睨んでいたのだが、お互いにすれ違ったままだった。
「そういえば、ラン殿。これは何をしに行くところなんだ?」
「あー、まだ何も言っていませんでしたね。私、魔王を封印し続けるためにダンジョンの側に住もうと思っているのです」
「な、なるほど……さすがだな……」
「家は……えーっと、知り合いに作ってもらっているので――……水場の把握等、近くの散策をしておこうかと」
「理由はわかったが、この辺りは危険だぞ。クマも出るからな。……いや、それくらいはお主は知っていて当然か。釈迦に説法、聖女に回復魔法だったな」
もちろん、ランは知らなかった。
この世界の記憶はボンヤリとあるのだが、この山に関しての情報はほぼない。
タタンにそのことを伝えようとしたのだが、突然現れた巨大な影に遮られた。
驚いたランは大声で叫んでしまう。
「クマだー!?」
「くっ、噂をすれば影というやつか!」
二メートルほどの茶色いクマが立ち上がって威嚇をしている。
鋭い爪と牙を見せつけるようにしていて、すぐにでも襲ってきそうだ。
「あいにくと戦闘用の装備は持ってきていない。逃げるぞ!」
「あー、ごめんなさい」
ランはペタンと尻餅をついていた。
「腰を抜かしちゃいました」
「……は?」
一瞬、タタンがゴミ虫を見下すような表情になったが気のせいだろう。
ランを愛しているはずなのだから。
「そうか……敢えてのルート、敢えての行動……拙者は試されているのか」
「何かブツブツ言ってる……。じゃなくて、ええと、これは私の自己責任なので逃げちゃってください。死んだフリをすれば何とかなるかもしれませんし」
本当はテイムスキルという手段があるのだが、敵対している相手に通じるかはわからないので博打なのと、それをタタンに見られると怪しまれるのではないかという不安がある。
(ドジったな~……。機嫌悪いからってユニコーンを置いてきちゃったよ。でも、タタンに怪我をさせたくもないし、一人で逃げてもらうのが――)
「くそっ、お主を置いて逃げられるか!!」
タタンは、まるで魔王から試練を与えられた人間のように必死の表情だった。
「愛の力すごい!」
「冗談を言えるとは、やはり……ぐっ!?」
タタンは何かを言おうとしたが、クマと取っ組み合いが始まった。
形勢はタタンの不利だ。
いくら忍者としての腕前が強かろうが、それは忍者としての戦い方ができる場合のみだ。
こんな真っ正面から巨大なクマとぶつかり合うのは向いていない。
「仕方がない……どうせもう俺が狼男だというのはバレているんだ」
タタンの眼が黒から金に変化すると、身体中から灰色の毛が生え、骨格が変化して狼男になった。
ランはその光景に死ぬほど驚いたが、
(サブキャラだから知らなかったけど狼男だったんだ!? ……こ、こういうのでビックリすると相手に悪いよね?)
という無駄に細やかな気遣いで表情を変化させずにジッと眺めていた。
「くっ、これでもパワーが届かないか!」
野生のクマというのは筋肉の塊である。
サイズ比較のパワーだけでいえば、地上最強の生物に近いだろう。
スピード重視の狼男が真っ向勝負できるような相手ではない。
「や、ヤバい……タタンがピンチだわ! こうなったら、もう見られてもいいからクマにテイムで!!」
ランは頭の中でスキルを選択して、強く念じる。
手のひらをクマの方へ向けてテイムを発動させた。
「えいっ! ……って、狙いが外れたァァァーッ!?」
「何か拙者に当たった!?」
取っ組み合って位置がずれたために、狼男状態のタタンにテイムが命中したのだ。
「うっ……身体が芯から熱く……何なのだこれは!?」
――すると、灰色毛並みだったタタンが輝きだした。
身体が一回り大きくなり、北極の白夜を切り取ったような銀色の毛並みになっていた。
金色の鋭い眼光をランに向けてきている。
「これもお主の思惑通りか」
その右手にはクマを――まるで赤子を扱うかのように片手で高々と持ち上げている。
超常の力だ。
クマの方はというと、圧倒的な差にブルブル震えて服従している。
「あー、その……これは偶然でー……」
「ふんっ、そういうことにしておいてやる」
タタンは不機嫌そうな物言いだが、自身に溢れるパワーにどこか満足そうだ。
「いや、本当にテイムしちゃってゴメンナサイ」
「そうだ。勝手にこのように信じられない程の強力な強化魔法を――……って、いや、ちょっと待て。聞き間違いか? 今、強化魔法ではなく……テイムと……」
「ゴメンナサイ」
「……」
ぎこちなく固まった二人だったが、クマだけがブルブルと震えて動いていた。
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